いつか、王子様が。




いつか、王子様が。



その4.



 




「痛い!! 痛えって言ってるだろ!! 離せよ!ギン!!」

「いいえ、離しません。 ここで逃げられたら、元も子も無いですから・・・」

サンジ姫はギン王子に腕を捕られたまま、城の来賓の間に入る。

そこには、数十人のこの絵兵を従えふんぞり返っているクリーク王と、その隣りで深く溜息を

吐いているバラティエ王国、国王ゼフの姿があった。

「・・・・・・・姫、すまない。 この国の為・・・お前に無理を承知で頼む。 クリーク王国

に嫁いでくれ。」

サンジの父でもあるゼフ王はそう言ってサンジ姫に頭を下げる。

「・・・・・・父上、頭をお上げください。 仮にも一国の国王が、自分の子に頭など下げ

るものではありません。 王族たるもの、いつ何時もその国の民をその身に代えても守

るのが義務。 そう教えてくださったのは、父上ではありませんか。 これも私の運命

なのでしょう。 ギン王子、そして、クリーク王、お聞きの通りです。 貴方達の申し出

の通り、一週間後、私が、貴国へ参りましょう。 ですから、今日のところは、兵を引い

てお戻りください。」

サンジは、先程とは打って変わった王族としての毅然たる態度で、クリーク王とギン王子にそ

う告げた。

「・・・・・・貴方がまた逃げないと言う保障は?」

「そこまでお疑いなら、見張りでも何でも付ければ良い。 私はもう逃げも隠れもしな

い。 いや・・・・・・出来ないようになっているのでしょうから・・・。」

ギン王子の言葉に、サンジ姫は冷ややかな態度で王子を睨み返した。

「察しの良い姫様だ。 さすが、私が見初めただけはある。 では、一週間後、迎えの

馬車を遣しましょう。 それまでに父君と別れを惜しまれますように。 ・・・・・・・もう二

度と、戻る事は無いでしょうから・・・・・」

ギン王子はニヤリと笑うと、そう言ってサンジ姫の手の甲に口付ける。

「では、我が花嫁。 暫しの間、お別れです。 じゃあ、参りましょう、父上。」

「うむ。 ・・・・・では、ゼフ国王。 この婚礼により、ますます貴国も繁栄の一途を辿る

であろう。 失礼する・・・。」

ギン王子とクリーク王は、そうサンジ姫とゼフ王に告げて、城を出て行った。

「くっそぅ、あの野郎。 どさくさに紛れて俺の手にチューしやがった!! 汚え・・・・・

誰かオキシフルを持ってきて!!」

サンジは侍従にそう命じて、自分の手を消毒する。

「・・・・・本当、悪かったな、チビナス。 俺がもっとしっかりしてたら・・・・あんなクリー

クの言う事なんか無視して・・・・。」

「気にするなよ、父上。 国力が劣っているのは父上のせいじゃねえし。 ここ数年、干

ばつやらなんやらで運が無かっただけだ。 それに・・・・・国民を守るのが、王族とし

ての務めだろ? ・・・・・・・・・・・わかってるから・・・・・充分に、それは・・・・。」

ゼフ王の言葉に、サンジ姫はそう言うとフッと淋しそうに微笑んだ。

「・・・・・・てめえ、この二日でなんかあったのか?」

「なんで?」

「いや・・・・なんだか大人になったと言うか・・・・・・表情が変わった。」

ゼフ王は、サンジの顔を見つめながらそう呟く。

「おう。 俺、一杯いろんな体験した。 蜘蛛って気色悪い虫も見たし、足にまめが出

来て痛くて歩けなくなったし。 初めて、人に文句言われたし・・・・・・・初めて、人にご

飯作ったし・・・・・初めて・・・・・っ・・・・グス・・・・・・初めて・・・・・・ゾロに・・・・・逢っ

た・・・・・俺・・・・・初めて・・・・・・ふぇっ・・・・」

初めは笑顔で答えていたサンジ姫は、途中から泣き出してしまった。

「お、おい、チビナス! どうしたんだ? どっか痛いのか? おい、医者を呼ぶか?」

「うん・・・・・ヒック・・・・・父上・・・・・胸が・・・・・・痛え・・・・・」

ポロポロと泣きながらそう訴えるサンジ姫を目の当たりにしたゼフ王は、慌てて衛兵に医者を

呼びに行かせる。

すぐさま、サンジ姫は寝室に運ばれ、主治医が到着した。

「・・・・して、どのようなお気分ですか?サンジ姫?」

「ん・・・・・なんか胸が苦しいんだ。 痛くて息苦しくて・・・・・泣きたくなる。」

「それは、いつ頃から? どういった場合に起こりますか?」

主治医は、ベッドに寝かされたサンジ姫の脈を取りながら、そう尋ねる。

「えっと・・・・昨日からかなぁ。 どういった時ってのはなくて・・・・ゾロの事考えた時と

か、そうなる。」

「・・・・・・・サンジ姫。 ちなみにお伺いしますが、それは心臓がドキドキしたり、訳も

無く恥ずかしくなったりもしませんか?」

「そう!! そうなんだ!! めちゃくちゃドッキンしたりさ、ゾロの顔見てたら恥ずかし

くなったり・・・・・・やっぱ、俺、病気なのかな・・・?」

主治医の言葉に、サンジ姫は瞳を輝かせて、逆にそう聞いた。

もし自分が病気であれば、それを理由に婚姻を延期できる、と・・・・

サンジ姫は、真剣にそう考えていた。

「・・・・・サンジ姫、残念ながら、これは病気ではありません。 サンジ姫、貴方は、恋

