Summer Holiday


その1




「ふう、暑〜い。 この暑さ、何とかならないかしら。」

ナミは、パラソルの下、照りつける日差しに目を向けながら、海図に目を通す。

ここは、グランドライン。

アラバスタでの、死闘を終え、また夢を追うために、新たな航海を続けていた。必然の別れと

突然の仲間を迎えながら。

部屋に籠もって、海図を描くよりは、甲板で、風を受けながらの方が、涼しさを寄り感じるかも

と思って、来てみたのだが、風はあっても、この日差しだと、それさえも無意味に感じてしま

う。

(これだったら、部屋の方が、ましだったかも。)

そう思い、席を立とうとしていたナミに、ふと思い出したように、ロビンが言った。

そう、ニコ=ロビンは、アラバスタで、別れたビビと入れ違うように、突然、しかも半ば強引に

仲間になった。

最初こそ、今までのいきさつや、元敵と言うこともあり、警戒を解かなかったナミだが、その

豊富な知識と的確な判断力は、ナミの尊敬に値するほどで、同年代で、気心の知れたビビ

とは、少し違った、この関係を、ナミは、すんなりと受け入れていた。

「確か、この海域には、リゾート向けに作られた、小さな島があったはずよ。 次に向

かう島の航路から、そう外れているわけじゃないし、海水浴ぐらいなら、楽しめるんじ

ゃなくて?」

「え?! 海水浴?? で、でも・・・」

ナミは、ふと口ごもる。そう、この船には悪魔の能力者が、3人も乗っている。

自分達だけならいざ知らず、能力者に、海は、禁忌だ。

その意を介してか、ロビンは、言葉を続けた。

「まあ、私は、海に入って、喜ぶ年でもなくなったし、荷物の見張りでもしとくわ。この

年で、肌を焼くのもちょっとね。あとは、ルフィとチョッパーの二人。二人とも子供だか

ら、浮き輪が有れば、充分楽しめると思うわよ。 まっ、最終的に、寄る寄らないは、

航海士である貴女の判断に任せるわ。ナミ。」

そう言って、ロビンは、微笑んだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

ナミは、ロビンににこりと笑って、言った。 そんな大人らしいロビンの配慮も、ナミが気に入っ

ている一因だ。

ナミは、ロビンにその島の位置を確認すると、他のクルーに、集合をかけた。

「良〜い? これから、私たちは、カラコロン島という小さなリゾート地に向かうわよ。 

目的は、ズバリ、海水浴! あと1時間ほどで、島が見えてくるはずだから、各自、上

陸の用意をしておいて。 それと、せっかくだから、滞在中は、ホテルに泊まりましょ

う。 じゃあ、ウソップとルフィは、見張り、お願いね。それと、サンジ君は、今のうち

に、皆のお弁当をつくっておいて貰えるかしら。船を下りたら、すぐに買い出しに言っ

て貰いたいから。チョッパーも一応、救急道具とか、用意しておいて貰える? それ

から、ゾロ。あんた、着いたら、サンジ君と一緒に降りて、荷物持ち、お願いね。今

回、食材の他にも、いろいろと買う物が有るんだから。」

ナミは、決定事項を伝えるかのように、一方的に話した。

「よし、わかった! ところで、そこには、うめえもん、一杯有るのか?」

「おう!島が見えたら、教えれば良いんだよな。」

「わかった。エッ、エッ、エッ。 俺、海水浴って、初めてだ。」

「了解しました〜vv ナミさ〜んvv」

「・・・・・・・・・・・」

クルー達は、喜んで、その決定事項を受け入れた。 ある1名を除いては・・・・・  

そう、ゾロである。

ゾロは、昼寝(朝寝?)のじゃまをされた上、理不尽とも言える荷物持ちを一方的に押しつけ

られたことで、不機嫌さに、拍車がかかっていた。ジロリと、他人が見たら、即、その場から

逃げ出したであろう殺気を放ちながら、ナミを睨み付けている。

だが、そんな視線にひるむナミではない。皆が、特にサンジがキッチンに入ったのを確かめ

てから、ゾロに、こっそりと、耳打ちした。

「良いのかな〜? そんな態度取っちゃっても? せっかく、ホテルに泊まるように手

配してるのに・・・・ もちろん、部屋割りの権限が、誰の手にあるか、わかってるわよ

ね? ま、ゾロがどうしても嫌だって言うのなら、別に【一人で】船に、残ってくれて

も、全然、かまわないから・・・」

そう【一人で】を強調して、笑って、ゾロを見返した。

「・・・・わかった。」(この魔女が・・)

