SPIRIT OF THE SWORD


その2.



 




数日後、シャンクスは気が付くと、見知らぬ家のベッドにいた。

「・・・・・・ここは?」

そう呟いて、シャンクスは身体を起こし、自分の身体を見る。

左腕には布切れが巻かれ、きちんと手当てがしてあった。

「あっ、【ゾロ】!! ダメだ、まだ寝てなくちゃ!!」

ちょうど、サンジぐらいの少年がそう叫んで、シャンクスの傍に駆け寄る。

「・・・・お前が助けてくれたのか? ありがとう・・・・・えっと、名前は?」

「名前は、ゾロだ。 ロロノア・ゾロ。 親父が貴方のような強くて立派な人になるように

って・・・・同じ名前を付けてくれた。 この名前は、俺の誇りだ。」

ゾロは、そう言ってはにかみがちに笑った。

「・・・・・そうか。 ありがとう、ゾロ。 ご家族の方にも、きちんと礼が言いたい。 今、

どちらに?」

シャンクスは、右手でポンとゾロの頭を撫でると、そう言って立ち上がろうとする。

その言葉に、サッとゾロの表情が曇る。

「ん? ・・・・どうした?」

「家族は・・・・・・もういない。 一族、皆・・・・・殺された。 あの・・・・・・クロコダイル

に・・・!!」

そう呟くゾロの身体から、薄っすらと立ち昇る緑色のオーラ・・・。

シャンクスとは違う、緑色の・・・。

「・・・・そうか。 聞いた事がある。 二年前、クロコダイルの策略によって、地位も財

産も家名さえ取り上げられ、滅亡させられた一族・・・・それが、お前の一族か・・・?」

「・・・・そう。 あの夜、俺は、たまたま家を飛び出していて・・・・。 騒ぎを聞きつけ

て、屋敷に戻ってきたら・・・・あいつが・・・・クロコダイルの奴が、燃えさかる屋敷の中

に聞こえる俺の家族の悲鳴を聞きながら・・・・・・笑ってた。 俺は、あいつに一矢報い

たくて、斬りかかったけど・・・あっという間に逆に斬られて・・・・・打ち捨てられてたの

を乳母に拾われた。 俺は死なない・・・・・忘れない。 一族の無念を晴らすまでは

・・・・何度でもクロコダイルに立ち向かってやる!!」

そう言い切ったゾロの纏う緑色のオーラが、一層鮮やかに力強く揺らめく。

シャンクスは、その神秘的なオーラを目の当たりにして瞳を細めた。

「・・・・なら、家に来るか? 俺が君を強くしてやる。 俺の全てを持って、誰にも負け

ない力と技と心を君に伝えよう。 ・・・・・来るか・・?」

シャンクスはそう言って、真剣な表情でゾロを見た。

「・・・・・それで、クロコダイルに勝てるなら・・・・よろしくお願いします。」

ゾロは、それだけ言うと深々とシャンクスにお辞儀をする。

その姿は、とても12歳の子供とは思えないほど、凛としたものだった。

その日から、ゾロとシャンクスの厳しい修行が始まった。

「オラオラ・・・あと2000回! 休んでる暇ないぜ?」

「・・・・感情を抑えろ! 感情の起伏で剣先が予測できちまう!」

「腕だけの力じゃなくて、全身の神経を集中させろ! 相手の動きを読め! 気の流れ

を掴め!」

「剣技は、流れるように・・・蝶のように舞い、蜂のように刺す。 直線的な動きだけじゃ

ダメだ。 もっと軽やかに、自分の身体の一部にするんだ。 じゃなきゃ、いつまで経っ

ても、【ゾロ】にはなれない・・・。」

常人では耐え切れそうもないほどの鍛錬も、ゾロは歯を食いしばって頑張った。

そして、クロコダイルに近づく為の上流階級の教養と嗜み、仕草をも会得していった。







