夏休みの間、ゾロは、店でバイトすることになった。
一応、俺のせいで、バイク壊れちまったし、ゾロも、この街に何か別の用があるらしく、ゼフの
家で、住み込みのバイトだ。
当然、俺は、ゾロと一緒に家を出て、ゾロと一緒に家に戻るようになった。
家にいるときもそうだが、ゾロは何かと、俺の側にいる。
店にいるときも休憩時間は、俺と遊んでくれるし、優しい瞳をして、頭を撫でてくれたりする。
ただ、いつも毎日、3時から1時間だけ、1人でどっかに、バイクで出かけていく。
ギンも最近、遠慮してか、俺を呼びに来なくなった。
散歩に出かける時間も減った。
俺は、ゾロと一緒にいることが、楽しくて仕方なかった。
今日も、店が終わり、家についた途端、ゾロが、「サンジー。 風呂入るぞ。」
と言ってきた。
(ハイハイ、どうぞ、御勝手に。)
俺は、ソファーで丸くなった。
「てめえも一緒にな。」
って、ゾロは言うと、俺の首根っこ掴んで、ドボンと湯船に投げ込んだ。
(オリャ、熱いお風呂は、死ぬほど、大嫌いなんだよ!!)
俺は、死にものぐるいで暴れたが、ゾロの腕力にはかなわない。
シャンプーで、ゴシゴシ洗われて、お湯をかけられた。
「プーッ!クッ、クッ、クッ。 ・・・てめえは、本当、飼い主そっくりだなあ。」
そう言って笑いながら俺を見ているゾロがいた。
全身びしょぬれの俺の身体は、いつもの半分くらいの細さで、身体に毛がぴったりとはりつ
いていて、まさに、ひょろひょろという言葉が、ぴったりだった。
(てめえに言われたかねえ!)
俺は、フーッと威嚇すると、今度は後ろ足で猫キック10連発をお見舞いしてやった。
「は、は、は。 すまん。」
そう言いながら、ゾロは俺を優しく拭いてくれた。
ゾロが、あまりにも優しく拭いてくれるので、俺は、だんだん良い気持ちになってきた。
その晩も、俺達は、同じベッドで一緒に寝た。
それから暫く、この幸せな日々は続いた。
「・・・もう、 ・・・今月が山場なんだそうだ・・・」
真夜中、いつもと違うゼフの口調に、俺は、目を覚ました。
元来、動物ってっのは、そういう違いに敏感だし、人間の言葉がわかる俺には、尚のこと尋
常ではないことが伝わってきた。
いつもは、すぐ隣で寝ているはずのゾロも、隣のリビングで、なにやらゼフと話し込んでいる。
俺は、聞き耳を立てた。
「・・・・嘘だろ?! おやっさん。 ・・・だって、あいつ、どこも怪我してねえじゃん
か。 あいつは、勝手に・・・・いなくなったりしねえよ!」
ゾロが、怒った口調でゼフに言い返した。
「てめえの言いたいことは、よくわかる。 ・・・俺だって・・・俺だって、最後まで諦めた
くねえ。でもよ。 ・・・覚悟は、しとかねえと・・・」
ゼフはそう言って、いつもは飲まない酒を飲んでいた。
ゾロは、ゼフの言葉を遮るように席を立つと、ベッドで、聞き耳を立てていた俺を抱きしめて、
「・・・サンジ・・・・サンジ・・・・・・」
と呟いた。
ポトリと俺の髭に伝う滴・・・
見上げると、ゾロが静かに泣いていた。
俺は、なんだか凄く胸が痛くなって、気がつくと、ゾロの頬に伝わる涙を舐めていた。
「・・・ありがとな。 ・・・サンジ・・・・慰めてくれるのか。 ・・・全く・・・こんなところま
で・・・そっくりで・・・」
ゾロはそう言うと、また俺をギュッと抱きしめた。
俺は、ちょっと苦しかったけど、ゾロの頬を舐めることをやめようとは思わなかった。
(・・・こんなゾロは、見たくねえ。 ・・・いつものように笑ってるゾロが良いよ・・・)
俺は、自分の気持ちを伝える術がないことを、この時ほど悔しく思ったことはなかった。
(・・・ゾロは人間・・・俺は猫・・・・)
どうにもならない現実が、俺に重くのし掛かる・・・
・・・次の日。
二人とも、昨日の夜の出来事が嘘のように、いつも通りだった。
いつもすぎて、それが妙に怖い。
・・・でも、ゾロは、何か変だ・・・
顔は笑っているのに、瞳の奥が笑っていない・・・
4時過ぎに、いつものように1人、バイクでどこからか戻って来たときも、ゾロは、何も言わず、
俺を膝に抱えて、ただ、黙って頭を撫でていた。
俺は、また泣いているのかと思って、ゾロの頬を舐めた。
フッと目を細めて、ゾロは俺を見る。
「もう、泣かねえよ。 俺は、絶対諦めねえから。 たとえ、世界中の皆が諦めて
も・・・・俺は、絶対諦めねえから。」
俺には、その意味が全然わかんなくって、キョトンとしてゾロを見上げてたら、
「やっぱ、おまえ・・・そっくりだな。」
そう言って、ゾロは笑った。
キューッと胸が締め付けられる。
そう。 俺は、昨日から、少し変なんだ。