ゾロは苦虫を潰したような顔をして、しぶしぶ承諾した。

その返事を聞いて満足そうに女部屋に戻るナミ。そして、見えなくなる少し前に、ゾロに向か

って、こういった。

「アンタ、ちゃんと、感謝しなさいよ。 サンジ君の水着姿、そうそう、拝めるもんじゃな

いんだから。」

バタンと、女部屋の扉が閉まる。

「・・・・・・・・・・」

ゾロは、その場に、固まっていた。

(サンジの水着・・・水着姿・・・ッてことは。 上半身、ハ、ハダカ・・・・ハダカ・・・・・)

ゾロの、妄想は、止まることを知らない。

暫くして、一人、パラソルの下で、今までの様子を観察していたロビンが、ハナハナの能力を

使って、ゾロの鼻にティッシュをあてた。

(彼は、本当に、あの、Mr.1を倒し、6000万ベリーの賞金首の魔獣と呼ばれて怖

れられている、あのロロノア=ゾロと、同一人物なのかしら。)

ロビンは、人知れず、深いため息をついた。

「うわぁお!!本当、リゾート地って良いよな〜vv 女の子はみんな涼しげな格好し

てるし。 俺、生きてて良かったvv」

目の前を通り過ぎる女性達に、ラブコックモード全開で、ハートを飛ばし続けるサンジ。

終始、買い物中、上機嫌だ。これだけ、愛想の良いサンジだと、男女問わず、声がかかって

も当然といったところだが、そうはならないのは、やはり、隣から漂う殺気をまとったこの男が

いるからであろう。

白いシャツに緑の腹巻き。その脇差しには、名のある銘刀と一目でわかる刀が3本。その出

で立ちだけでも充分に異様なのだが、それにツッコミを入れる強者は、さすがに、この島には

いない。

おまけに、眉間に刻まれる、深いしわ。鋭い目つき。まさに凶悪とは、この人物のことを指す

のだと、一様に皆、思っていた。

そんなこんなで、無事、食材の手配を済ませたサンジは、早速、ナミに頼まれた買い出しを

済ませようと、一軒の店に入った。

「ルフィとウソップは、これで良いか。で、チョッパーには、子供用で良いよな。あと、

そうそう、浮き輪が二つッと。あっ、ゾロ〜。てめえは、これなんかどうだ?」

と、サンジは、濃い藍色のグラデーションに椰子の木のシルエットをプリントしたバミューダ型

の水着をゾロに差し出した。

そして、もう片方の腕には、赤い生地に、小さなパイナップルが、一面にプリントしてあるバミ

ューダ型水着、オレンジと黄色の縞縞が鮮やかな、片肩掛け型の水着、ショッキングピンク

の子供用海パン、それと、大小二つの浮き輪。

(ああ〜。どうせ水着選ぶんなら、こんな野郎じゃなくて、ナミさんとか、ロビンお姉様

のを選びたかったぜ。チクショ〜!!)

サンジは、ゾロに水着を手渡しながら、ため息をつく。ゾロは、サンジから、水着を受け取る

と、

「ああ。これで良いぜ。」

とだけ伝えた。

(サンジの野郎、またなんかつまんねえことでも、考えてんのか?)

