・・・・面白くねえ。
・・・・・面白くねえよ。
・・・・・・全然面白くねえよ。
ゾロは、ハンマーを振り上げながら眉間に皺を深く寄せる。
なんでこんなに、自分がイライラしてるのか、なにが、面白くないのか。
それさえわからなくて、ゾロはますます不機嫌になっていった。「ナミさ〜んvv アフタヌーンティーのご用意できましたvv どうぞ、召し上がれvv おらっ、
ウソップもルフィも、おやつキッチンに作っといたから、食って良いぜ。」
甲板にサンジの声が響く。
ゾロは、振り上げるハンマーを下ろし、その声がする方へと向かった。
途中、キッチンに戻るサンジとすれ違う。
サンジは、そこにゾロが存在しないかのように、スッと通り過ぎた。
チリッと、ゾロの心が軋む。
「待てよ。 俺は、無視するのか。」
ゾロは、サンジの腕を捕り、睨み付けた。
間近に見たゾロの瞳に、サンジの心臓がドクンと音を立てる。
その瞳から瞳が離せない。
全身の神経が捕まれた腕に集中するのがわかる。
ギリギリまで張りつめた糸が、とぎれそうになる。
押さえ込んだ感情が・・・・・・溢れそうになる。
サンジは、慌てて瞳を伏せた。
「あア?? ・・・・・別に? てめえ、甘い物、食わねえだろが。 食わねえ奴に声掛けても
仕方ねえだろ? 俺、忙しいんだ。 その手・・・・・離してくんねえか?」
サンジは紫煙を揺らし、空を見上げてそう言う。
その声は、とても事務的で感情の入ってない冷たい声だった。
まるで、そう聞かれたらそう受け答えできるようあらかじめ決めていたように。
・・・・・・見るのも嫌なのかよ。
「・・・・・・そうかよ、悪かったな! クソッ!」
ゾロは、吐き捨てるようにサンジにそう言うと腕を離し、また船尾に戻っていく。
「・・・・・・・だって、仕方ねえだろ・・・・」
サンジは、消え入るような小さな声でそう呟いて、ゾロの背中をじっと見つめた。
決して振り返ることのない背中。
その背中だけが自分に見つめることを許された唯一のモノ。
気を抜けば自分の涙で滲んでしまいそうになるその背中を、サンジはただ黙って見えなくな
るまで見つめていた。
その視線の意味に、サンジの心に気が付いていたのは、ルフィとナミだけだった。
「ん? ナミさん?ルフィ? どうかした??」
自分を見つめているルフィとナミの視線にサンジは気が付いて、にっこりと笑ってそう言う。
先程の表情とはうって変わった穏やかな優しいいつもの笑顔で。
「・・・・・・・・。」
「ううん、サンジ君、なんでもないわ。」
ナミはそう言ってにっこりと微笑み返した。
なんとかしなくちゃ・・・・
この状況を作ったのは、あたしなんだもん。
その前に・・・・・確認しとかなきゃ。
サンジ君の気持ちははっきりしたわ。
あとは・・・・・・あいつ・・・・・
ナミは、サンジがキッチンに入ったのを見届けてから、船尾に向かった。
「くそっ!! 何を俺は、こんなにムカついてんだ! 別にあいつに喧嘩ふっかけられたわけ
でもねえのに!!」
ゾロは、両腕を頭の下に組み瞳を閉じる。
・・・・・・喧嘩?
そう・・・・・いつからだ?
あいつと喧嘩しなくなったのは。
俺の態度は変わっちゃいねえ。
変わったのは・・・・・喧嘩をしないようになったのは。
・・・・・そう、あいつだ。
あいつの態度が変わったからだ。
・・・・・いつからだ?
なんであいつの態度が変わった?
あア?! なんで俺は、そんなこと気にしてんだ?
喧嘩しねえ方が良いに決まってる。
なのに・・・・・・・なんで、俺・・・・・
なんで俺、こんなにつまんねえんだろ。
前は・・・・・・喧嘩してる方が・・・・・・楽しかった。
少なくても・・・・・・こんなに苛ついた気分にはならなかった。
なんで・・・・・なんであいつに無視されて・・・・・こんなに腹が立つんだろ。
いけすかねえ奴なのに。
そう・・・・・・初めから、視界に入ってた。
いけすかねえ・・・・・・・奴なのに。
・・・・・・・・深入りしたくねえ。
初めてあいつを見たとき、そう思った。
なんで??
