もう一度キスしたかった・・・


その6







サンジが帰宅すると、見慣れない男物の靴が玄関にあった。

サンジは、久しぶりに父親が帰って来たと思い、心弾ませてリビングに急ぐ。

しかし、そこにいたのは、父親のシャンクスではなく、学校の担任と母親マキノの姿だった。

「お帰りなさい、サンジ君。 実は、お母さんね、話しておきたい話があるの・・・。」

帰宅が遅いにも関わらず、マキノはサンジを心配して怒るよりも、先に自分の話を切り出そう

とする。

その姿にサンジはショックを受けた。

いや、普段のサンジなら、そのまま無視して自室に閉じこもっていただろう。

しかし、今は・・・・・今のサンジは、平静を保てる状況じゃなかった。

あまりにも空しく残酷な初恋の経験に、サンジの心は自己防衛する体制を整えてなかった。

「・・・・・お母さん・・? 母さんは・・・・もう俺の事、どうでも良いんだ。 俺がいくら遅く帰っ

ても・・・・怪我をしても・・・・・母さんには、もう・・・・・どうでも良い事なんだね・・・。」

サンジはそれだけ言うと、冷笑して二階の自分の部屋に向かった。

「えっ? サンジ君?!それどう言う事? 今日は、蹴道(シューティング)で遅くなったんじ

ゃないの?! 怪我って・・・・サンジ君! ねえ、サンジ君!!」

マキノは、サンジの言葉に慌ててサンジを追いかけ階段を上がる。

マキノの目の前には、ビッコを引きながら自分の部屋に向かうサンジの姿があった。

「サンジ君、足! ちょっと見せなさい!」

マキノは、素早くサンジの前に回り込むとズボンの上から触れて確認する。

「痛っ!」

マキノの手が傷口に触れて、サンジは思わず声を上げた。

「ここ・・・・どうしたの? なんで怪我なんか・・・・」

「そんな事、どうだって良いだろ。 どうせ俺のことなんか邪魔ぐらいにしか思ってない癖

に・・・。 いっそいなくなれば良いって・・・・そう思ってる癖に・・・!!」

サンジはそう言って、マキノの手を払い睨み付ける。

「馬鹿っ!!」

マキノは、思い切りサンジの頬を打った。

「痛っ!! ・・・・図星だろ・・・。 ははは・・・・」

「・・・・・自分の子供を心配しない親が何処にいるのよ! 貴方は私が産んだたった一人の

息子なのよ・・・。 例え嫌われようが・・・・貶されようが、見下されようが・・・・貴方は、私の

たった一人の息子なの! 邪魔な訳ないじゃない。 いつだって・・・・邪魔に思っていたの

は、貴方じゃない。 干渉するなと・・・・事有る毎に私を遠ざけてたのは、貴方の方じゃな

い!」

サンジの自虐的な言葉に、マキノはそう言いながら涙を流す。

「・・・・・母さん・・・・?」

サンジはそう呟くように言って、泣いているマキノの顔をじっと見つめた。

マキノがこんな風にサンジの前で感情的になったのは初めてだった。

もちろん、打たれたのも、こうやって泣いているのも、サンジは初めてだった。

今までどんなに悪態をつこうが、ニコニコ穏やかな表情のマキノしか知らなかった。

サンジの中の母親に対するわだかまりが、消えていく。

「貴方がいれば、何もいらないの・・・。 貴方が幸せでいれば・・・・それで母さんは充

分・・・。」

マキノはそう言ってサンジを優しく抱き締めた。

「母さん・・・・ごめん、俺・・・・。 俺・・・・見ちゃったんだ。 偶然・・・蹴道の日。 母さんと担

任の先生が、ホテルに入っていくところ・・・。 それで俺・・・・・母さんが・・・・母さんが俺達

を裏切って・・・・」

サンジは、溜め込んでいた想いをマキノに包み隠さずに伝える。

「・・・・そう。 サンジ君、あの日、見られちゃってたのね・・・。」

マキノは、そう言って悲痛な顔つきになった。

ビクッとサンジの身体が震える。

「あ、誤解しないで、サンジ君。 先生とは、そんなサンジ君が考えているような関係ではな

いの。 先生に、有るお願い事をしていたのよ。 サンジ君、これから話すことを良く聞いて欲

しいの・・・。 ・・・・・・・リビングに行きましょう。」

マキノはそう言って、サンジと共に一階のリビングに向かった。

リビングでは、担任の先生が二人をじっと待っていた。

「・・・・先生、俺・・・・。 俺、自分勝手に誤解して・・・・先生に八つ当たりしてた・・・。 ごめ

んなさい、先生・・。」

