もう一度キスしたかった・・・


その1







「・・・・・うるせえんだよ! しつけえな、てめえ。 あーっ、やめやめ。 こんな授業、受けて

たまるか!」

サンジは、そう言って、教室を出た。

「ま、待ちなさい! サンジ君!!」

そう言って止めた先生の言葉も、サンジには届かない。




ここは、バラティエ高等学校。

理事長の方針で、生徒の個性を重視する極めてまれな高校である。

そのせいか、入学希望者は、後を絶たず、某進学校とかわらないぐらいの競争倍率の高い

高校であった。

サンジは、現在、高校3年生。

皆には知られてないが、ここの理事長の息子にあたる。

知っているのは、幼なじみで悪友のシュライヤぐらい。

かくいうサンジも、理事長の息子と言う別格の扱いを受けるわけでもなく、入学時の成績も、

ほぼトップクラスであった。

性格は明るく、誰をも引きつける魅力が、サンジにはあった。

しかし、今から半年前のあの日から、サンジの様子が変わってしまった。





・・・・・・あの日。

その日は、蹴道(シューティング)のレッスンの日だった。

いつもなら、2時間はたっぷりあるレッスンも、その日に限って、講師の急用が入り、1時間

で終了した。

またとない機会に、サンジは一人で出ることのない、夜の街に出てみることにした。

・・・・・そして、サンジは、偶然に見てしまった。

母親と担任である先生が、二人して人目を避け、ホテルに入っていく姿を・・・・・

サンジは、自分の瞳を疑った。

両親が不仲なのは、わかっていた。

あらゆる事業に着手して、事業にのめり込み、家庭を顧みない父親。

そんな父親を、いつの頃からか、いないものだと諦めて生活する母親。

そして、離婚を言い出せないのが、自分が居るせいだということも・・・・

それでも、サンジは、自分ががんばることで、幼い頃のように、両親が仲良くなってくれた

ら・・・と、そう思っていた。

しかし、目の前の光景は、サンジの思いを無惨にうち砕いた。

自分の前では、明るい普通の母親を演じていながら、その裏で、家族を裏切っていた・・・・

そして明るくて誰からも信用される、自分も心から信頼していた担任の先生が・・・・・




もう・・・・・・・誰も信じない。




そのことは、思春期のサンジを人間不信にするには、充分であった。

それから、サンジは、ことごとく、母親に反抗した。

ただ、自分が、あの現場を見たことは・・・・・・・・どうしても言えなかった。

言えば何かが壊れそうで・・・・・

・・・・・・母親が・・・・・・・・・自分を捨てて行ってしまうような気がして・・・・・・

・・・・・・一人になるのが・・・・・・・・怖かった。

そんなサンジの怒りの矛先は、当然担任の先生にも向けられた。

他の教科の先生には、別段、反抗するわけでもない。

だが、担任の顔を見ると、どうしても、あの時の光景が瞳から離れない。

わかっている・・・・頭の中では、二人の関係を理解できる。

きっと、そう言う関係なのだろう・・・・・・と。

しかし、サンジは、それをすんなり受け入れるほど、大人じゃなかった。

どうしても素直には、なれなかった。










「・・・・・クソッ。」

サンジは、吐き捨てるようにそう言って、校門をくぐる。

「おい! 何処に行くんだ。 授業中だろ?」

サンジは、不意に声を掛けられ、腕を捕られた。

その腕の方に瞳を向けると、見たこともない緑色の髪の毛の男が、サンジの腕をがっしりと

掴んでいる。

「放せ! 誰だ、てめえは。」

サンジは、捕まれた腕をふりほどこうと、ぶんぶんと腕を振った。

しかし、捕まれた腕は、一向に放されない。

「・・・・口のきき方を知らねえ奴だな。 お前なあ、目上の人には、そう言う言葉、使うんじゃ

ねえよ。 ・・・・・・なあ、腹減らねえか? 俺、ここら辺、初めてで、良くわかんねえんだ。 

どうせ、サボるつもりだったんだろ? 飯おごるから、美味い店、連れってってくんねえか? 

俺、朝から飯食って無くて・・・・力入んねえんだ。」

男は、サンジの腕を掴んだまま、そう言った。




力入らねえって・・・・・こいつ・・・・化けもんか??




