ジャパネスク ふたたび −平安時代編−


その6







「・・・・・・なあ、どうしたんやろか、ゾロはんは・・・・」

「あの管弦の宴以来、ずっと物忌みやなにやらで、全然、宮中にもおみえにならはり

ませんし・・・・・」

「なにやら、宮中の華やぎも今ひとつ冴えませんなぁ・・・・・」

「今上におかれましては、ゾロはんが、殿上なさらなくなって、イライラのしどうしで。」

「全く、あのお役目一途で真面目なゾロはんが・・・・・一体、どうしはりましたのやろう

か・・・・」

「お父上の右大臣殿も、たいそうご心配だとか・・・・」

「鴛鶯殿で、ゾロはん一人、お過ごしで、何人たりとも近づけぬとか・・・・なんや、

奇病とかと違いますのやろうか・・・・・」

「真面目な方に限って大病を患うといいますからなぁ・・・」

宮中の貴族達の間で、囁かれているのは、衛門の督、ゾロの事。

ゾロは、あの麗景殿の女御の為の管弦の宴以来、この一月、まだ一度も参内していない。

始めは、物忌みや方替えとかで来られぬのだろうと、皆そう思っていたのだが、ゾロ一人、

鴛鶯殿に閉じこもり、右大臣家の家人さえ近寄れないと聞けば、色々な憶測が、飛び交って

しまっているのだ。

「・・・・・なあ、サンジ。 やっぱり、ゾロらしくないと思わないか? あんなに、お上至

上主義でお役目大事の奴が、シャンクスにこんなに迷惑を掛けるなんて、絶対に有り

得ない。 ・・・・もしかしたら、本当に、大病を患ってるのかも・・・・」

宮中で、宿直をしていたルフィが、同じ宿直中のサンジにそう聞く。

「ああ、俺も、それは考えた。 けど、あいつなら、病に罹ったら罹ったで、シャンクス

には、その旨の文の一つでもやるだろう。 ・・・・しかし、ここまでなしのつぶてだ

と・・・・・あいつの身に、連絡できないような事が起きたとしか考えられない。 

・・・・嫌な予感がする・・・・俺、明日、鴛鶯殿に行ってみようと思う。 てめえも、一緒

に来るか?」

「いや、早いほうが良いな。 サンジ、お前、今すぐ、鴛鶯殿に向かえ。」

サンジの言葉に、そう言って妻戸から現れたのは、兵部卿宮のエースだった。

「お前程じゃないが、俺も、嫌な予感がする。 それに、昼間は警備が物々しい。 

あいつに逢うなら、夜しかない。 ・・・それに、お前、もう気が付いているだろ? 

人に執着をしないお前が、生まれて初めて気になった奴だ。 ・・・その気持ち・・・・

大事にしろよ。」

「・・・・エース・・・・・」

「まっ、世の中には、モノ好きな奴が、たくさんいるってことだ。 宿直は、俺とルフィ

に任せろ。 車宿に、俺の乗ってきた車がある。 ・・・・気を付けて行けよ。」

エースはそう言って、サンジの肩をポンと叩いた。

「・・・ありがとう、エース・・・・」

サンジは、そう言ってにっこりと笑うと、車宿に向かう。

「あ〜・・・・俺ってば、なんて、いい人なんだろう。 ・・・・けど、あの管弦の宴の時に

さぁ、俺、気が付いちゃったんだよね・・・・サンジが、ゾロの姿を瞳で追ってるのを・・

んでもってさ、ゾロがいなくなったのすぐに気が付いて、追い掛けて行くしさ・・・・・・ 

あのサンジが、だぜ。 はぁ・・・・俺、完敗だよな。 ・・・・って、おい、聞いてるか?

