Here I am 


その2.



 




「・・・・・・・どうだ?」

食事の最中、サンジはそうゾロに尋ねる。

「あ? なにが?」

「だから、飯だよ、飯! 美味いのか不味いのかどっちなんだよ!」

自分の意図が上手く伝わらず、サンジはいらただしげにそう言った。

「・・・・・・別に? いつもとかわらねえし・・・・てめえの作るもんで不味い訳無いだ

ろ・・・。 なんだって今日に限ってそんな事を・・・?」

ゾロは、何故サンジが唐突にそう聞いたのかわからなかった。

「あ、いや・・・・いつも、何にも言わねえから、確認したくなっただけだ。別に深い意味

はねえ・・・。」

サンジは、いつものような口調でそう言い返しながらも、ゾロの返答にホッと胸を撫で下ろす。

自分で味の確認をしていないものを人に出すという行為が、こんなに恐ろしいものだとは思わ

なかった。

確かに、料理には自信があった。

絶対に誰にも負けない自信が・・・・。

世間にもそれなりに認められてきた。

一度口にした料理は、寸分の狂いも無く再現できる・・・。

この腕とこの味覚を持ってすれば・・・・造作も無い事・・・・だった。

しかし、今、その味覚は、失われた。




・・・・・・・・・・・・もし・・・・ずっとこのままだったら・・・?




サンジの背中に冷たい汗が滲む。

単なる一過性のものだと思いたかった。

思わなければ・・・・・・・・・・・・気が狂いそうだった。

「サンジ? おい、サンジって?」

「あ? ああ、ごめん、ゾロ・・・。 俺・・・・先に休んでも良いか? ちょっと疲れた。」

サンジは、ゾロの言葉にそう返事して、キッチンを出て行く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ゾロは黙ったまま、その背中を見送った。

「・・・・・・・・あの馬鹿・・・。」

ゾロは、誰もいなくなったキッチンでそう呟くと、手早く食事を済ませ、キッチンを出る。

「・・・・・ちょっと出てくる。」

ゾロは、サンジのいる男部屋にそう声を掛け、船を下りた。

行き先は・・・・・・・チョッパーの泊まる宿・・・。

サンジの身体に何らかの異変が起こったのは、さっきのサンジの様子で理解できた。

それも、かなり深刻な状態だと、ゾロは、確信を抱く。

そうでもない限り、あのサンジが、食事をしている奴を放っぽり出してキッチンを去るという事

は有り得ない。

ゾロは、そんなサンジの様子に、先程、サンジが頭を殴られたと言った事を思い出したのだっ

た。




だとしたら・・・・・チョッパーに見て貰った方が良い。

あいつの事だ・・・。

俺が無理に尋ねても、サンジは絶対になにも言わねえ。

事が深刻なら、尚更・・・・・

下手すると、無茶しかねねえ・・・・・・あいつなら・・・。




その考えがよぎった瞬間、ゾロはゾッとした。

考えたくも無い結幕ばかりが頭をよぎる。

ゾロは、勘だけを頼りにチョッパーの宿を探し歩いた。










「・・・・・・・・ゾロ・・・?」

暫く、ボーっと天井を見つめていたサンジは、気を取り直してキッチンを訪れる。

しかし、ゾロの姿は、見当たらない。

サンジは、船内をくまなく探し回った。

「・・・・・・おかしいな・・・? 何処にもいねえ・・・。 ・・・・・船下りたのか?」

サンジはそう呟いて、甲板の縁に座り込む。

「・・・・・・・味覚のねえコックだなんて・・・・・・・笑えねえよ・・な・・・。」

火をつけた煙草の味もわからなくなったサンジは、そう言って自嘲気味に微笑んだ。

「・・・・・・・・どうすんだよ、俺・・・・。 このままだったら・・・・・・どうすんだよ・・・。」

ガクガクと身体の震えが止まらない。

あまりに突然の衝撃で、涙さえ出てこない。

「・・・・・・・料理人じゃなくなった俺は・・・・・・・・どうすれば・・・・良い・・・?

