久しぶりに夢を見た。
それは、俺が生まれて初めて病院に入院したときのことだ。
俺は、くいなと真剣勝負に敗れた帰り道、不覚にも暗闇に足を取られ、肋骨を2本折る怪我
をしてしまった。
俺の村には、病院という物が無く、この少し離れた海辺の病院に診察にやってきたのだ。
俺は、すぐ帰るつもりだったのに、そこの医者の婆さんが、えらい剣幕で、俺は有無を言わさ
ず、入院させられていた。
入った部屋は、3人部屋らしく、俺は、一番手前のベットに無理矢理寝かされた。
あの婆さんが、嫌がる俺を、ベットにくくりつけたのだ。
一番奥のベットには、1人子供がいたようだが、俺が気にかけるまもなく、いなくなった。
それから、2日後。
俺は看護婦の目を盗んでは、素振りをやっていたが、いい加減、我慢の限界にきていた。
こんなことをやっている間に、くいなは、もっと強くなっているはずだ。
そう思うだけで、俺はいても経ってもいられなくなった。「今日こそ、村に帰ってやる!」
俺は、朝の検診後に外来患者に紛れて、脱出することにした。
これまで、俺は、3度脱出を試みたが、そのたびに、あの医者の婆さんに見つかって、ベット
にくくりつけられていた。
いつもより慎重に外来の前を横切る。
しかし、今朝は、急患があったらしく、いつもの婆さんの姿はない。
手術室の前にあわただしい人の流れが出来ている。
かなり、切迫した状態の患者のようだ。
ふと、そばの長椅子に目をやると、毛布に包まれた物が置いてある。
それは、微かに震えていて、看護婦がなにやら近づいて、コップらしき物をそれに置いた。
俺は、その時初めて、そのものが、人間で、しかも自分より小さな子供だと言うことに気がつ
いた。
そいつは、まるで、目の閉じ方さえ忘れたかのように、瞳を開けたまま泣いていた。
初めて見る瞳・・・・・・・蒼の色。
何となく、あの蒼い瞳が気になって・・・
・・・・・・目が離せなかった。
どれ位、時が経ったのか、俺は、結局、脱出するきっかけを失ったまま、また、病室に戻され
た。
部屋に戻ってからも、何もする気が起こらなかった。
ぼーっとしたまま、いつの間にか、窓の外には月が出ていた。
じき、就寝の時間になった
よおし!明日こそ、村に帰ってっやる!!
そう思い直して、俺は、毛布を頭からかぶって、寝ることにした。
まもなく、看護婦達が、開いていた一番奥のベットに、誰かを運んできた。
看護婦達の気配が消えて、静かになった病室で、俺はふと、今朝見た子供かもと思い、
ベットを隔てているカーテンを覗いた。
俺の期待した色は、見えなかった。
代わりに、金色に輝く物があった。
「月???」
よく見ると、月明かりの反射したあいつの髪の毛だった。
毛布にくるまって、うずくまるように眠っていた。
丸くなった毛布に、金色の髪の毛だけが、小刻みに震えていた。
「綺麗だな・・・・・。」
俺は、いつの間にか、あいつのベットのすぐ横に立っていた。
無意識に手を伸ばそうとしていたら、声が聞こえた。
「クソジジイ・・・・死ぬ・・・・・オ・・を置いて・・・・逝・・・く・・・な。」
か細く、震えた声に、俺は、ドキリとした。
なぜか、聞いてはいけない声を聞いてしまったみたいで、俺はそのまま、静かに自分のベッ
トに戻った。
翌日、目を覚ますと、あいつの姿はどこにもなかった。
ただ、あいつのベットの上の毛布が、無造作に置いてあったことで、やはり、昨日のことは
夢じゃなかったんだと、そう思った。
昼間、先生とくいなが、様子を見に来てくれた。
俺は、くいなに、こんな情けないところを見られたことで、いつも以上に、不機嫌だった。
そんな俺を知ってか、知らずか、くいなは、道場のみんなからだと、千羽鶴を俺によこして、
さっさと、帰っていった。
そんな、こんなで、また夜になり。
「今日も、村に帰り損ねたな。」
俺は、チッと舌打ちをして、開いたままのベットに目をやった。
しばらくして、看護婦に付き添われ、あいつは病室に戻ってきた。
昨晩と違ったのは、今日は、あいつは起きていて、しつこいくらいに同じ質問を、看護婦にし
ていた。
「ジジイは、もう、大丈夫だよな? もうすぐ、元気になるよな?」
あいつの声に、看護婦は、何度も頷いていた。
その様子に安心したのか、あいつは、やっとベットに入った。
へぇ、こいつって、こんな顔してんだ。
ここら辺のもんじゃねぇな。
それに、何だ?