ゾロは、コロコロと変わるサンジの表情を暫く眺めていたが、ふと気になって、サンジに聞い

てみた。

「ところで、てめえはどれ着んだ?」

サンジは、さっきから、他のクルー達の物ばかり選んで、自分のは選んでいる様子がない。

その声に、

「ああん? 俺か?俺は、ほれ、これだ!」

サンジは、堂々と答えて、ゾロに、自慢げに見せた。それは、深緑色に【DOSUKOI PAN

DA】のロゴが入った、見たところ、至って、シンプルな海パン・・・・ビキニタイプだった。

「まさか、こんなところで、【DOSUKOI PANDA】の水着が手にはいるとは思わな

かったぜ。良いだろ〜v これ。いいか、【DOSUKOI PANDA】っつうのはだ

な・・・・」

サンジは、ゾロに向かって、説明し始めた。しかし、その話が、ゾロの耳に届くことはなかっ

た。

つうーっ、ゾロは鼻の下を流れる血を着ているシャツであわてて拭うと、

「てめえは、こっちの方が良い。」

と、その水着をひったくって、自分と色違いの同じ柄の水着をサンジに押しつけた。

「うわあ、あっ、てめえ。何で、シャツ、血だらけなんだよ?!汚ねえなあ。もう、ほら、

ここの服、買ってやっから、これに着替えろよ。全く、もう、手の掛かる奴・・・」

サンジは、ゾロの血で汚れたシャツに気を取られ、自分のビキニ海パンが、目の前で取り替

えられたのに気づかずに、金を払って、店を出た。

「・・・・すまねえ・・・」

船への帰り道、紺のアロハシャツに着替えたゾロは、一応、サンジに謝った。

(てめえが、あんなの、見せるから、想像しちまっただろうが)
とは、口が裂けても言え

ない。

「本当、どうしたんだ? 変だぞ、てめえ。」

とサンジは、少しかがんで、上目遣いで、ゾロの顔を覗き込む。

「・・・・・・・・・・」

(だー!!だから、そんな瞳をして、俺を見るなーっ!! くっついてくんなーっ! 

そ、そうだ。こんな時は、ウソップの鼻、ウソップの鼻・・・そうそう、冷静になれ!

俺・・・)

ゾロは、懸命に己の欲望と戦った。 その戦いは、熾烈を極めた。

(何で、さっきから、赤くなったり、青くなったり・・・・マジで、何かヤバい病気にでも、

罹ったんじゃねえだろうな・・・・)

サンジは、不意に、ゾロの前に立ちふさがると、ゾロの額に自分の額を付けた。サラッと頬に

触れるサンジの髪の感触が、ゾロのなけなしの理性を、完全に、うち砕いた。

「熱は、無えようだな・・・」

ゾロの様子が変なのが、自分のせいだとは、まったく思いもしないサンジ・・・・天然も、ここま

で来ると、凶悪である・・・・

「ドサッ」

ゾロの手から、荷物が落ちた。

「んっ、ふっ???っん、んっーっ!!」

ゾロは、サンジを抱きしめると、かみつくように、唇を合わせた。

サンジは、訳が分からず、ゾロの胸をドンドンと叩いた。その間、1分・・・2分・・・サンジは、

あまりの息苦しさに、口を開けようとした。

それをみこしたように、ゾロは、素早く、舌をサンジの口内に滑り込ませ、サンジの舌を探り、

絡ませたり、つついたりと、思う存分、口内を蹂躙しだした。

激しい舌の動きに翻弄され、飲み込めなくなった唾液が、サンジの口の端から流れ出す。

「んっ・・んっ・・ふぁ・・・んんっ・・・んんっ」

サンジのゾロへの抵抗が、一瞬止まった。サンジの顔は、上気し、瞳は虚ろに濡れてい

る・・・・・

(やっぱ、エロいぜ。こいつの顔・・・)