・・・・・・・・・・ゾロ、俺・・・・・・・・・・・・・・・・・この船に乗る資格・・・・・失っちまっ

た・・・・。」




それでも・・・・・・・・・・

俺・・・・・・・皆と・・・・・てめえと・・・・・

一緒にいてえよ・・・・。




「けど・・・・・・・・・無理だよな・・・。」

サンジはそう呟いて、船の縁に足を掛けた。




このまま、バックレちまえれば・・・・どんなに良いだろう・・・。




そう考える弱腰な自分がいる。

きっと、ルフィやナミ達は味覚を失っても、変わらず自分に接してくれるだろう。

味覚を失くしても、一流の料理人並には作れるだろう。

今までのレシピを見れば・・・・。

しかし、それは、同時に、サンジにプライドを失くせといっているのと同じだった。

超一流の料理人としてのプライド・・・・そして・・・・

何より辛いのは、もう、新しい料理を作り出す事が出来ないと言う事・・・。

料理人として生きるためには致命的な・・・。

「ゾロ・・・・・・・ゾロ・・・・・何処に行っちまったんだよ・・・。 居てくれよ・・・・・ここ

に・・・・。 でなきゃ、俺・・・・・・・・・自分に負けちまう・・・・。」

ガックリと膝を崩し、サンジは甲板に精神的なショックで、気を失って倒れてしまった。















「・・・・・・・大丈夫・・・もう大丈夫だ・・・・。」

暫くの後、チョッパーを連れてきたゾロは、甲板で眠るサンジにそう声を掛け、抱き上げる。

「ゾロ・・・・・・・何処に行ってたんだよ。 ・・・・・・俺・・・・・俺・・・・・。」

抱き上げられる感触で瞳を覚ましたサンジは、そう言ってゾロにしがみついた。

いつもの横柄な態度とは全然違う弱々しい声・・・。

サンジの瞳には、目の前のゾロしか映していない。

冷たい指先と小刻みに震える痩躯が、サンジの心理状況を物語っていた。

「・・・・・・大丈夫だ。 俺はここにいるから・・・。 チョッパーを連れてきた。 診て貰

え・・・。」

ゾロは、優しくそう言うと、サンジをソファーに横たえる。

「サンジ、ゾロから聞いた。 頭を殴られたんだって? ちょっと診せてね・・・。」

チョッパーは、そう言うとサンジの後頭部を触診し始めた。

「・・・・・別に、打撲だけのようだけど・・・・サンジ、なんか変わったことない? 例えば

手足に痺れがあるとか・・・・視界が狭くなるとか・・・。」

一通りの診察を終え、チョッパーがサンジにそう尋ねる。

チョッパーの言葉に、一瞬、サンジの表情が強張った。

「・・・・・あるんだね、自覚が・・・。 なに?教えて・・・・サンジ・・・。」

チョッパーは、サンジの顔を見つめてもう一度尋ねる。

サンジは、近くに立っているゾロの顔を見つめるだけで、口を開こうとしない。

ゾロは、その視線を受けて、スッとドアの方へ歩いていく。

自分がいては邪魔だと判断したのだ。

負けん気の強いサンジが、自分の前で弱みを見せるのは辛いのだろうと、ゾロはそう思い、

部屋のドアを開けた。

「待て・・・。 ・・・・・・・ゾロ・・・・行くな・・・・ここにいて・・・・・くれ・・・よ・・・。」

搾り出すようなサンジの言葉に、ゾロは、サンジの顔を見る。

見捨てられた仔犬の様に縋るような瞳で自分を見つめるサンジ・・・。

ゾロは、黙ったまま、サンジのすぐ傍までやってきた。

「・・・・・・・・俺さ・・・・・・味、わかんなくなっちまった。 はは・・・・・笑えるだろ・・・? 

コックの俺が・・・・・・味覚・・・・失くしちまったんだぜ・・?」

サンジは、笑みさえ浮かべて飄々と言葉を続ける。

「なぁ、ゾロ。 おっかしいだろ・・・? 俺、味わかんねえんだぜ・・・? コックの癖

に・・・・自分の作ったもんの味が・・・・・・・わかんねえ・・・・。」

「サンジ・・・!!ざけてんじゃねえぞ! まだ決まった訳じゃねえだろ!! 勝手に諦

めてんじゃねえよ! てめえは治る! なぁ、チョッパー! 一時的なもんだよな?」

ゾロは、悲痛なサンジの言葉を遮るようにそう叫んで、チョッパーに同意を求めた。

「え?!あ、ああ、そうだよ。 サンジ、悲観過ぎだよ。 一時的な味覚障害だ。 暫く

したら、治る・・・。 それより、頭、冷やさなくちゃ。 さっ、今は、なにも考えないで、こ

の薬を飲んでゆっくり眠ってよ。」

チョッパーは、ゾロの言葉にハッとして、すぐさま、サンジに薬を渡す。

「・・・・・・サンキュー、チョッパー・・・。 ・・・・・そうだよな・・・すぐに治るよな。」

サンジは力なくそう呟くと、チョッパーに言われるままに薬を飲み、横になった。

「・・・・・・・ゾロ・・・・ちょっと来て・・・・。」

サンジから寝息が聞こえたのを確認して、チョッパーは、ゾロを部屋の外に連れ出す。

チョッパーの深刻な表情に、ゾロは、黙ってついていった。

「ゾロ・・・・・サンジには、ああ言ったけど・・・。 確証がある訳じゃないんだ。 いつ味

覚が戻るのか、それさえ、なんとも言えない・・・・もしかしたら、ずっと・・・」

「チョッパー・・・・それ以上言うな。 俺は信じてる。 あいつの意志の強さを・・・。 

これくらいのこと、あいつなら、絶対に克服できる。 あいつは、こんなことで終わるよう

な人間じゃねえ。 俺が・・・・・・終わらせねえ、絶対に。」

悲観的なチョッパーの言葉に、ゾロは、はっきりとした口調でそう言い返す。

「うん、そうだよね。 サンジなら、絶対に自分で治すよね。 えへへ、不思議だ。 

ゾロにそう断言して貰うと、そんな気がしてくる。 俺さ、今から色々調べて、薬を処方

してみる。 ゾロは、サンジについていて・・・。 なんかあったら、俺を呼んでね。 俺、

キッチンにいるから・・・。」

チョッパーは、にこやかにそう言うとキッチンに向かっていった。

「よろしくな、チョッパー・・・。」

ゾロはチョッパーにそう声を掛けると、また部屋に戻り、サンジの顔を覗き込む。

見た目にも辛そうなサンジの表情に、ゾロは、そっと頬にかかった髪を掻きあげた。

「・・・・・・サンジ・・・・大丈夫。 俺は、ずっと傍にいるから・・・・。 一人で苦しむな

よ・・・・頼れよ・・・・・その為に、俺は、てめえの一番傍にいるだろ・・・? 

・・・・・サンジ・・・。」

その夜、ゾロは一睡もすることなく、サンジの苦しげな寝顔を見つめ続けた。











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