「クソッ・・・」朝食の片づけも一段落して、サンジは、一人キッチンで、タバコをふかしていた。
あのクソ野郎のせいで、また、思いだしちまった。
チッ、何だって、あいつ、あんな真似を・・・・薬飲ませてえなら、口で言やあ良いだろうが、
口で。
・・・・いや、確かに口だったな・・・って、おい、そういうことじゃねえって。
・・・・問題は、その後だ。 あいつ、確かに、舌入れてきやがった。
そうそう、何か、頭の芯がジーンとして、クラクラして、何か、すっげえ気持ちよかったんだよ
な・・・
あいつ、ああ見えて、すんげー、キス上手なんじゃないかって、やったことのない俺が、比べ
ようもねえがな・・・・・って、・・俺は、何考えてんだ?!
そう、俺は、今まで、唇と唇を合わせるキスというものを、やったことがない。
レディの手などに挨拶代わりにするやつなら、何度やったかキリがねえ。
それに、全く、女性経験が無いというわけでもねえ。 童貞も、15歳の時捨てたし、まあ、
それなりにその後も、経験がある。
ただ、初めての相手のレディが、俺に教えてくれた。
『キスはね、本当に自分が好きな人と・・・そして、自分を本当に愛してくれる人とじゃ
なきゃ、してはダメよ。初めてなら、尚更・・・キスは、魔法なんだから・・・』
だから、自分達みたいな商売女は、絶対、客にキスはしないと・・・・
その後も、俺は、色々なレディ達と、身体を重ねたが、どうしてもその言葉が忘れられず、
キスだけはすることがなかった。 いや、そういう恋愛に至る相手に出逢えなかったのだ。
それなのに、あのココヤシ村で、事件は起こってしまった。
・・・・・何か、本当に、嫌じゃなかったんだよな・・・何でだ?!
相手は、あのクソマリモ野郎だぞ?
目が合えば必ず喧嘩する、いかすかねえ野郎。
正真正銘の男だぞ?
恋愛の対象にすらなり得ないんだぜ。
・・・絶対に、ありえねえ。
・・・・・・・・・・もしかしたら、俺。
魔法にかかっちまったのか?
いや、そうかもしんねえ・・・。
俺は、男とキスするのが、快感になっちまう魔法、いや、呪いにかかっちまったんだ!
・・・・・そうじゃねえと、こんな気持ちになるハズねえ・・・・・・
・・・・・・どうすりゃいい??
どうすりゃ、この魔法(呪い)は、解けるんだ?!
・・・・・・もしかしたら、一生・・・・・
ダメだ!
俺は、レディが好きなんだよ!!
・・・・・やめだ! こんな事考えてたら、身がもたねえ。 たかが、キスじゃねえか。
えーい、忘れろ!忘れるんだ!
男は、ただひたすら、前を見つめて生きていきゃ、それで良いんだ。
俺は、未来だけを信じて生きる男なのさ・・・・。
俺は、タバコを揉み消すと、勢いを付けて、キッチンの扉を開けた。
甲板には、いつもの風景が広がっている。
ナミは、パラソルの下で、新聞に目を通している。
ルフィは、メリーの頭の上で、釣り糸をたれ、ウソップは、さっき壊れた男部屋の修理で、ここ
にはいない。
ゾロは、ウソップ特製ハンマーで、素振りをしている。
・・・・・・・少しだけ、サンジの心拍数が上がった。
要は、野郎共に、近づかなきゃ良いんだ。
「ナミさ〜んv 何か冷たいお飲物でも、お持ちしましょうか?」
「うん、頼むわ。サンジ君vv」
「かしこまりました。」
サンジは、またキッチンに戻ると、冷たいハーブ茶を持って、ナミに届けた。
「サンジ〜。俺も、喉、渇いた〜!!」
船頭にいたルフィが、振り向きざまに、サンジの腰に腕を伸ばした。
不意をつかれたサンジは、一瞬反応が遅れ、ルフィと一緒に甲板に倒れ込んだ。
「ドコォーン!!」
仰向けに倒れたサンジの上にルフィがのし掛かるシュチエーション・・・・。
遠くで、「ドカッ。」と、音がした。
不幸にも、サンジの口は、ルフィの唇で塞がれていた。
「フゴッ。」
一瞬何が起こったのか、わからなかったサンジだが、唇を塞がれている感触に、一気に血の
気が引いた。
ぐわあ、俺は、また、野郎相手に・・・・・。
そう思っている間に、口内に、プニプニしたモノが入ってきた。
うえ、何だ? ・・・やめろ・・・気持ち・・・・・・・・・・・・気持ち悪い。
そう考えると同時に、身体が動いた。
「コリエシューット!!」
キラリーン。
ルフィは、空高く消えていき、数十秒後、落下してきた。
「ルフィ!!てめえ、なにしやがんだ!!」
「っん。 何となく、キスしといた!」
今だ血の気が引いて、フラフラの状態で立っているサンジに、ルフィはいたく真面目な顔
で、こう言いきった。
「あらあら、サンジ君、とんだ災難ね。 大丈夫?」