胸がチクチクして、それからキュッと心臓を捕まれてるみたいだ。
久しぶりに遊びに来たギンに、そのことを話したら、齢139歳生きているというネコマタの婆
さんのところで、見て貰った方が良いという。
何でも治せない病気はないと、長寿で神通力を持つ婆さん猫らしい。
俺は、少し胡散臭い話だとは思いながらも、ギンに教えられたとおり、裏路地の婆さん猫のと
ころへ行った。
婆さん猫は、名前を、【クレハ】と言った。
「ハッピーかい?って、おや、これは・・・・・・猫の癖して、猫と人間の2つの魂を持っ
ているねえ。一体どうしたものかい。お前サン、昔どっかで、人間の魂とぶつかっちま
ったことが有るねえ。事故とか心当たりはないのかい?」
クレハは、俺を一目見て驚いたようにそう言った。
俺は、ハッとした。
俺を仔猫の時に助けてくれたゼフの息子。
あのときの事故が原因かも知れない。
だって、俺はもう、物心つく頃から、教わらなくても人間の言葉がわかっていたし・・・それ以
外には考えられない。
そう思った俺は、クレハにそのことを話した。
「そうかい。 そう言うことがあったとはね。 ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ。 ・・・しかし困っ
た。普通、生き物は、魂が抜けると、そう長いこと生きていられないんだよ。 人間で
も、せいぜい1年ってとこだろうね。身体が保たなくなっちまうんだ。お前サン、もう1
年くらい経つんだろ?だったら、人間の身体の方はもう、無くなってるかも知れない
ね。このまま、猫として、一生を終える方が幸せかも知れないよ。その胸の痛みも、こ
の薬を飲んで、人間の心を消し去ってしまえば、無くなるさ。ヒャッ、ヒャッ。ヒャッ。」
そう言って、紫色の液体の入った小瓶を目の前においた。
・・・このまま、心も猫になる・・・・・
俺はそのことを一生懸命考えた。
猫になるって事は、人間の話もわかんなくなるって事で、それは、ゾロの話もわかんなくなる
と言うこと。
そして、俺が、ゾロに対して持っている一切の感情を失くすこと。
(それは、嫌だ。 絶対に嫌だ。)
胸がキューッとして痛くなることはあるけど、それ以上に、幸せに、胸がほんわか温かくな
ることもあるって、俺は知っている。
それを忘れるなんて・・・・俺には、出来ない。
俺は、その小瓶をクレハに返した。
「おや、いらないのかい? せっかく、楽になる薬なのにね。ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ。
その真っ直ぐな瞳の強い力に免じて1つ良いことを教えてあげよう。もしも・・・もしもだ
よ。まだその人間が生きていたら。お前サン、その人間の胸の上に乗って、心臓の真
上に傷を付けて、その血を舐め取ってごらん。うまくいくと、そこから魂が入り込んでく
れるかも知れないよ。でもこれは、かなり強く願わないと無理だろうがね。ヒャッ、ヒャ
ッ、ヒャッ。」
俺が、人間に戻る?!俺は、猫だぞ。
でも、クレハは、俺の中に息子の魂が入ってると言ってた。
・・・俺は、一体どっちなんだ?
猫の魂か? それとも人間の・・・
俺は、クレハが言った事が、まだ理解できないでいた。
俺は、人間か、猫か?
ふと、昨日の夜の二人の会話を思い出した。
あれは、ゼフの息子の話だ。
そうだ。 きっと、そうだ。
だとしたら、息子はまだ、生きている。
そしたら、さっき、クレハが言ったとおりのことをしたら、息子は助かるかもしれねえ。
・・・・・でも・・・俺は?
そう思った瞬間、俺は急に不安になった。
だとすると、今のこの俺は、どうなっちまうんだろうか。
人間に魂が戻っても、猫の魂だけになっちまっても、 ・・・今の俺は、いなくなる・・・
猫でありながら、両方の魂を持つ俺は・・・・・・消える・・・・・・・
目の前が真っ暗になる。
俺が消えて無くなる?!
いや、息子も、サンジという名の黒猫も実際にはいなくならない。
・・・俺の・・・この気持ち(精神)が、失くなるんだ。
このまま何もしないでいれば、この幸せな日常は、壊れることはない。
・・・・でも、でも、ゾロは・・・ゾロはこう言ってた。
『世界中の皆が諦めても、俺は諦めない。』 と。
俺は、決心した。
(・・・ゾロが、前みたいに、明るく笑ってくれるのなら・・・・ゾロが、幸せになれるのな
ら・・・・俺は・・・俺は、消えたって・・・平気・・・・きっと、平気・・・・)
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