「さてっと、いつまでも泣いてても仕方ねえよな。 ・・・・掃除しねえと・・・・」サンジは、玄関でひとしきり泣くと、一緒に泣いて、泣き疲れて眠っているラピスを抱き抱え
て、子供部屋のベッドへと寝かせる。
そして、その額に、そっと口付けた。
ゾロがいつも自分にしてくれるように・・・・・
優しく・・・・・そっと・・・・・・起こさないように・・・・・
先程まで泣くだけ泣いて、もう涙なんか残ってないと思っていたのに、こんな些細なことで、
またゾロの事を思い出して、サンジの瞳には、涙が溢れてくる。
・・・・・・ダメだぜ・・・・・こんなんじゃ・・・・・
・・・・・・ラピスに笑われる・・・・・・・・
・・・・・・もっと、強くならなきゃ・・・・・
・・・・・・ゾロに笑われる・・・・・・
サンジは、慌てて涙を拭うと、子供部屋を後にして、掃除に取りかかる。
サンジは、寂しさを紛らわせようといつも以上に時間を掛けて家事をこなしていく。
「ふぅ〜、あとは、この洗濯物を干してっと・・・・・・」
サンジは、2階のベランダに出て、洗濯物を干し始めた。
その中に、ゾロのシャツを見つけて、また溢れる涙をグッと堪え、サンジは、午前中の家事を
全て終わらせた。
「サーしゃん・・・・ちっこ・・・・・」
ラピスが、起きたばかりで眠い瞳をこすりながら、サンジの側にやってきた。
「おわっ! ちょ、ちょっと待てよ。 まだ、すんな。 まだだぞ・・・・」
サンジは、慌ててラピスを抱き上げて、トイレに走った。
「ふぅ〜、セーフ。 良く教えたな、偉いぞ、ラピス。 サーしゃんと買い物でも行くか?」
サンジは、そう言ってラピスの頭を優しく撫でた。
「うん・・・・」
そう返事して、ラピスは、にっこりと笑った。
それから、サンジとラピスは、外出の用意に取りかかる。
今日の洋服は、横ボーダーのTシャツとジーンズ。
それぞれの手には、お揃いのデニムのトートバッグとプチリュック。
全て、ゾロの母親の『sio』ブランドである。
ゾロの母親の会社『ミセス志緒』は、もともと高級婦人服・紳士服を取り扱うオートクチュール
を専門とする企業であったが、ラピスが生まれてからというもの、その方針を180度転換し
て、『sio』という新しいロゴで、ファミリー向けのトータルコーディネートファッションへと事業を
拡大した。
要は、自分の作ったデザインの洋服を可愛いお嫁さんと孫に着せたかっただけなのだが・・・
その新作ショーのイベントで、ロロノア家をモデルとして起用し、大成功を治め、一躍、カジュ
アルなファッション界でも、有数のブランドとして称讃された。
もともと、品質のグレードの高さには定評があったので、瞬く間に、若いカップルやファミリー
に人気を博した。
そのイベントを発案、セッティングしたのはゾロの会社でもあった。
しかし、やはり、ショーを成功させるにあたって固辞するゾロをものともせずに、モデルに起用
した志緒の手腕は並大抵のものではない。
『絶対に、嫌だっ! なんで、俺達が、ショーのモデルをしなきゃいけねえんだっ!