をなさってらっしゃるようですね。 そのゾロと言う方に・・・」

「恋?! 俺がゾロに恋?! このバクバクって感じや、キュンってするのは、俺がゾ

ロに恋をしてるからなのか?」

「御意にございます。」

主治医はそう言ってサンジ姫の腕から手を離す。

「・・・・・・・・・・これが・・・・・・・・・・恋。 けどよ、俺、恋をするなら王子様とって・・・・

・・・・・白馬に跨って颯爽と俺を救い出すヒーローみてえな格好良い王子様と恋をする

って、ずっと子どもの頃から思ってたんだぞ。 それなのに、なんで、王子様でもねえ

ゾロと・・・・・」

「恋は、いつ誰にどういった風に起こるのか、誰にもわかりません。 ドキドキとしたそ

の瞬間から、もう恋は始まっているのですから・・・・」

いまいち賦に落ちないサンジ姫に、主治医はそう言って優しく微笑んだ。




・・・・・・・・・これが・・・・・恋。

俺の・・・・・・・・・・・・・・・・・初めての恋。

そうだ!!ゾロは?!

ゾロはどうしているだろう?!

まさか・・・・・・ううん、そんな事ねえよな。

ちゃんと逃げたよな。




「父上ーっ!! お願いがあります!!父上ーっ!!」

サンジ姫は、居ても経っても居られなくなってベッドから飛び起きると、ゼフ王の元に向かう。

「おう、チビナス。 気分はもう良いのか?」

「あ、うん。俺は大丈夫だ。 病気じゃなかったから。 それより、父上。お願いが・・・」

心配そうに声を掛けるゼフ王にサンジがそう言って話を切り出そうとすると、玉座の間に衛兵

が一人息を切らして駆け込んできた。

「何事じゃ、騒々しい。 せっかくチビナスと親子の語らいをしておったとこなのに・・・」

ゼフ王は、不満げにそう言う。

「申し訳ありません、王様。 実は・・・・・・見慣れぬ風貌の男が、サンジ姫は戻ってい

るかと聞いた上、俺に逢わせろの一点張りでして・・・・・」

「そのような者、すぐに叩き出せば良いであろうが・・・一々、ここに報告に来なくとも良

い。」

「それが・・・・・滅法強くて・・・・・・・・」

ゼフ王の言葉に、兵士はもごもごと口ごもるようにそう呟いた。

「王様ーっ!! お逃げくださ・・・・ガハッ!!」

その矢先、急に入ってきた衛兵がそう言って床に伏す。

「なんだ、今度は!!」

そう言って広間の全員が、その扉へ視線を移すと、そこにはある男が立っていた。

「ゾロ!!」

サンジ姫は思わずそう叫んで、ゾロに駆け寄る。

「姫、大丈夫だったか? なにもされてねえか?」

ハァハァと息を切らしながら、ゾロはサンジ姫にそう尋ねる。

「うん、大丈夫だ。 ギン王子達はもう帰って行ったから。 それよか、ゾロの方が大丈

夫なのか? あんな人数一人で相手にして・・・・しかも、あのクリーク王国の精鋭部

隊だぞ。 あっ・・・・ほら、怪我してるじゃねえか。 早く医者に診せねえと・・・・」

サンジ姫は、ゾロの腕から流れる血を見とめて、慌ててハンカチで拭った。

「・・・・・チビナス、そいつが、ゾロなのか?」

サンジ姫の後ろから、ゼフ王がそう声を掛ける。

「あっ・・・・・申し訳ありません、ゼフ王。 どうしても自分の瞳で、サンジ姫の無事を確

認したかったもので・・・・ご無礼致しました。」

ゾロは、ゼフ王の前まで歩み寄ると、そう言って深々と頭を下げた。

「・・・・・・まぁ、皆、殺された訳でもなく・・・・・と言うか、よくぞまぁ、ここまでこれたも

のだ。 たいした腕の持ち主なのだな、君は・・・・。 どうだ? その腕、この国の為に

役立てる気はないか?」

ゼフ王はマジマジとゾロを見つめて、感心したようにそう尋ねる。

「そうだよ!! ゾロ!この国の剣士になれよ! そしたら、俺・・・」

「身に余る光栄なお話ですが、それはお受けできません。 あなた方が国を愛するよう

に、私もまた、自分の国が好きなのです。」

サンジの嬉しそうな言葉をを遮って、ゾロが真剣な表情でそう返事した。




・・・・・・・・そうだよな。

ゾロにはゾロの生まれた国があって・・・・当然、家族もあって・・・・

この国に義理立てする理由は全然ねえもんな・・・・。

俺って・・・・・・・馬鹿。

ちょっと期待した。

もしかしたらって・・・・・・・

もしかしたら、ゾロが・・・・・・・・・ギンから俺を救ってくれるかもって・・・・・

そんな事出来る訳ねえのに。

俺の為に、あのクリーク王国を敵に廻す奴なんか、この世の中に居る訳ねえよな。

それも・・・・・・・たかだか昨日逢ったばっかの俺の為に・・・・・

ゾロが・・・・・・・・・・・・・・・やってくれる訳ねえ。




「・・・・・そうか、残念だな。 今日は、ゆっくりと休まれるが良い。 チビナス、先に浴

場に案内してあげなさい。 それから、適当に好きな部屋を使って下さって結構。 

では、私も失礼する。」

ゼフ王は、そう言って自分の寝室へと戻って行く。

「・・・・・風呂はこっちだ、ゾロ。」

サンジ姫はそう言って、ゾロを浴場まで案内した。











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