サンジは担任の顔を見ると、そう言って謝る。

話の分からない担任の先生は、ポカンとした顔で謝るサンジを見つめた。

「実は・・・サンジ、あの日、先生にお願いしてた件のお話を伺うために、ホテル に入ってい

くところを偶然見てしまったようで・・・。 ごめんなさい、先生。 先生には、母子共々、ご

迷惑をお掛けしてしまったようで・・・。」

マキノは、サンジの話を補足するようにそう先生に話した。

「ああ、それで・・・。 いや、俺、全然わからなくて・・・。 サンジ君が急に俺を避け始めたか

ら何かあるとは思ってたんだけど・・・。 そうか・・・それで、か・・・。 まっ、誤解が解けたの

なら、良かった。 今日、ここに来たのも、実はそのことをお母さんにご相談しに来てたんだ。

君を交えて、どうしてこうなったのかを聞きにね・・・。」

担任の先生はそう言って、サンジに微笑みかける。

「先生、本当に、ごめんなさい。」

サンジは、心から素直に先生に謝罪した。

「サンジ君・・・。 これからお母さんが話す事は、全て事実なの。 やっと、お母さんも貴方に

伝えることが出来るようになったから・・・。 ・・・・この半年間、ううん、この3ヶ月。 

お母さん、正直、貴方に構ってやれる余裕がなかったの。 自分の事で精一杯で・・・・・

現実が、あまりにも残酷で、受け入れられなくて・・・貴方に向き合えなかった・・・許して

ね・・・。」

マキノはそう言って、またサンジの前でポロポロと涙を流す。

「母さん・・・? 言ってる意味がよくわからないんだけど・・・。 事実って・・・? 残酷・・?」

また泣き始めたマキノの姿に、サンジはとまどいがちにそう尋ねた。

「奥さん・・・・俺から話しましょうか?」

マキノの様子に、担任の先生がそう声を掛ける。

「いいえ・・・。 これは、私から伝えなければいけない事・・・。 大事な家族のことだから・・・

かけがえのない人のことだから・・・。」

マキノは、ハンカチで目頭を押さえながらサンジを見つめ、言葉を続ける。

「サンジ君・・・。 お父さんは・・・・シャンクスは、もうすぐいなくなるの・・・・永遠に・・・。

私達の前から・・・・・いなくなってしまうのよ・・・。」

「えっ?! 別に、今も数えるほどしか逢ってないし・・・・。 それって・・・・・・離婚・・・・する

って事?!」

サンジの言葉に、マキノは黙ったまま首を横に振った。

「あ、じゃあ、俺は、これで・・・。 サンジ君、明日、な・・・。」

担任の先生は、二人の様子にそう言って帰っていった。

「?? じゃあ、なんで、永遠なんて・・・・?」

「サンジ君・・・・シャンクスは・・・病気なの・・・。 それも・・・・・助からない・・・・もう・・・・残さ

れた時間さえ・・・・わずかしかないほどの・・・・」

「・・・・・嘘・・・嘘だろ・・・? この前、高校で見掛けたときは、元気だって・・・・・・会社の方

が忙しくて家に帰れないって・・・・そう言って・・・・た・・・・。 母さん、それ、いつ知ったの?

父さん・・・・死んじゃうの?! ねえ?母さん!? 嘘だろ? 俺が、悪さばっかりしてたか

ら、俺を困らせようと・・・・なあ、母さん!! 母さん!嘘だよね?! 父さんが・・・あの父さ

んが死んじゃう訳ないよね? なあ、そうだと言ってよ!! 嘘だと・・・・言ってよ!!母さ

ん!!」

サンジは、そう言いながらマキノの肩を強く揺する。

「・・・・・・嘘だと・・・思いたかった・・・。 先生の話は・・・・全部、嘘だと・・・・けど・・・・。 

ごめんなさい、サンジ君・・。 今日は、もう泣かないって・・・・そう決めてたのに・・・・。

ちゃんと・・・ちゃんと現実を受け止めるだけの強さが出来たと・・・そう思ってたのに。

ふふ・・・。 昨日、離婚届出すように・・・そう電話で話したときには、ちゃんと言えたのに

な・・・。」

マキノは泣き顔のまま、サンジに微笑み掛けた。

「・・・・・離婚・・・? どうして? どうして今更、離婚なんて・・・? 母さん、父さんのこと嫌

いなの?」

サンジの言葉に、マキノは優しく笑いかけて首を横に振る。

「ううん・・・。 その逆。 今でもシャンクスの事、愛してるわ。 愛してるから・・・・別れてあげ

るの・・・。 シャンクスが、私達に自分の病気の事、話さないのは、どうしてかわかる? 