あのぐるぐる眉毛は。
どうなったら、あんなに先っぽが、ぐるぐるなるんだ?
金髪に蒼い瞳ってだけでも珍しいのに、あの眉毛は目立つよな。
そんなことを考えながら、あいつの顔を眺めてたら
「何じっと見てんだよお!」
と、あいつの声がした。
「別に。」
俺は、一言だけ言うと、ベットに横になった。
なんだよ、いきなり声かけんなよ!
びっくりするだろうが・・・。
俺は、自分のばつの悪さをごまかすように、あいつに言った。
「お前のじいさん、助かってよかったな。」
そいつは、きょとんとした顔で、俺の顔を見て、さっきの看護婦とのやりとりを思い出したの
か、顔を少し赤らめて、
「ああ、もう、大丈夫みたいだ。」
とにこやかに俺に言った。
俺は、あいつの笑顔に、凄くびっくりして・・・
「そ、そうか。」
と、背中を向けて、声を返すのか、精一杯だった。
ドキッドキッ・・・・・
やけに心臓がうるさかった。
しばらくして、沈黙を嫌がるように、あいつは、俺に、こう言った。
「なあ、お前の、そのベットのとこに掛けてあんのって、一体、何だ?」
急に近くで、声をかけられ、俺は、また心臓がドクンとはねた。
何だ?と聞かれた物は、昼間、くいなが置いていった千羽鶴だった。
俺は、あいつに話しかけられたのが、なぜか嬉しくって。
自分の村では、病気や怪我で入院したら、早く治る様に祈りながら、鶴を千羽折って、
その人に渡す習慣があること。
その効き目は、抜群で、早く元気になれると言い伝えかあること。
などを、話して聞かせた。
あいつは、
「本当に、そうなのか?」
と、きらきらと瞳を輝かせて話を聞いていた。
一通り話し終わると、あいつは、おもむろに、鶴の作り方を聞いてきた。
「今は、紙がねぇから無理だ。」
俺は、作り方なんかしらねぇのに、あいつにそう言ってしまった。
「じゃあ、明日な? 約束な?」
あいつは、そういうと、自分のベットに戻っていった。
しばらくすると、スー、スーと寝息が、あいつのベットから聞こえてきた。
俺はと言うと、この年になるまで、1度も、折り鶴なんて作ったこともない自分を、後悔した。
いや、なぜ一言、
「俺は作れない。」
と正直に言えなかったのか。
そのことを、心底、後悔していた。
俺は、いつの間にか眠っていた。
朝、目を覚ますと、また、あいつはいなかった。
俺は、ちょっと、ほっとしたが、何で、毎日、いないのか不思議に思った。
俺は、検診の時に、それとなく、あいつのことを聞いてみた。
「ああ、あの子? それなら、きっと、お父さんのところね。 朝起きたら、すぐに病室
を出て、ずっと、付き添っているのよ。 よっぽど、心配だったのね。 でも、今日は、
にこにこしていたわね。 何か、良いことがあったのかしら?」
と、一番そばにいる看護婦がそういった。
俺は、ふと、昨日の約束を思い出し、あわてて、その看護婦に鶴の折り方を聞いた。
「ここじゃ、色紙がないから、後で、ナース室に、いらっしゃい。」
そういうと、看護婦は、病室を出ていった。
俺はすぐに、ナース室に走っていった。
無論、あいつに会わないように、細心の注意を払いながら。
「「ほらぁ、逆よ!逆!」」
「あーっ!もう、そっちじゃないってばっ!!」
ナース室では、看護婦達の声に、イライラしながらも、懸命に、悪戦苦闘する俺の姿があっ
た。