ルフィ・・・」

「ん?ああ、サンジだろ? あいつ、初めからゾロにだけ、タメ口聞いてたし・・・・

俺に箏を教えるときにも、必ずゾロを連れてくるし。 口喧嘩ばっかりしてるのに、

変だなって思ってた。 ・・・そうかぁ。サンジもゾロの事が好きだったんだな。 

うん、良くわかったぞ。」

「・・・・お前、飄々として、俺にトドメ刺しただろ・・・・・クソッ! 良いんだ、俺は・・・・

これで、都中の姫君達を独り占めできるというもんだ。 うん、うん・・・」

エースとルフィは、そう言って、宿直の夜が明けるのを待った。



















「ここにいてくれ。 ・・・で、もし、明け方までに俺が戻らなかったら、宮中にいる

エースにその旨伝えてくれないか。」

サンジは、鴛鶯殿のすぐ近くの路地で車を降りると、従者にそう言って待機させた。

鴛鶯殿は、禍々しい空気に包まれて、辺りはしんと静まり返っている。

サンジは、直衣を脱ぎ、小袖姿になると、鴛鶯殿の塀を軽く飛び越え、中に潜入した。

庭は、腐臭がたちのぼり、依然と見る影もないほどに荒れ果てた庭に、サンジは、思わず息

を呑んだ。

「・・・・酷え。 一体何が起こったんだ・・・・」

木々という木々は全てその枝から葉が抜け落ち、草花は、皆、精気を吸われたように枯れ

果てていた。

サンジは、前髪を掻き分け、意識を集中して、金色の瞳に屋敷を映す。

すると、妻戸が固く閉ざされた部屋のところから禍々しいほどの黒い邪気が渦巻いている

のが見えた。




・・・・・・ゾロは、ここにいる・・・・・




サンジは、そう確信して、妻戸を勢い良く蹴破った。

「クックック・・・・やはり、来ましたね。 貴方を待っていたのですよ。 ・・・・絢姫。」

初めから予想していたかのように、黒い邪気の中心にいる闇が、サンジに向かってそう

言った。

「絢姫・・・」

サンジが、その言葉にピクッと反応する。

「っ・・・・・サンジ・・・来るな・・・・・こいつの・・・狙いは・・・・お前・・・だ・・・・」

サンジが、その声の方に瞳を向けるとゾロが、息も絶え絶えに、床に伏している姿が瞳に入

った。

禍々しい邪気がゾロの身体を包み込んで、その精気を吸い取っているのがわかる。

「フッ。 まだそんな口が利けるのか。 たいしたものよのぅ・・・・ 初めに、我にその

身体を明け渡しておきさえすれば、そのような苦しみに合わずに済んだモノを。 

余程、貴方にご執心と見える。 これほど簡単に事が運ぶとは・・・・・貴方に変装し

た甲斐があったというもの・・・・・・クク・・・しかし、この状態では、我に抗うことは出

来まい。 さぁ、我の手先となって、その手で、愛すべき人を殺せ。 ・・・・絢姫、貴方

も、愛する人に殺されて本望と言うものでしょう。 ・・・これで、我の口惜しさも少しは

癒えようというもの。 さぁ、殺せ・・・・・その手で、愛する者の命を奪うのだ・・・・・」

闇はそう言ってスッと手をゾロに差し伸べる。

ゾロは、フラフラと操り人形のように、その手に刀を携えて、サンジに近づいてきた。

「ッ・・・クッ。 ・・・・・サンジ・・・・・逃げろ・・・・・身体が、言うこと・・・・効か・・・な

い・・・」

ゾロは、サンジの瞳を見つめながら、そう呟く。

「・・・・ば〜か、俺は、絢姫じゃねえから、てめえの思うとおりには、殺されない。 

何を勘違いしてるのか知らないが、絢姫は、俺の母親は、もうだいぶん前に、死んで

るぜ。 てめえも、そんな死んだ人間に復讐しようとせずに、安らかにあっちの世界に

行けよな。 ・・・てめえの東宮も、てめえが来るの、待ってるぜ。」