サンジは、自分の腕を掴んでビクともしない男に、驚く。

「・・・・・腕を放せよ。 そうしたら、連れてってやる。」

サンジは、そう言って、その男を睨み付けた。

「ああっ・・・すまねえ。 ・・・・・忘れてた。」

男はそう言って、やっとサンジの腕を放す。

「・・・・・ついて来いよ。」

サンジは、そう言って、その男と共に、学校を後にした。















++++++++++++++++



「・・・・で、あんた、何食うんだ? 洋食? それとも和食?? それとも、簡単なジャンクフー

ドか?」

サンジは、男にそう言った。

「・・・『あんた』って・・・・・俺は、ゾロだ。 美味いもんなら、何でも良い。 そう言うお前は、

何て名前だ。」

「・・・・サンジ。」

サンジはそれだけ言うと、高そうなフレンチレストランに入っていく。

「ちょ、ちょっと、待てよ、サンジ。 確かに美味そうな店だが、値段も高そうだぞ。 

・・・・俺、そんなに金持ってねえよ。 他に、知らねえのか?」

ゾロは慌てて、サンジの腕を掴む。

「ククク・・・・大丈夫だよ。 ここの店、親父の店なんだ。 味は、良いぜ。 俺が、保証する

よ。」

サンジは、そう言って笑った。

「・・・・・でも、遠慮しとく。 金もねえのに、こんなとこで、俺は、飯なんか食えねえよ。 

それに、マナーにうるさいのは、嫌なんだ。 お前もなあ、親父のコネ使って飯食って、それ

で、美味しいか? 俺は、ごめんだ。 ・・・・悪かったな、せっかく連れてきてくれたのに・・・・

もう、いいぜ。 ここら辺探したら、何か食うとこあるだろ・・・・じゃあな。」

ゾロはそう言って、一人で歩き出した。

「・・・・・・ちょっと待てよ。」

サンジは、ゾロの後ろ姿にそう声を掛ける。

「・・・・なんだ?」

ゾロはそう言って足を止めた。

「あんた、見た目よりずっと、しっかりしてんだな。 ・・・・ついて来いよ。 とびきり美味いと

こ、連れてってやるから。」

サンジはそう言って、ゾロの前を歩きだした。

別に何を話すわけでもなく、お互いにただ黙ったまま、道を歩いていく。

道は、繁華街を抜け、閑静な住宅街に出た。

「・・・着いたぞ。」

サンジは、そう言って、一軒の家の前に止まった。

「ここ、どう見たって、店じゃないだろ? 一体どう言うことだ??」

ゾロは、サンジの意図が分からずに、そう尋ねる。

「・・・・ここは、俺の家だ。 ・・・・・今は、誰もいねえから。 ・・・・・上がれよ。 飯・・・・食い

てえんだろ・・・・」

「・・・・・だから、何で、お前の家に俺が、来たんだ? もっと、わかるように説明しろよ。」

ゾロは、サンジの言葉に、ため息を吐いてそう言った。

「ああもう、作ってやるって言ってんだよ。 こうみえてもなあ、俺は、料理には自信が有るん

だ。 美味いもん食いたいんだろ? だったら、早く入れよ。」

サンジは、いらただしげにそう言うと、ゾロの腕を掴んで、玄関のドアを開けた。

物音一つしない室内。

子供がいる家庭の独特な温かさがまるで感じられない無機質な空間が広がっていた。

「ほらっ、さっさと靴脱げよ。 ・・・・・料理できるまで、そこのリビングで、待ってろ。 

すぐ作るから・・・・・・」

サンジは、そう言って、ダイニングキッチンの中に入り、なにやら作り始める。

「・・・・・何か、悪いな。 ・・・・でも、家の人、もうすぐ帰って来るんじゃないのか?」

ゾロは、ソファーに腰掛けて、すまなそうにサンジにそう言った。

「・・・・別に・・・・・・親父もお袋も、仕事で、帰ってくるのは、20時過ぎだから、問題ねえ

よ。」

サンジは、フッと寂しく笑ってそう言った。

「・・・・・・・お前、それで、寂しくねえのか?」

「ああ、もう、慣れちまった。 ・・・・・それにどっちみち・・・・・いや、なんでもねえ。 

それより、飲むか?」

サンジはそう言って、冷蔵庫からビールを取り出すと、ゾロに差し出す。

「サンキュー。」

ゾロはそう言ってビールを受け取った。

程なく、キッチンからいい匂いがしてきて、サンジは、テーブルに料理を並べる。

「さあ、遠慮せずに食えよ。 結構、いいせんいってるって思うぜ。」

サンジは、そう言って、缶ビールのふたを開ける。

「あっ、お前、まだ未成年だろが・・・・・ジュース飲めよ、ジュース。」

「何そんなジジ臭い説教なんかたれてんだよ。 良いから食えよ。」

サンジは、ゾロの言葉にフンと鼻を鳴らしてあしらった。

「じゃ・・・・頂きます。 ・・・・・・美味い。 これ、本当に、美味いな。 うん、これ、いけるぞ。」

ゾロはそう言って、ガツガツと食べ始める。

サンジは、自分の料理は誉められて、凄く嬉しい気分になった。

「なっ、そうだろ?」

サンジは、そう言って、にっこりと笑う。

その顔を間近で見たゾロは、思わず、サンジに見入ってしまった。