時計の針が、正午を回った頃、やっと、どうにか、俺は、折り鶴というものをマスターした。
剣の修行ならともかく、日頃、こんな細かな作業をしたことのない俺は、病室に戻るなり昼飯
も食わずに、爆睡した。
「おい! おい! 起きろってば!! 約束だろ? おいって!!」
俺は、身体を、大きく揺さぶられて、目を開けた。
大きな、蒼い瞳が、俺を見ている。
「おいってば! 教えてくれんだろ?!」
その声にはじかれたように、俺は体を起こした。
「ああ、ちょっと、待てって。」
そういって、看護婦に貰った色紙を、あいつの前に出した。
それから、俺は、看護婦達に教わったとおりに、あいつに教えた。
俺が、午前中いっぱいかかって、やっと、覚えた折り鶴を、あいつは、30分もしない内に覚
えて作れるようになった。
「何だ。結構、簡単じゃん!」
そう言ったあいつに、俺は、ムッとして、
「そうか。」
とだけ答えて、残った色紙を、あいつに渡した。
「えっ!! これ、俺にくれるの? ・・・サンキューな!」
あいつは、笑顔でそういった。
その顔を見たとたん、俺の心は、さっきまでの不機嫌だったのが、嘘のように、落ち着かなく
なった。
あっ、また、この感じ、一体、何なんだ?
俺はまた、心臓がドキドキしてきて、あいつに聞こえるんじゃないかと言う気がして、
「もう、寝る!」
とだけ言うと、背中を向けて、ベットに横になった。
「何だよ、変な奴。」
あいつは、そういうと、色紙を持って、自分のベットに戻っていった。
しばらく経って、俺は、この2日間、全く剣の稽古をやってないことに気がついた。
なんでだ?!
今まで、1日たりとも、稽古をやらなかった日は、無かった。
それは、入院してからも、ずっとだ。
それなのに、それなのに・・・・・・・・・・・・・なぜ????
強くなること以外に、初めて興味を持ったもの・・・・。
生まれて、初めて持った感覚にとまどっていること・・・。
それが、いったい何なのか?
「・・・・・・・・・・・・・・」
そのころの俺には、わからなかった。
普段から、あまり深く考えない俺は、この2日間、稽古していない方のことに、焦りを感じ始
めていた。
「このままじゃ、いつまで経っても、くいなに勝てない!!」
俺は、ある決心をして、眠りについた。
次の日、俺は、初めて、あいつの寝顔を見た。
そういえば、あの後、ずっと、作っていたよな。
「じゃあな!」
俺は、一言だけつぶやいて、昨日作った折り鶴をベットの横に置くと、病室を後にした。
それから、俺は、村に戻って、剣の稽古に明け暮れた。
その2ヶ月後、くいながあっけなく、いなくなって、くいなが残した和道一文字に最強を誓った
俺は、前以上に稽古に没頭した。
そのうちに、入院したことも、あいつのことも、すっかり、忘れていった。
くいなとの誓い・・・・
「いつか、必ず、大剣豪になる!」
俺の心には、それしか残ってなかった。
何だって、今頃、こんな昔のことを????
覚醒し始めた頭で、ふと、考える。
・・・・・・・・・・・・ああ、そうだ。
また、同じ、あの色を見つけたからだ・・・・。
そう、あの頃、俺はもっと、もっと、あいつと話したかった・・・・。
「綺麗だよな....」
俺は、誰にも聞こえないほどの声で、一人つぶやいた。
<next>
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