ゾロは、キスしているときのサンジの顔が好きだった。

ゾロにだけ見せる、恍惚の表情。

たとえ、親父臭いと言われようとも、瞳を閉じようとは、思わない。 本気で、そう思っていた。

サンジを抱く腕の力が、少しだけ緩んだ。キラリとサンジの瞳が、一瞬だけ、光った。

「ドコォッ!!」

ゾロの鳩尾に、サンジの渾身の膝蹴りが入った。

「グッ!!」

さすがのゾロも、こう無防備では、ひとたまりもない。

腹を抱え、その場にしゃがみ込むゾロ。他の者だったら、確実に、数十メートルは飛ばされ

て、再起不能に陥っているはずだ。

だが、そうならなかったのは、やはり、日頃から、サンジの蹴りで、知らず知らず鍛えられて

いたおかげである。

「な・・に・・・しゃ・・が・・る・・・」

ゾロは、気を失いそうになるのを懸命にこらえて、サンジを見上げた。

「・・・てめえ、何だって、真昼間から勝手に、サカってやがる。しかも、こんな公衆の

面前でよ?! ああ、何とか言って見ろよ。三刀流の剣豪様よお!!」

ゾロは、サンジの、あまり耳にしない言い回しに、自分がしでかした行動を、本能で、ヤバい

と感じた。

サンジは、日頃、ゾロと喧嘩するときには、【クソ剣士】とか【マリモ】とかふざけたような言い

方しかしない。

しかし、今聞こえたのは、【三刀流の剣豪様】である。こんな場合のサンジは、かなり、い

や、最凶にヤバいのである。

「・・・・・サ、サンジ?」

ゾロは、宥めるように、普段は言わないサンジの名を呼んだ。

「あ〜ん。」

サンジはそのままの表情で、ゾロを見つめた。そして、フッと微笑んだ。

(っよかった! 元に戻った。)

ゾロがほっとして、サンジに引きつった笑顔を返した途端、

「ごまかしてんじゃねー!!食らえ、アンチマナーキックコース!!」

「ガハァッ!!」

ゾロは、10メートル先の店の壁にのめり込んだ。

「てめえ、一人で、勝手に、帰ってこい!」

サンジは、そう言うと、荷物を担ぎ、スタスタと、一人で、船に戻っていった。

「ナッミさ〜んvv只今、貴女のサンジが、戻って参りました〜vv」

「まあ、サンジ君、結構、早かったわね。 あらっ、ゾロは?」

サンジと一緒に出かけたはずのゾロの姿が見えない。

「さあ、どっかで、また迷子にでもなってんじゃないですか?」

サンジは、平然と言い放った。

(・・・・何かあったわね・・・・)

「仕方ないわね〜。ゾロを待ってても、日が暮れちゃうし、せっかくのお弁当も、もった

いないわ。 さあ、皆!浜辺に向かうわよ!!」

ナミのかけ声で、一斉に浜辺へ向かうクルー達。

サンジが買ってきた水着を着て、浮き輪を持って、皆、楽しそうである。

サンジは、残っていた、2枚の水着に???と思ったが、諦めて、深緑色の方に水着に着替

えた。

そして、もう1枚の水着を、ゾロのハンモックに置いた。

「さあて。俺も行くか。」

サンジは、皆のお弁当と、ビーチパラソル、デッキチェアーを持つと、ナミ達を追いかけた。






・・・・・・・・・・・・・・・その頃・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「もう、死んでんじゃないか。」

「誰か、確認して見ろよ。」

「近づいて大丈夫かよ。」

「・・・・・・・・・・・・」

ガヤガヤと、一軒の店の壁に人垣が出来ている。しかし、誰一人として、近づく者はいない。

「クッ、痛ってえよ。 マジ一瞬、お花畑が見えちまった。アブねえ、アブねえ。こんな

んで死んだら、マジ洒落になんねえっつうの。サンジの奴、マジだしやがって。俺が

死んだらどうしてくれんだよ。」

ゾロは、そう言うと、ガバッと起きあがって、歩き出した。

ザザーッと、無言で、人垣が、開いていく。

「くっそー、サンジの野郎。覚えとけよ。あとで、絶対、思い知らせてやる。・・・・け

ど、あれっ? ここって、どこだ?!」

ゾロは、いつの間にか、森の入り口に立っていた。






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