だいたい、俺達、ど素人なんか使わなくったって、『ミセス志緒』なら、一声掛けりゃ、一杯、
モデルが集まるだろが!』
『あらっ、たかが、発案しただけの平社員のくせに、クライアントにそんな横柄な態度、とって
良いの? い〜い?平社員のロロノア・ゾロ君。 このショーで使う衣装は、全て、私が、
ラピスとサンジ君をイメージして作り上げた物なの。 あんたはともかくとして、彼ら以上のモ
デルは、何処を探しても、絶対にいないわ。 私は、やるからには、絶対に、妥協はしたくな
いの。 彼ら無しには、このショーは、成り立たないわ。 平社員のロロノア・ゾロ君、貴方の
仕事は、このイベントを成功に導くこと。 これは、クライアントの指示よ。 わかったら、さっさ
と出演モデルの許可を取ってきなさい。』
『クソッ・・・・このクソ婆っ・・・・』
『・・・なんか、言った?』
『・・・・いえ・・・・・わかりました。 クライアントの指示通り、進めさせていただきますっ!』
『ふふふ、ショーが、楽しみねvv 平社員のロロノア・ゾロ君。』
『・・・・・・・・。(もう絶対に、てめえの仕事だけは、受けねえ・・・)』
まさに、ファッション界の女帝・・・・・・怖いモノ無しなのであった。
玄関で、これまたお揃いの靴をラピスに履かせ終え、ドアを開けたその時、不意に、サンジ
の携帯が鳴った。
「?誰だ? もしもし、はい、サンジですが・・・・あっ、ナミさんvv はい・・・・ハイ、喜んでvv
ちょうど暇だったから、これからラピスと買い物にでも出かけようかと・・・・はい、わかりまし
た。 30分後に・・・・はい・・・・じゃあ、あとで・・・・・」
「サーしゃん・・・・モチモチ?」
「おう、ナミさんからの電話だ。 ナミさん、ラピ、覚えてるかな? この前、夏に海に一緒に
行った可愛いお姉さんだ。 綺麗なオレンジ色の髪の毛の・・・」
「・・・ナミたん?」
「そうそう、凄いな、ラピは・・・・さすがは、俺達の子供だ。」
サンジは、そう言って上機嫌で、ラピの頭を撫で、手を繋いで、ナミと待ち合わせのカフェへと
向かった。
「すみません、お待たせしました。」
サンジは、そう言って、ナミの前に座った。
「ううん、こっちこそ、急に呼び出してごめんなさい。 じ、実はね・・・・あたし達、結婚しようっ
て、そう言うことになっちゃって・・・・・それでね、サンジ君に、衣装とか、色々と一緒に見て
選んで欲しいの。 あいつったら、本当に、そう言うの無関心だし・・・・第一、センスのかけら
もないし・・・・・あたしね、社長の・・・『ミセス志緒』のウェディングドレス、着たいの。 サンジ
君、本当に綺麗だったし・・・・・ねっ、お願い、あたしと一緒に、社長のとこに言って貰えない
かしら?」
ナミはそう言って、サンジの前で手を合わせた。
ナミは、この春卒業後、ゾロの母親の志緒のたっての希望で、その会社に就職した。
ルフィはと言うと、いつの間にか、教員免許を取得し、同じくこの春から、近くの小学校で教
師として働いている。
本当に生徒を教えているのかは、疑問を禁じ得ないが、どうやら、ルフィの評判は、上々なよ
うだ。
何故、小学校を選んだかと言えば、ルフィ、曰く、給食が有るから。そうはっきりと断言した。
それを聞いたゾロとサンジは、ルフィの小学校にだけは、ラピスを通わせないと固く心に誓い
合った。
・・・・・・ルフィの野郎・・・・・いつの間に・・・・・
・・・・・・でも、ナミさん、本当に幸せそうだよな・・・・
「俺で、良ければ、良いですよ。」
サンジは、にっこりと笑って、ナミにそう言った。
「ありがとう、サンジ君vv じゃあ、早速、行きましょう。」
ナミはそう言って、テーブルの上のレシートを手に取る。
「あっ、ナミさん、俺、払いますよ。」
サンジが慌てて手を伸ばした。
「うんもう、主婦が、こんなことでお金を使うモノじゃないわよ。 あたしだって、もう稼いでるん
だし・・・・・今回は、あたしが、呼び出したんだから・・・・気にしないでvv」
「すみません、ナミさん。 俺だけじゃなくラピスの分まで驕らせてしまって・・・」
