プーッ・・・・・プーッ・・・ゾロの机の上の電話の内線が鳴った。
「っ・・・・・・ゾロ・・・今、ちょっと良いか・・・・。」
そこから聞こえてきたのは、理事長の声。
「あ、はい、大丈夫です。 今、そちらに行きますから・・・。」
ゾロはそう返事して、黒い鞄を抱えると足早に理事長室へ向かう。
「っ・・・・すまんな。 我儘言って・・・。」
理事長のシャンクスは、ゾロにそう言って笑った。
しかし、その笑顔には明るさがない。
どちらかと言えば無理に作り出した笑顔だった。
「理事長。 良いんですよ、俺はこの為にここに来ているんですから。 だいぶお辛いようで
すね。 モルヒネも・・・・効いてる時間が短くなってきてますね。 やはり、病院に入院した方
が・・・。」
ゾロは、鞄から聴診器を出しシャンクスを触診すると、注射器を取り出す。
「・・・・はは・・。 どうせ入院したって、寿命に大差ないさ。 それなら・・・・自分が一番大好
きな処で、最後まで居たいじゃないか。 俺にとっては、正にこの学園がそうなんだ。 この
部屋にいることが・・・・・・一番安らぐ・・・。」
ゾロにモルヒネを注射して貰いながら、シャンクスはそう言って、ソファに横になった。
シャンクスは、数年前から不治の病に冒されていた。
今の医学ではどうしようもない助かる見込みのない病気。
ちょうど、仕事が一段落して、やっと家族で過ごせる・・・・そう思い始めた矢先だった。
あまりの仕事の忙しさに、家族に心で手を合わせながらも、会社と家を行き来するだけの生
活を繰り返していたシャンクスは、突然、自分の身に起きた不幸を呪った。
今までの分を取り返そうと・・・・・家族に尽くそうと・・・・昔の家族の姿を取り戻そうと・・・。
自分には、その時間がまだたっぷりとある・・・。
そんな甘い考えを持っていた自分をあざ笑うかのような病状の急速な進行。
軽い眩暈から始まり・・・・自分で変だと思って病院に行ったときには、残された時間はわず
かしかないと宣告された。
「理事長・・・お言葉ですが、その言葉は嘘ですね。 貴方にとって一番は・・・・あの家じゃな
いんですか? 本当は、ご家族と一緒に最後の時を過ごしたいと・・・・そう望んで居るんじゃ
ないんですか? 昨日・・・・サンジ君に偶然、逢いました。 とても思い詰めたような瞳をし
て・・・けど、とてもいい子でした。 家族の事を誤解しているようでした。 もうすぐ・・・・貴方
が自分達の前から居なくなるなんて夢にも思ってなくて・・・。 理事長、良いんですか?この
ままで・・・。 このまま、愛する人達に何も告げずに黙って一人で逝かれるつもりですか?」
ゾロは、そう言うとシャンクスの顔をじっと見つめる。
ゾロは、この高校の卒業生だった。
幼いときに両親を亡くし、親戚だった医者の家で育った。
その家庭は女の子一人しか子供は居ず、ゾロを本当の息子のように可愛がってくれた。
ゾロも、育てられた恩を返そうと必死で頑張ってきた。
跡取りのないその家のために、医者となる・・・。
医者になり、兄妹同然に育ったその家の女性と結婚し・・・・医院を継ぐ。
それが、自分に期待されている課せられた生きるべき道なのだと、ずっとそう思っていた。
親戚の家族も、確かにゾロにそれを望んでいた。
しかし、思春期になるとやはり、どこかに心のひずみが生まれる。
自分はこれで良いのかと・・・・こんな生き方を本当に望んでいるのかと・・・。
自分の人生さえ、空しく思えた。
表面上、親戚には良い子を演じていたゾロだが、裏では、粗暴極まりない行為を繰り返して
いた。
その圧倒的な強さから、影のカリスマとまで言われ、その名を轟かせていた。
それが・・・・・高校生の時、転機を迎えた。
それを窘め、自分の弱さを克服させてくれたのが、理事長のシャンクスであった。
シャンクスは、ゾロに説教するわけでもなく、いつもゾロと一緒に行動し、その行為の虚しさ、
自分が逃避している現実と向き合う強さを教えてくれたのだ。
今、自分がこうして医者として生きていけるのは、シャンクスのおかげだとゾロはそう思って
いる。
そのシャンクスが体調がすぐれないから診てくれと、ゾロの大学病院に来たとき、ゾロはその
病状に驚愕した。
あらゆる臓器の細胞が壊死を開始していて・・・・手の施しようがなかったからだ。
大学病院創設以来の優秀な医者として、その腕を評されているゾロにも、世界でも最新の