「??なに、どうしたんだ??」

「・・・・お前って、結構可愛いな。」

ゾロは自分が思っていることを、そのまま口にする。

「・・・か、可愛い???」

サンジは、素っ頓狂な声を上げた。

「ああ、お前、可愛いよ。 クク・・・・それに、面白れえ・・・・」

ゾロは、サンジのあたふたと慌てる態度に、笑いを堪えながら、そう言った。

「て、てめえに、なんか言われたくねえ! そんな事言ったって、ちっとも嬉しくなんかな

い・・・・/////」

サンジは、そう言葉で否定しながらも、恥ずかしさで、耳まで真っ赤になった。

小さな頃の自分に還ったような・・・そんな気恥ずかしさが、サンジを包む。

「ああ、美味かった、ごちそうさん。 ・・・・さて、学校に戻るとするか。 お前も戻らなきゃい

けないだろ?」

ゾロは、そう言って、シンクに自分が食べた食器を持っていく。

「・・・・・別に・・・・学校なんて・・・・・」

サンジがそう言って、ソファに寝そべった。

「ダメだ、学校は、ちゃんと行かなきゃ・・・・・ところで、金は、いくら払えばいい?」

「別に良いって・・・・・俺が、勝手に誘ったんだから・・・・気晴らしにもなったし・・・・」

「けど・・・・・」

「俺が、良いって言ったら、良いんだよ! そんなに言うんだったら、今度は、俺に飯、驕って

くれよ。」

サンジは、そう言って、財布から金を取り出そうとするゾロを制した。

間近で見つめ合う二人・・・・・。

互いの心臓が、ドキドキと高鳴って・・・・瞳が離せないでいた。

ゾロは、年甲斐もなく、動揺している自分を目の当たりにする。




・・・・・・何考えてんだ、俺・・・。




サンジの方も、心臓の音が高鳴るにつれ、頬が紅潮する自分にとまどっていた。




・・・・なんで、俺・・・・こんな奴、自宅まで連れてきて、飯食わせたんだろ・・・・?

・・・・なんで、俺・・・・・。

・・・・こんなの・・・・・こんな気持ち・・・・・俺・・・・知らない。

・・・・クソッ・・・・・まともに、顔・・・・・見られねえ。

・・・・どうしちまったんだよ・・・・・俺・・・・・?

・・・・なんで、赤くなるんだよ・・・・俺・・・・・?

・・・・これじゃあ・・・・これじゃあまるで・・・・

・・・・嘘だろ、おい・・・・・・こいつ・・・・何者かも知らねえんだぞ・・・・

・・・・今日・・・・初めて逢った・・・・ばかりなのに・・・・・

・・・・ダメだ・・・・・ドキドキが、止まんねえよ。




暫くの沈黙の後、先に言葉を発したのは、ゾロの方だった。

「・・・とにかく、学校に行くぞ。 俺、ここからどうやっていくのか、全然覚えてないし、俺は、

あの学校に用事があってきたんだから。 てめえが、授業を受けようが受けまいが、俺を、

学校まで案内してくれよ。 頼む。」

ゾロはそう言って、サンジの髪を軽く撫でた。

サンジの髪に触れた瞬間、ビクンとサンジの身体が、震える。

「あっ、ごめん、触れられるの嫌だったか・・・・」

「いや、違っ!・・・・いや、気にするな、びっくりしただけだ。 ・・・・人に触れられたのは、

久しぶりだったから・・・・・」

サンジは、そう言って寂しそうに笑った。

「?何で? 家族がいるだろ? ・・・・・そうか・・・・ごめん。 そうだな、気が付くの、遅い

な、俺・・・」

ゾロは、やっとそこでサンジにとっての家族が、どういうものであるのか、理解した。




・・・・・高校生と言ってもまだ子供だもんな。




「・・・・なあ、学校に来いよ。 俺さあ、今日からお前んとこの学校の校医&養護教員やるこ

とになってんだ。 寂しくなったら、保健室に来い。 いつでも、相手してやっからさ・・・・・」

ゾロはそう言って、にっこりと笑うと、またサンジの頭をポンと叩く。

「ふ〜ん・・・・そうなんだ。 新しい保健室の先生って、おばちゃんかと思ってた。 

・・・・まあ、暇つぶしに、ちょくちょく来てやるよ。 じゃあ、行くか? 保健室のおじさん・・・」

サンジは、そう言って笑うと、ゾロの腕を引っ張って玄関に向かう。

「おいおい、おじさんはねえだろ? 俺は、まだ、26歳だ。 ゾロで良いぜ、不良生徒の

サンジ君・・・」

ゾロはそう言ってニヤリと笑うと、サンジとともに、学校に向かった。






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<コメント>

はてさて、またまたパラレル書き始めたんですが・・・・・
今度は、保健室の先生と生徒のお話・・・・・
今のとこ、どういうふうになるのか、ルナでも検討が・・・つかな・・・(-_-;)
あっ、いやね・・・・だいたいは決めてんだけどね・・・・どうしたものか・・・・
ちょっぴり・・・・不安・・・・(笑)
サンジ君、いきなり知らない人をお家に招いちゃいけません。(笑)