7年後・・・。

街にクロコダイルが再び姿を現した。

同行する麗人の美しさに、人々は一目見ようと、周りに人垣が出来る。

ゾロとシャンクスも、その人々に紛れ、クロコダイルの隙を窺った。

クロコダイルの隣りに見え隠れする金色の髪。

そのすぐ前に、一際眼光鋭い黒髪の剣士が一人。

その剣士が纏う黒いオーラは、常人には見えないが、ゾロには微かに血の匂いがした。

「・・・・・チビナス・・・。」

シャンクスは、瞳の前を通り過ぎようとするサンジに、思わずそう呟く。

ビクッとその言葉にサンジの動きが止まった。

サンジは、ゆっくりとその声の方に視線を移す。




シャンクス・・・・




流れた年月のせいか、やや老けた感じは否めないものの、サンジは、その人懐っこい笑顔を

忘れてはいなかった。

思わず駆け寄りたくなる衝動を何とか抑え、平然と見下すように睨み付ける。

ここで、感情を出すわけにはいかなかった。

クロコダイルに無駄な警戒心を抱かせるわけにはいかなかった。

全ては、近づきつつある己の計画のために・・。

シャンクスから視線を外し、また歩きだそうとした時、サンジは自分と同じ瞳をした青年の姿に

釘付けになった。

深くマントを羽織って顔を隠したその青年の周りに見える緑色・・・。

鋭い眼光。

孤独を湛える瞳・・・。




・・・・・・こいつ・・・・・俺と同じ・・・だ・・・・。




サンジは、ゾロに同じ匂いを嗅ぎ取っていた。

「ん・・? どうした?」

「いえ、別に。 通りに美しい女性がいたもので・・・・見惚れていました。」

クロコダイルに声をかけられ、サンジは慌ててそう返事をすると、傍に向かう。

そして、もう一度、その青年の方へ振り返ると、その青年とシャンクスは、もうそこにはいなか

った。












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・・・・・・・・あいつは、一体・・?

シャンクスの知り合いか・・・?

なんで、俺はこんなに心を乱してる。

・・・・・・・イライラする。

こんな感情を持て余している場合じゃねえのに・・・。




7年かけて、サンジはクロコダイルからある程度の警戒心を取り去った。

クロコダイルは、サンジをことに可愛がり、いつもボディーガードの剣士と共に傍に置いてい

た。

サンジの願う事は何でも叶えられた。

おかげで、サンジは、教養も、護身術も全て身につけることが出来た。

護身術を習得するにあたり、サンジはクロコダイルには内緒にゼフと同門だった師に教えを

乞うた。

師は、サンジがゼフの子供だと知るとその意を汲み、秘密裏にありとあらゆる足技を伝授し

た。

見せ掛けの護身術と殺人的な足技と、そして策謀を練る知識・・・。

後は、きっかけだけだった。

ゼフが何処で囚われているのか、それさえわかれば・・・・

サンジの心を縛り付けるものは無くなる。

それと、いつもクロコダイルの傍に佇んでいる黒髪の剣士。

王家から、その驚異的な殺人剣技で禁忌とされたジュラキュール家の後継者。

その剣技は最強とまで語り継がれ、その実力は、一国の兵力と同等とまで噂される男。

いくらサンジが桁外れの強さを持ったとしても、この二人を相手には敵わない。

この眼光鋭い剣士がクロコダイルの傍からいなくなる時を・・・・

サンジは、待つしかなかった。




クソジジイは・・・父さんは大丈夫だろうか・・?