設備が有るこの病院の施設でも、シャンクスの病気の進行を抑える術はもうなかった。
出来ることは・・・・シャンクスの身体中に広がる激痛を抑える麻薬を投与することのみ・・・。
少しでも穏やかに最後の瞬間まで立ち会うことのみであった。
ゾロは、大学病院の教授会を説得し、院長の特別許可を得て、シャンクスが最期の処として
決めている高校の養護教員&校医として、傍に居ることを選んだ。
それが、自分に出来る精一杯の恩返しだと。
それでも、実際に高校へ赴任するまで、3ヶ月を要した。
その間も、シャンクスの病状は急速に悪化していった。
「理事長。 今、こうして俺が、医者になって平穏な生活が出来ているのは、皆、理事長のお
かげだと、そう思っています。 だから、貴方にも本当に幸せの・・・・・平穏の中で余生を過
ごさせてあげたいんです。」
ゾロは、泣きたくなるのを堪えて、再度シャンクスにそう言う。
シャンクスの病状は予断を許さないまでになっていた。
「・・・・・ゾロ。 お前が今、そうやっていられるのは、俺のおかげなんかじゃないさ。 お前の
努力があったからこそ。 お前の強さが、あったからこそだ。 俺はそれをちょっくら、お前に
気付かせてやっただけ。 それだけなんだよ。 けど・・・・・嬉しいなぁ。 自分の生徒がさ、
社会の第一線でで立派に活躍してる。 あの頃、ひねくれてた奴や、悪ぶってた奴らがな。
ゾロ、だから、俺はここが好きなんだ。 教育って・・・良いぞ。」
シャンクスは、薬の影響でまどろんだ表情のまま、ゾロにそう言って笑う。
「理事長・・・・。 やっぱ、家族には・・・サンジ君達にはせめて病気のこと教えましょう。
そして・・・」
「それは、ダメだ。 今更、俺の病気を知ってどうなる。 下手に家族ごっこなんかしてみろ。
それこそ・・・・・・悲しみが深くなる。 俺は居なくなるから良いさ。 けど・・・マキノやサンジ
は・・・? すぐに居なくなる人間との接触は不要だ。 俺はこのまま家を省みない忙しい仕
事の合間に、ぽっくりと過労かなんかで死んで・・・それだけを・・・俺が急に死んだことだけ
を、あいつらが知れば良いだけだ。 あいつらには・・・・俺の居ない人生が、すぐそこまで来
ているんだから。 それに・・・・マキノから今朝、連絡があった。 離婚して欲しいと・・・。
俺には、もうついていけないってさ。 あいつも、もう自分で歩き始めている・・・・ただ・・・
気掛かりなのが・・・・サンジ。 あいつは、今、一人でもがいている。 誰にも相談できる奴
が居なくて、甘えたい親も・・・この通りだしな。 生徒の面倒は見れるのに・・・・自分の子供
は・・・・はは・・。 ざまないな。 ゾロ、あいつは、愛情に飢えている。 俺に見放された
と・・・マキノの愛情さえ見失い掛けている。 頼むよ、お前しかいないんだ。 あの子を救っ
てやって欲しい。 あの子に、しっかりと自分と向き合っていける強さが必要だと教えてくれ
ないか・・・俺の代わりに・・・。」
ゾロの言葉にシャンクスは、そう話してゆっくりと瞳を閉じた。
スースーと心地よさそうな寝息がシャンクスから聞こえる。
ゾロは、シャンクスに毛布を掛け、医療用具を鞄に片付けた。
「理事長、わかりました。 俺、出来る限りやってみます。 貴方が望んでること・・・貴方の
深い愛情がサンジ君に伝わるように・・・。」
ゾロは、シャンクスの寝顔にそう呟いて、部屋を出ていった。
「なぁ・・・何かあったのか? おいって!」
「ん?ああ・・・・別になんでもない・・・。」
放課後、教室でシュライヤに肩を揺さぶられ、サンジはハッと我に返る。
「なんでもないって・・・・人の話聞いてなかった癖によ。 お前、保健室から戻って変だぜ、
ずっと・・・。 あ、ところでさ、帰り、駅前のゲーセン行かね? 新しい格ゲーが入ったって
さ。 その足じゃ、蹴道(シューティング)も休むしかないだろ? なぁ、気晴らし兼ねて行こう
ぜ。」
シュライヤは鞄を肩に背負うと、そう言ってサンジを誘った。
「・・・・そうだな、家に帰っても誰もいないし・・・。 わかった、付き合うぜ。」
サンジはそう言ってシュライヤと共に、駅前のゲームセンターに向かった。
駅前のゲームセンターには、近隣の高校の生徒達がたくさん来ていた。
「うっわぁ・・・結構人いるなぁ・・・。 やっぱ、お目当ては、格ゲーか?」