私達が、悲しむと・・・辛くなると思ったからよ。 残される私達の悲しみを軽くしようと・・・・

あの人は・・・・仕事が忙しいと嘘を突き通して・・・・きっと、急に死んでしまった事にするつも

りでいるんでしょうね。 ふふふ・・・。馬鹿な人・・・私が・・・・私が気付かないとでも思ってい

るのかしら・・・? こんなに愛しているのに・・・・わからない訳、ないじゃない・・・。 

だから、別れてあげるの。 シャンクスが私の事を気に掛けないように。 残り少ない命なら、

少しでも穏やかに安らげるように・・・・心配の種は摘み取って上げたいの。 だから・・・・

サンジ君には、話しておかないと、とそう思ったの。 シャンクスは、貴方のことが一番気掛

かりだと思うから・・・。 けど・・・・・こんなに時間掛かっちゃった。 サンジ君に話すまで

に・・・・こんなに・・・・サンジ君・・・。 どうしよ・・・・あの人が・・・・死んじゃう・・・・!!」 

マキノはサンジを抱き締めて、子供のように泣きじゃくった。

そこには、母親ではなく、愛する人を失うことを怖れる女性の姿。

「母さん、泣かないで。 俺が、ついているから。 けど、母さん、やっぱ、ダメだよ。 

母さんが父さんのために別れるフリをするなんて・・・・・。 そんなの、お互いのエゴだよ。 

母さん、最後なんだよ? 父さんといられるの・・・・・もう絶対に出来なくなるんだよ? 

母さんはそれで良いの・・? 俺は、嫌だよ。 好きなのに・・・・一緒にいられないなん

て・・・・・俺・・・っ」

サンジは、自分の発した言葉に、思わず口を噤む。




好きなのに・・・・・・一緒にいられない・・・・・なんて・・・・・




サンジの頭の中で、その言葉が空しく響きわたった。




・・・・・わかってる。

もう、忘れなくちゃ・・・。

もう・・・・・・・・・忘れ・・・・・・・・・・・・・・・・・忘れ・・・・・・・られる訳・・・・・無い・・・・・!!

忘れられないよ・・・。

・・・・・・・・・ゾロ・・・。




サンジは、着ている洋服の袖で涙を拭うと、マキノを抱きしめ返す。

「・・・・母さん。 一緒に父さんの処に行こう。 会って伝えなきゃ・・・・・・母さん、絶対に後

悔するよ。 父さんは、何処? 知ってるんだろ・・・?」

サンジはそう言うと、マキノをゆっくりと支えて立ち上がらせる。

「・・・・・・ありがとう、サンジ君。 お母さん、貴方がいてくれて本当に良かった・・。 

シャンクスは・・・・学校よ。 少しでも、貴方の傍にいたいんでしょうね。 そこで・・・・

担当の主治医の先生を校医としてお招きして・・・・・ずっと・・・独りきりで・・・・最後まで・・・

・っ・・・」

「・・・・・校医? それって・・・! 母さん、泣かないで。 今から行こう。 行って・・・・ちゃん

と伝えるんだ。 俺たちの想いを・・・ずっと一緒にいたいって。」

「そうね。 行きましょう、シャンクスを・・・・・お父さんをを迎えに・・・!!」

そう言って、マキノとサンジは、シャンクスがいる学校へと向かった。









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<コメント>

サンちゃんのママはマキノちゃんでした!
本当は、担任の先生にエースもってこようかとおもったんだけど。
あまり重要な役柄じゃなくなったので、消し!です。
本当はね・・・マキノちゃん、担任とできちゃうって話を当初考えてました。
今のサンジの状況と重ね合わせて、サンジが人を愛すると言う難しさを
知るというか、マキノちゃんと担任の先生の愛の形を理解するというか、
そう言うお話を考えていたんだけど・・・。
だから、当初は担任の先生は重要ポストだったのでキャラを
エースにしたかったんだよね。
ああ、半年もたてば、気分も変わり構想も変わるっと・・・。(笑)
まだまだ続きます。(死)