なんで、俺は・・・・・・・そう感じたんだ?
ルフィやウソップやナミの時とは違う。
なんで、あいつだけが・・・・・・・
あいつの存在だけが・・・・・違うんだ?
「クソッ! なんなんだよ! どうしちまったんだ、俺は!!」
ゾロは、見えてこない自分の気持ちに吐き捨てるように呟く。
「ゾロ。 ちょっと良いかしら?」
ナミはゾロの前に立ち、そう声を掛けた。
「・・・・・・なんの用だ。」
ゾロは、瞳を閉じたままナミにそう言う。
「単刀直入に聞くわ。 あんた、サンジ君のこと、どう思ってる?」
ナミのその言葉に、ゾロはゆっくりと瞳を開けた。
瞳の前にナミの表情は、真剣そのもので、決して自分をからかっている表情ではない。
「・・・・・別に。 ・・・・・・・何とも思ってねえよ。」
「・・・・・本当に?」
「ああ。 他に何があると言うんだ。 あいつと俺は・・・・・・」
ナミの言葉にゾロは口を噤んだ。
・・・・・・そう、何も関係ない。
あいつと俺は、ただ同じ船に乗り合わせただけの・・・・・仲間。
いや、あいつからしたら、俺は仲間でさえもないかも知れない。
ただの・・・・・・・・船に乗り合わせた嫌な奴・・・・・・・・なんだろうな。
「・・・・・ゾロ。 あんた、最近イライラしてない? そう、丁度、サンジ君と喧嘩しなくなってか
らよ。 そんなにサンジ君に相手にされないのが嫌? そんなにサンジ君のことが気にな
る? ・・・・・・自分の感情を持て余すぐらいに・・・・・・」
ナミは、真っ直ぐにゾロの瞳を見てそう言う。
「・・・・・・何が言いてえ。」
ゾロは、そう言ってナミを睨み付けた。
「・・・・・呆れた。 ここまで言ってもわからないなんて。 ・・・・昔さぁ、いたのよねぇ。
好きな女の子に、意地悪な事言ったりからかったりしてる男の子がさぁ。 そして、毎日のよ
うに喧嘩して。 馬鹿よね、そんなコトしたって嫌われるばかりなのにね。 それでもその男
の子、意地悪を止めなかった。どうしてそんなことをしたのか、その時はわからなかったけれ
ど、今ならわかるわ。 その子、その女の子に自分を見て欲しかったのよ。 自分の相手をし
て欲しかったのね。 ・・・・・好きだから。 その男の子には、その方法しか考えられなかった
の。 自分の気持ちを隠してその女の子に相手にして貰える方法が。 フフフ・・・・そっくりで
しょ?」
ナミはそう言うとゾロを見つめて微笑む。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・結局、その男の子は、女の子に嫌われたまま。 当たり前よね? だって、好きだっ
て、その女の子に伝えてないんだもの。 伝えてたら、きっと・・・・・。 あっ、明日、船は島に
着くわ。 明後日は、サンジ君の誕生日パーティーだから、その買い出しとか行かなくちゃ。
けど、船を空けるのは不用心だし、ゾロ、あんた、船番お願いね。 言うことは、それだけ。
後は・・・・・・あんたが考えなさい。 そうしないと・・・・・今度こそ、取り返し付かなくなるわ
よ。 じゃあ、船番、よろしく。」
ナミはそう言うとヒラヒラと手を振り、テラスに戻っていった。
「・・・・・・俺が、そのガキだと言うのか?」
ゾロは、ため息混じりにそう呟く。
・・・・・俺は、あいつが・・・・・・・好き?
・・・・・冗談だろ・・・・・冗談・・・・・・冗・・・・・談。
いや・・・・違うな。
・・・・・それが、本当なんだ。
本当の・・・・・・・・・俺の・・・・・・・・・心。
一度、自分の気持ちを認めてしまうと、全てのことに合点がいった。
どうして喧嘩するとわかっていながら、ルフィやウソップとサンジの間に割って入るようなマネ
をしていたのか。
あれは・・・・・・たまたまではなく、自分の意志で通りかかるフリをしていたのだと。
「・・・・・・けどよ、どうしろっていうんだ。 自分の気持ちがわかっても、どうしようもねえことだ
って、世の中にはあるんだよ。」
ゾロは、そう呟いて、また瞳を閉じた。
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