「んげっ! おい、ヤバいぜ、サンジ。 ほら、あそこ・・・この前、お前あいつらとやり合ったば
っかじゃねえのか?」
シュライヤはそう言ってゲームセンターの一角にたむろしている学ランの生徒達を指差す。
「ん?ああ、A校の連中か。 この前、集ってきてウザかったから、相手してやっただけだ。」
サンジは、その生徒達をチラリと横目で見てから格闘ゲームの席に着き、ゲームを始めた。
「A校の連中、あの後、トップに締められたらしくてよ、今度会ったら、お前に仕返しするとか
息巻いてたぞ。 人数もこの前の倍以上居るし・・・今日は止めて、明日出直さないか?」
シュライヤは、サンジの隣に来てひそひそと耳打ちした。
「ンあ? なんで俺が、あいつらに遠慮して帰らなきゃならないんだよ。 あんな雑魚、人数
が増えようが俺の相手にならねえよ。 弱い奴ほど徒党を作って良くほざくんだ。」
サンジはシュライヤの言葉も全然気にせず、そう言ってゲームを続ける。
そうこうしている内に、スッと黒い人垣がサンジとシュライヤを囲んだ。
「・・・・この前は、どうも。 うちのが、だいぶお世話になったみたいだな。」
A校のトップを張っているバギーがそう言って、サンジの後ろに立った。
「いや、別に何のおかまいもしねえが・・・。今良いとこなんだから、話しかけるなよ・・・。」
サンジは、振り向きもせずにそう言ってゲームを続ける。
「・・・・・偉くナメられたもんだよな! この金髪野郎!!」
バギーはそう怒鳴ると、サンジの背中めがけて拳を振り上げた。
その瞬間、座っていたサンジの姿が、バギーの視界から消える。
「ったく・・・。 てめえのせいで、勝てたゲームが負けちまったじゃねえか! このでかっ鼻野
郎!」
軽々とゲーム機に飛び乗り身体を反転させたサンジは、そう言ってバギーの脇腹に蹴りを放
つとその後ろに立った。
「っったあ・・・・・・!! またやってくれたぜ、サンジ・・・。 もう俺、知らないからな・・・。」
両者の様子を静観していたシュライヤは、そう呟いて頭を抱えた。
「んな事言ったってよ。 先に手を出したのはこいつらじゃんか・・・・って、先に足を出したの
は、俺か・・・? あはは、悪いな、正当防衛だ、正当防衛。」
自分の前で脇腹を押さえているバギーに対し、サンジはおどけながらそう言う。
「貴様・・・。 俺をコケにして・・・許さん! てめえら、やっちまえ!!」
バギーの怒声に、周りの人垣が一斉に、サンジとシュライヤに飛びかかってきた。
「うわっ! サンジ! ここじゃまずいって!!」
シュライヤは、持ち前の俊敏さでA校の生徒を避けながら、サンジにそう叫ぶ。
「ん?・・・なんで??」
「だってよ、俺、まだここの格ゲー、全然やってないんだぜ。 ここで騒動起こしたら、もう来れ
なくなるじゃんか! ここが学校から一番近いゲーセンなんだぞ。 それに俺のお気に入りな
んだ。 だから、出入り禁止は避けないと・・・。 あー!! 次から次へとウザイ!!」
「なんだ、そう言うことか・・。 わかった、じゃあ、一旦、外に出るゾ・・・。」
「ラジャー!!」
シュライヤとサンジはそう会話しながら、A校の生徒達に攻撃を加え、隙間をすり抜けてゲー
ムセンターを出ていく。
サンジ達が出ていった後には、3分の1程の生徒達が、ゲームセンターの床に蹲っていた。
「追え!! 絶対に逃すんじゃねえぞ! てめえら、逃したらどうなるかわかってるだろう
な・・・。 それと、全員召集だ。 兎狩りの用意・・・。 金髪碧眼の兎、見つけ次第狩れ!」
バギーは、まだ動けるA校の生徒達にそう怒声を掛け、サンジを追いかけさせた。
「はぁはぁ・・・。 本当、あいつら、しつこいな。 ・・・仕方ねえ、その辺の空き地でケリつけ
るか・・・。」
途中、シュライヤとはぐれたサンジは、適当に広がる空き地で、追ってくるA校の生徒達に
対峙する。
しかし、連絡を取り合って、次から次へとA校の生徒達は、サンジの元へと押し寄せてきた。
サンジに疲労と焦りの表情が浮かぶ。
今頃になって、昼間に捻挫していた箇所が疼きだしてきた。
「くそう・・・。 今回は、マジ、ヤバいかも・・・。」
サンジはそう呟きながらも、自分に殴りかかっている生徒達を蹴りで応戦していた。
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