「嘘だ! その金色の瞳は・・・・あの方が愛していたその瞳の色を、我が見間違うは

ずはない。 あの方の瞳に触れる美姫達は、皆、遠ざけた。 我だけを愛してくれるよ

うに・・・左大臣家の権力をも利用して・・・・・しかし・・・あの方のお心には、振り分け

髪の頃から一緒にいた絢姫・・・・貴方の存在が・・・あった。 それは、絢姫、貴方

が、嫁いでからも同じだった。 父上にお願いして、貴方の家族ごと、都から忘れ

去らせるように仕向け・・・・・ようやく、我だけの東宮様になられたと思っていたの

に・・・・・ あの方は・・・・・死の間際まで、貴方の名前を呼んだ・・・・・・絢姫、貴方

にその時の我の気持ちがわかろうか? あの方だけを生涯の伴侶とし、共に連理の

杖として誓い合ったはずの・・・あの方の最後の言葉・・・・・我はその瞬間から、人で

あることを止めた。 そのまま闇の囁くままに、この身を食らわせた。 絢姫・・・貴方

に復讐するために・・・・」

闇は、そう言うと、ゾロを操り始める。

「・・・・ったく、聞く耳持たねえって感じだな。 女の嫉妬ほど醜くて、しつこいもんは

ねえな。 ・・・・それと、おい、ゾロ。 てめえ、いい加減にしろよ・・・・・いつまでそん

な奴に良いようにされているつもりだ。 俺を好きだって言う気持ちは、そんな奴に良

いようにされるほど、ちゃちなものなのか? 言葉だけじゃなく、俺に、その心意気、

見せてみろよ。 ・・・そうすれば、いい目見られるかも知れねえぜ。」

サンジは、近づいてくるゾロにそう言ってにっこりと笑った。

「・・・・・・・・・それは・・・・・俺が考えている通りに解釈して良いんだな・・・・・・」

サンジの言葉に、ゾロはそう呟くと、ギリッと歯を食いしばる。

ぴたりとゾロの動きが止まった。

「ええい、何をしておる。 そなたには、我に抗う力は残されてないはず・・・・・」

闇がそう言って、初めて怯んだ。

「愛の力って言うのは、偉大なんだよ。 よおっく、覚えとけ! ゾロ、後ろにある几帳

ごと、その刀で叩き斬れ!!」

「承知!!」

サンジの言葉に、ゾロは、几帳ごとその空間を断ち切った。

「ぎゃああぁぁぁ・・・・・・東・・・宮・・・・様・・・・」

闇は、その言葉を残して、消えていった。

几帳の前には、骸骨だけが残されていた。

ガクッとゾロの膝が崩れる。

「おい、大丈夫か、てめえ・・・・・」

サンジは、慌ててゾロに駆け寄り、その肩を貸す。

「・・・・・約束・・・・・忘れるなよ・・・・・」

ゾロはそう言ってニヤリと笑うと、そのまま意識を失った。

秋らしい涼やかな風が一陣舞って、鴛鶯殿を覆っていた邪気が一掃される。

「まあ、ここまで愛されたんじゃ、しょうがねえよな・・・・・」

サンジはそう呟いて、こみ上げてくる笑いを噛み殺した。










 
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<コメント>

オ、オカルトもの??になってしまった。(滝汗)
すみません・・・・・・何かこう言う展開になろうとは・・・
ルナも、予想外だった。(死)
まあ、平安モノには、摩訶不思議なことが起きるのは常識で・・・
ああ、本当に、何と言っていいのか・・・・・
一連の事件は、先東宮妃の起こした事件と言うことで、
サンジの母親の絢姫と先東宮が幼なじみだったことや、
先東宮がいつまでも、絢姫を忘れられなかったのが原因かな。
政略的に、左大臣の姫を后に迎えたものの・・・という、
ちょっっぴり複雑な人間模様が、あるんですね。
と言ううんちくは、このくらいにして、次回で、お終いにします!
では★