「なに言ってんの。 そんな事言ってたら、あたし達、サンジ君ちにお呼ばれに行けなくなっち
ゃうわ。 あの食欲魔人に、食費がどれだけ掛かることか・・・・それを考えたら、こんなの微
々たるモノよ。」
ナミはそう言って、ウィンクすると、レジで会計を済ませる。
「さあ、ラピちゃん、お姉さんと、おばあちゃまのとこに、行こうねvv」
そう言って、ナミは、ラピスの手を握り、ゆっくりとラピスの歩調にあわせて歩き始めた。
・・・・・うん、ナミさん、良いお母さんに、なれるぜ。
サンジは、瞳を細めて、微笑ましい二人を眺める。
「・・・サーしゃん・・・・」
「サンジ君、どうしたの? ラピちゃんが、呼んでるわよ。」
「今、行きま〜すvv」
サンジは、ラピスとナミの声に、はじかれたように、二人の元に走っていった。
ナミに誘われたことによって、サンジは、少し心が晴れるような気がした。
とりあえず、ゾロの事を思い出さないで済む状況を作ってくれたナミに感謝した。
それから、サンジ達は、志緒のオフィスを訪れ、ウェディングドレスのデザインや、その他婚
礼衣装のデザイン等を、見本を見ながら選んでいった。
「社長、今日は、お忙しいのに、どうもありがとうございました。」
ナミはそう言って、志緒に頭を下げる。
「もう、ナミちゃん。 今日は、会社の用事じゃないんだから、『志緒さん』でいいわよ。
あと、仮縫いの時にまた実寸を測るから、また、その時に、来てね。 ああ、それから、サン
ジ君、今夜、夕食、お呼ばれに行っても良いかしら? あのうるさいゾロがいないから、久し
ぶりに、ラピちゃんと過ごしたいのよ。 あとで、上等のワイン持って行くから、よろしくねvv」
志緒は、サンジ達を1階のラウンジまで見送りに来て、サンジにそう言ってまた、オフィスに
戻っていった。
「ふふふ、さすがのゾロも、志緒さんの前では、形無しね。」
ナミは、そう言って笑った。
「ふふ、本当に、あの親子、可笑しいんですよ・・・・」
サンジもそう言って笑った。
「さて、そろそろ、あいつが、来る頃よ。 ・・・・あっ、来た、来た。 こっち、こっちよっ!」
ナミはそう言って、赤い車に大きく手を振って合図した。
「なんだ、サンジ、元気そうじゃん。 朝、ゾロが、サンジのこと頼むなんて電話寄越すから、
俺、てっきり落ち込んで・・・・ッ痛てっ・・・・・ナミ、なにすんだよ、痛てえじゃんか・・・」
その車の運転席から降りてきたルフィは、サンジの表情が、明るかったので、そう言葉を掛
けたのだが、途中で、ナミのヒールで、思いっきり靴を踏まれ、ナミに文句を言った。
「うんもう、全くデリカシーのない奴・・・・・」
ナミは、今度は、ルフィの頬を思い切り抓った。
「・・・・・ナミさん・・・・・ありがとう・・・・・・」
サンジは、ナミの気遣いが嬉しくて・・・・・・そして何より自分のことをいつでも気に掛けてく
れるゾロの気持ちが嬉しくて、心から、感謝の気持ちをナミに伝える。
「サンジ君、あたしは、別にゾロから頼まれたから誘った訳じゃないのよ。 本当に、サンジ
君に一緒に選んで欲しくて・・・・・そしたら、たまたま、ゾロが、家に電話してきただけなんだ
から・・・・・・」
ナミは、そう言って笑った。
「うん・・・・・わかってるよ、ナミさん。 ・・・・けど、ナミさん、もしかして、ルフィともう、一緒に
住んでる??」
サンジが、ナミを冷やかすようにそう尋ねる。
「えっ? ・・・・あの・・その・・・/////」
「おう! 俺達、一緒に住んでるぞ。 ナミがな、掃除とか洗濯とかしてくれるんだ。
俺、すげえ、助かってんだ。」
サンジにズバリと聞かれてうろたえるナミを後目に、ルフィは、堂々とサンジにそう言った。
「・・・・・もう、いいでしょ、サンジ君・・・・・それより、ルフィ、時間は、大丈夫なの?」
ナミは、観念したような顔で、そう言うと、ルフィに時間を確認する。
「あっ、そうだった。 サンジ、ラピス、さあ、急がないと・・・・早く乗れよ。」
ルフィとナミは、行き先も告げずに、サンジとラピスを乗せて、車を走らせた。
「じゃあ、サンジ君、しっかりと、もう一度、見送ってらっしゃい。 あたし達は、ここで、待って