父さんは、死ぬなと言った・・・なにがあっても・・・死ぬな、と。

篭の中の鳥・・・まるで、今の俺・・・。

だが・・・・・・・それも、今度で終わらせる。




「サンジ・・? どうした? ボーっとして・・・具合でも悪いのか?」

7年ぶりの屋敷に戻ったクロコダイルは、サンジの様子にそう声をかける。

「いいえ・・・・少し、旅の疲れがでたんでしょう。 今日は、早めに休ませて頂きま

す・・・。」

サンジは、にっこりと笑顔でそう言うと、部屋を出た。

「ク、クロコダイル様は、どちらに? 今、伝令が来て至急お話したい事が・・!!」

見たこと無い男が息をきらしながらそう言って、廊下を歩いていたサンジを呼び止める。

「・・・・・クロコダイル様は、只今お寛ぎ中だ。 お伝えする事があれば、私から伝える

が、如何かな?」

サンジは、そう言ってにっこりと微笑んだ。

「あ、え・・・・いや、しかし・・・・事が事だけに・・・・」

サンジの微笑みに見惚れながらも、その男は、しどろもどろとして話そうとしない。

サンジは仕方なく、その男をクロコダイルの元に案内した。

「総督閣下。 申し訳ありません。 例の囚人を捕らえていた作業所が、賊に襲われま

して・・・・・・数人の囚人が行方不明に・・。」

その男はそう言うなり、床に頭を擦りつけ土下座する。

「なんだと?! あいつのいる作業所が?!」

クロコダイルは血相を変えそう呟くと、サンジに視線を向けた。

「・・・・何か?」

「いや・・・・・サンジ、お前は疲れているだろうから、もう休め。」

サンジの言葉に、クロコダイルはそう言うと、サンジを部屋の外に追い出すようにして、内側か

ら鍵をかける。

サンジは、言いつけ通りに部屋に入るフリをしてそっと中の様子に聞き耳を立てた。

「本当に申し訳ございません!! 今朝早く、二人組の黒装束の賊に押し入られま

して・・・・・それが、凄く腕の立つ二人でして・・。 あっという間に、囚人の牢屋を解放

されて、警備の兵隊が駆けつけた時には、その姿は見当たらず・・・それが・・・言い出

しにくいのですが・・・」

その男はそこまで報告していながら、最後の部分でそう言い澱む。

「良いから、さっさと言え!」

「ハ、ハイ!! 実は、その賊が解放した牢に入っていたのが、ゼフでして・・・」

「・・・・・じゃあ、ゼフを逃すためだと・・・?」

「・・・・・ハイ。 ・・・・・・・後・・・・・壁に・・・・・【Z】の文字が・・・・。 黒装束の二人

組・・・・・・数年前、町を騒がせたあの【ゾロ】と全く同じでして・・・・・」

ガシャーン!!

男の話に、クロコダイルは、無言でグラスを床に叩きつけた。

「ヒッ!!」

血の気の失せた男は、慌ててドアの方へ後ずさりし始める。

「この役立たず奴が・・・!!  ・・・・・・ミホーク・・・」

クロコダイルは、忌々しげにそう呟くと、視線を後ろに控えていたミホークに向けた。

「承知・・・。」

ミホークは、クロコダイルが命じるままに、その男の首を刎ねる。

ゴトリと首をなくした胴体が、床に音を立てて転がった。




・・・・・・・【ゾロ】が、姿を現した。

一体誰が・・?

親父は、何処へ・・・?

今しばらく、様子を見るか・・・。




サンジは、たった今部屋から駆けつけたフリをして、クロコダイルの部屋をノックする。

「クロコダイル様! どうしました? なにやら音が聞こえました!!」

「あ、ああ。 心配ない。 あの男が、急に襲ってきたから返り討ちにしてやっただけ

だ。」

クロコダイルはそう言って、その男の骸をサンジに見せた。

「・・・・・そうですか。 では、使用人を呼んで早々に片付けさせます。」

サンジは、その死体にも顔色変えず、そう事務的に答えると部屋を出ようした。

「あ、そうだ、サンジ。 忘れるところだった。 明晩は、地元の名士達とのパーティー

が開かれる。 お前をその席で、正式な跡取りとして紹介しよう。 それで、お前の条

件は満たされる事になるな・・・・もう・・・・拒む事は許さない。 その身体ごと全て、お

前は、俺のものだ。」

クロコダイルはそう言ってサンジを呼び止めると、顎に手を掛け、唇を塞ぐ。

「・・・・・・フッ、承知しました。 貴方は私には優しくしてくださった。 この身に有り余

る程の贅沢と愛情を注いで下さいました。 今更、何を拒む事がありましょう。 明日

の夜、必ず・・・・・」

サンジは、にっこりと微笑んでクロコダイルに一礼すると、部屋に戻った。

クロコダイルに与えられた部屋に戻り、内側から鍵をかけ、室内についている洗面所へと駆け

込む。

「ウグッ!! ゲェ・・・ゲホッ・・・・・!!」

胃液が出なくなるまで吐き続けた。

こみあげる嗚咽を蛇口から流れる水音でかき消す。

それから何度も石鹸を唇につけて、ごしごしと血が滲むまで擦り続けた。

「・・・・・・・決行は、明晩・・・。 ごめんな、父さん。 俺・・・・・約束・・・・破りそう

だ。」

涙を水で洗い流し、鏡に映ったずぶ濡れの自分の顔を見つめ、サンジはそう呟く。

父親ゼフの行方はわからないが、生きている事だけは確認できた。

そして、明晩、クロコダイルは、サンジを抱く。

その時だけは、あのミホークも部屋には入れない。

サンジは、その瞬間に賭ける事にした。

口付けだけでこんなに身体が拒絶するのに、それ以上のことなど、サンジには到底受け入れ

られない。

例え、暗殺に失敗しても死ぬ事が出来れば、サンジにとってそれが唯一の救いでもあった。







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<コメント>

凄く、自分でも、シャンクスに肩入れしてるのがわかる・・・。(笑)
蓮しゃんは、ゼフをお望みだったんだけど・・・・・
ごめん、ルナにはシャンクスでしかこの役は書けなかった。(懺悔)
んでもって、前編はこれにて終了。
後半へと続きます・・・・。
では☆