「おい、ルフィ。いくら海の上で退屈だからって、サンジなんか、襲うなよな。」
ナミとウソップが特に驚くこともなく、二人に声をかける。
ルフィのすることに、いちいち驚いていては、この船のクルーは、務まらない。
「てめえ。 1週間、おやつ抜き!!」
サンジは、半ば呆れたようにルフィに言い放つと、そのままフラフラと、倉庫に昼食に材料を
取りに向かった。
甲板には、ガボーンとした顔をしたまま動けない若干1名とルフィの姿があった。
「フーッ」
深いため息と共に、朝食を今日も食べ損ねたゾロ(当然、あのゴタゴタの後、キッチンに行っ
たのだが、テーブルの上には、何一つ残されてなかった。)は、さっきの、サンジの言葉を思
い出していた。
「てめえ、村で、俺に何をしたか、忘れやがったのか?」
ああ覚えているぜ。
俺は、サンジに、薬を飲ませるために、口移しでしてやっただけだ。
あの場合、あれが一番いい方法だと、そう思ったから、そうしただけ。
最初は、本当にそうだった。
でも、あいつの柔らかい唇に触れたら、もっと触れたくなって・・・・・
薬を飲み込ませた後も、離れたくなくて・・・・
そんなとき、あいつのあんなに色っぽい声が漏れ聞こえてきたら、背筋がゾクッときて・・・・
頭じゃ、やべえって思ってるのに、身体が勝手に、動いていた。
・・・あの後、すんげえ衝撃が来て、いつの間にか、朝になっていた。
そういやあ、横のテーブルの上に折り鶴が置いてあったな。
あれって、あいつが折ったのか? 覚えてやがったのか?!
でも、それなら、何か言ってくるはずだがな・・・・
まあ、俺だって、ついこの間まで、あのグルグル眉毛見る迄、すっかり忘れてた位の出来事
だ。
覚えているはずねえよな・・・・?
・・・でもよ、あの声は、やっぱ、反則だろ?!
あんな声聞いて、その気のならねえ奴なんて、いるわけねえだろ。
髪の毛も光に透けて、キラキラしてっし、何か吸い込まれそうな蒼い瞳で・・・。
黙ってりゃ、そこいらの女達より、全然綺麗で、腕とか腰とか、こいつ、本当に、俺と同じ男な
のか?!っていう位の細さで。
・・・・・あの足癖も悪さと、口汚さがなきゃ・・・・・・
いや、唇も、嘘みてえに、すんげえ、柔らかかったよな・・・・・って、おい、俺は、何考えてん
だ?!
目が合うと必ず喧嘩して、本当に、ソリがあわねえ、イケすけねえ野郎だぞ?
男だぞ?!
・・・でも、妙に大人びた表情するかと思えば、子供みたいにはしゃいだり、コロコロと表情が
良く変わって、見てて飽きねえよな・・・・・
・・・あー、もう、うだうだ考えると、ろくな事しか思いつかねえ。
さあ、鍛錬!鍛錬!っと。
ゾロは、ウソップに作って貰った重さ?百キロのハンマーで、素振りを始めた。
「2889、2890、2891・・・・・」
カチャッとキッチンの扉が開く音がした。
サンジが銜えタバコで、ナミに向かって、何か言っていた。
大方、気を利かして、飲み物でもとか何とか言ってるに違いねえ。
本当に、あいつは、女にはからきし優しいラブコックだかんな。
・・・いかん、集中、集中!
あの件(キス)以来、何かとサンジのことが気になって、ゾロは、何も考えなくても良いように、
前にもまして、鍛錬の時間を増やしていた。
「3021、3022、3023・・・・・」
一心に、ハンマーを振るうゾロ。
その時、
「サンジィー」
というルフィの声に、ふとサンジの方に目を向けた。
「ん、んなっ!!」
ゾロは叫んでいた。
まさに一瞬の出来事だった。
伸びるルフィの腕が、サンジの腰に廻ったかと思うと、アッという間に、甲板の上で重なっ
た。
・・・キスしてるぞ・・・・キスしてやがる!
「ドカッ」
ゾロの手から離れたハンマーが、甲板にのめり込んだ。
「いやだ〜。 ゾロッたら、また船、壊さないでくれる。 まったく・・・」
ナミはゾロを、睨み付けながら言った。
それから、チラリとサンジとルフィに目を向け、
「あらあら、サンジ君、とんだ災難ね。 大丈夫?」
と、サンジに声をかけた。
「おい、ルフィ。いくら海の上で退屈だからって、サンジなんか、襲うなよな。」
たった今、男部屋から出てきて、状況の飲み込めていないウソップは、冗談めかしてそういっ
た。
ゾロは、目の前で起きた出来事に言葉を失った。
身体が、ピクリとも動かない。
ギリッ・・・。
無意識のうちに奥歯をかみしめる。
心の中に、何かどす黒いモノが、広がっていくのがわかる。
今までに感じたことのない、怒りに似た感情・・・・。
だが、そんな単調なモノではない。
「・・・コロ・・・ス・・・」
ゾロは、呻くように出た自分の低い声に、我に返った。
誰を?