るから。」
ナミは、そう言って、ウィンクする。
サンジ達が連れてこられたのは、国際空港だった。
「ありがとう、ルフィ、ナミさん。」
サンジは、そう言って、ラピスを抱き上げると、出発ロビーが見渡せるばしょに向かった。
そして、大勢の人々が、行き交うロビーに、迷いもせずに、ゾロを探し出すと、大きな声で、
叫ぶ。
「ゾロォーッ!! いってらっしゃーいっ!!」
雑踏の中で、サンジの声を聞いたゾロは、驚いた表情で、サンジの方を振り向いた。
・・・・・・俺達は、いつも一緒だ。
サンジの表情に、安心したゾロは、ただ黙って笑うと、そのまま、搭乗口へ向かうエスカレー
ターを降りていった。
もう、サンジの瞳に、涙は、なかった。
それから、毎日のように、ロロノア家には、ルフィとナミや、ウソップやら、志緒、主治医のチョ
ッパーまでもが、訪れて、夜遅くまで、笑い声が絶えることがなかった。
皆、声に出さなくても、サンジのことを心配してやって来てくれるのだ。
しかし、それも、皆が帰ってしまえば、サンジには、どうしようもない淋しさがこみ上げてくる。
皆といた時間が楽しいほど、その後に来る静寂は、サンジの心に堪え始めていた。
「・・・・ローたん・・・・・・」
子供部屋で、眠っているラピスの顔を見つめながら、サンジは、ラピスの寝言に、心がギュッ
と締め付けられる。
ゾロが出張してから、サンジは、寝室で眠れなくなってしまった。
ゾロと二人で眠った寝室のベッドは、サンジ一人だと、あまりに広すぎて・・・・
サンジは、ゾロが着ていたシャツをパジャマ代わりにして、毛布にくるまり、子供部屋のラピ
スのベッドの脇にうずくまるようにして、夜を明かしていた。
すやすやと眠るラピスの安らかな寝息だけが、サンジの心を慰めてくれる。
しかし、ゾロがいなくなってから数えるぐらいにしか睡眠をとっていないサンジの身体は、細く
なる一方で、それを見かねたゼフが、店の手伝いをするようにサンジに言った。
少しでも、気が紛れるように・・・・そう考えたゼフの思いやりは、功を奏し、サンジは、だんだ
んと元気を取り戻していった。
ゼフの方も、サンジが厨房に入ってる時間、ラピスの面倒を見ることで、充実した日々を送っ
ていた。
「よし、今日で、30日目だ。 あと、2日・・・・2日経ったら、ゾロは戻ってくる・・・・・
でも・・・・・この頃、ゾロ、前みたいに連絡寄越さなくなったし・・・・・なんか、嫌な予感がす
る・・・・・・・・・・電話なんかより・・・・俺、会いたいよ・・・・・・・淋しいよ・・・・・ゾロ・・・・・」
サンジは、ここ3日間ほど連絡のないゾロに、不安を覚えていた。
「・・・・けど、もうすぐ会えるんだもんな。」
サンジは、自分にそう言い聞かせて、今日も、ラピスを連れて、店の厨房に向かった。
カレンダーは、ゾロが出張した9月から10月の終わりを示している。
何も考えられないほど忙しいランチタイムの激戦を終え、サンジは、ほっと一息入れる。
・・・・・そう言えば、もうすぐ、ゾロの誕生日だ。
・・・・・そして、俺達の2度目の結婚記念日。
・・・・・今年は、どんなプレゼントにしようかな。
・・・・・去年は、ラピスは、まだ赤ん坊だったから、色々と大変だったけど・・・・・・
・・・・・・今年は、ラピスと一緒にプレゼント選ぼうかな。
サンジが、そんなことを考えて微笑んでいると、不意に、携帯が鳴った。
「?誰だろ? ナミさんかな・・・・もしもし、はい、サンジです。」
「サンジか? 俺だ。 ごめん、なかなか連絡取る暇もなくて・・・・・あ、あのな・・・・
あっ、ごめん、また夜、電話するから・・・じゃあ。」
「あっ、ゾロ・・・・」
久しぶりのゾロからの電話だったというのに、ゾロは、サンジの言葉も聞かず、電話を切って
しまった。
「・・・・・なんか、あったのかな・・・・・・ゾロの声・・・・凄く焦ってた・・・・・俺になんか言いたそ
うだったけど・・・・」
サンジの心に言いしれぬ不安が広がっていった。
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