なぜ?
ここには、信頼する仲間しかいない・・・。
・・・・なのに・・・なぜ・・・なぜ、俺は・・・・
・・・俺は一体どうしたんだ・・・・・?
ウソップのからかうような声が聞こえて、俺の心には、ますますドス黒いモノが広がっていっ
た。
それ以上何か喋ったら、殺す!
そう意味を込めて、ウソップにするどく視線を向けた。
・・・・凄まじい殺気をひしひしと感じて、ウソップは後ろを振り向いた。
「ヒッ・・・・ゾ、ゾロ・・・・」
そこには、バンダナこそ頭に巻いてないが、魔獣化したゾロが、ウソップを睨み付けていた。
視線だけで、人が殺すことが出来るとしたら、ウソップは、間違いなく、瞬殺されていたことだ
ろう。
「・・・俺は・・・知らない・・・・何も・・・見ていない・・・・」
ウソップは、そう呟くと、その視線の意味を理解したのか、そのまままた、男部屋に戻ってい
った。
・・・・・・・襲う?
誰が?
ルフィがか?
誰を?
サンジを?
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!
・・・サンジは、俺が。
・・・・・誰にも触れさせねえ。
そう、俺は、サンジが好きなんだ。
仲間としてではなく、もっと、特別に。
サンジが男だろうが、女好きだろうが、そんなこと関係ねえ。
・・・やっと、見つけたんだ・・・。
サンジの唇の柔らかさも甘さも、知るのは俺だけで充分だ。
たとえ、ルフィだろうが、これだけは、絶対譲れねえ。
そもそも、男だの女だの強さに関しては、一切偏見を持ったことのなかった、大剣豪一筋の
ロロノア・ゾロは、己の恋愛規準にも、全く偏見を持たなかった。
彼にとっては、好きになったサンジが、たまたま男だった。 ただ、それだけなのである。
サンジが好きだ。
たとえ、サンジの気持ちがどうであれ、このまま黙って、うだうだと考えるのは、性にあわね
え。
・・・行動有るのみ!
「よしっ!」
ゾロは、両手で、自分の頬を叩いて気合いを入れると、そのまま、サンジがいる倉庫へを向
かった。
<おまけ>
フ、フ、フ。 ようやく面白くなってきたわ、あの二人・・・・。
ココヤシ村以来、妙にギクシャクしてたかと思えば、サンジくんったら、必要以上に、ゾロに
つっかかるし、それって、ゾロにかまって欲しいって言ってるようなモノよね・・・・?
何でかまって欲しいのか、本人が気づいてないところが、サンジ君らしいというか・・・・。
それよりも、ゾロよ、ゾロ!
最近、昼寝もしないで、ぼーっとしてることが多くなったし、そうかと思えばむやみやたらに、
ハンマー振り回してるし・・・・。
突っかかってくるサンジ君に対しても、刀は抜いて応戦してはいるけど、なんだかんだと、
傷つけないようにしてんのよねぇ・・・・。
極めつけは、キッチンで、後ろ姿のサンジ君見てるときのあの瞳。
・・・本人は、無意識なんだろうけどね。
・・・信じられる?!
あの、魔獣と怖れられる、イーストブルー一の海賊狩りの、ロロノア・ゾロがよ?
何か有るんだろうって事くらい、とっくにわかってたわよ。
特に、ゾロ。
あれは絶対、サンジ君に恋してるわ。
・・・ま、今日の事で、決定的ね・・・
自分でもようやく、自覚したってとこかしら。
ただ、サンジ君がね・・・
好意を持っているって事は確かなんだろうけど、事、自分の恋愛に関しちゃ、超鈍そうだし、
あの性格じゃ、素直に、自覚するのは、難しいんじゃないかしら・・・・。
フ、フ、フ。海図を作るのは、楽しいけど、やっぱり、回りの人間を観察するのって面白いわvv
特に、恋愛模様なんて、外野で、チャチャ入れる分には、最高の暇つぶしじゃない。
これで、航海中、退屈しなくてすみそうだわ。
とりあえず、今日の事件が起きて、ゾロがどう出るか、楽しみだわvv
ナミは、パラソルの下で、サンジに貰ったハーブ茶を飲みながら、チラリと、ゾロの後ろ姿を見
ると、また、新聞を読み始めた。
俗に言う、魔女の微笑みを浮かべながら・・・・
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