ジャパネスク ふたたび −平安時代編−


その1






ここは、平安時代、世はまさに、藤原の栄華を極める今上帝シャンクスが、治める京の都。

春の除目も、一通り済んで、宮中の人事も、大きく変わった。

権大納言であったウソップは、関白左大臣に、権少将だったルフィも、権中将に、その位を上

げた。

もちろん、左近少将だったゾロも、例外ではなく、衛門督(えもんのかみ)と、検非違使(けび

いし)の別当(べっとう)(=今でいうところの警察庁長官)に、昇進していた。

ゾロは、その除目で、宮中に参内途中、猫の死骸に、行き触れて、そのまま、先触れ悪しと

言うことで、その除目には、参内しなかったのだ。

(この時代、不吉なモノにでくわしたら、なには、ともあれ、禊ぎして、その身に受けた穢れを

落とさないといけなかった。 ましては、宮中に、その穢れを持ち込むなど、言語道断だっ

た。)



そして、今日、ゾロは、ルフィに招かれて、桜の木のある庭先で、夜桜を風流に楽しんでい

た。

「・・・・なあ、ゾロ。 今度、この前、新師の宮になったばかりの宮様の歓迎の宴が、

開かれるって言う話、聞いたか? お前、この前の除目、先触れ悪しとかで、宮中に

参内しなかっただろ? 本当、もったいないことしたよな・・・・あの宮様・・・・・確か名

前は、えっと・・・・」

「・・・サンジ様だろ。」

「そうそう、そのサンジ様だ。 そいつ、凄い綺麗な奴だったぞ。 瞳の色は、蒼くてさ

っ、髪の毛は、黄金色してんだぜ。 本当、現れたときなんか、いっきに、宮中が、

華やいで、女房達が、大騒ぎしてたぐらいなんだから・・・・・絶対、来るべきだった

ぞ、ゾロ・・・・・」

ルフィは、思い出したかのように、ほーっと、息を吐くと、杯の酒を飲み干す。

「・・・・そりゃ、残念だったな。 ・・・・まあ、そのうちにでも、逢えるだろ。 歓迎の宴

もあることだし・・・・・ところで、ルフィ、お前、箏(そう)の練習は、やってるのか? 

俺、やだぞ、お前の尻拭いで、また、笛吹かされさせられるのは・・・・・」

ゾロがそう言うのも、無理はない。

とにかく、貴族の家に生まれた者は、男であれ、女であれ、楽器をたしなむのが、基本中の

基本である。

それなのに、このルフィという男は、全くと言っていいほど、音感がない。

どんなに、都で名の通った師に教えを請おうと、全く、モノにならなかったのである。

その点、ゾロは、幼少の頃より、笛と箏の名手に習わされていて、特に、笛では、都でも、

1、2を争うほどの名手と言われていた。

しかし、生来、武骨なゾロは、滅多なことでは、笛を人前では吹かない。

それが、また人の噂に乗って、誰もが、その笛の音を聞きたがる。

そんなゾロに、ルフィの父親であるウソップが、無理矢理、ルフィに箏を人並みに吹けるよう

にと、泣きついてきたのだ。

「ああ、ちゃんと、練習してるぞ。 今から、吹いてやろうか。」

ルフィは、そう言って、女房のナミに箏を持ってこさせ、吹き始める。

ぶふぅ〜ぶ・・・ぶ〜

その音色は、とても、箏の音には、聞こえない。

「・・・・・もう良い、止めてくれ。 酒が、まずくなる。」

ゾロは、呆れ顔でそう言うと、ナミの顔を見る。

ナミは、申し訳なさそうに、ふふっと小声で笑った。

出ている月までもが、ルフィのことを笑っているようだった。

「・・・・・なあ、ルフィ。 月を見てると、なんか、思い出しそうな気がしてくるんだ。 

何をかは、わからないんだけど、大切なもの・・・・・そう、俺にとって、何か大切なも

の・・・・それを思い出しそうな・・・・・・・そんな気がしてくる・・・・・・」

ゾロは、月を見上げて、ルフィにそう言った。

「ああ、俺も・・・・そんな気がしてきた・・・・」

その夜、ルフィとゾロは、月と桜を肴に、酒を酌み交わした。













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「おい! ・・・・だから言ったんだ。 あれほど、飲み過ぎるなっていったのに・・・・・

注がれた先から飲み干してどうするんだ。 全く、後先考えない奴だな、お前・・・・・

ほらっ、車宿まで、連れてってやるから・・・・・」

ゾロはそう言って、ぐてんぐてんに酔っぱらったルフィを担ぎ上げると、関白左大臣の車宿

に、運んだ。

「なあ、済まないが、こいつ、家に連れ帰ってくれないか。」

ゾロは、車宿で待機していた家人を捕まえて、そう頼んだ。

「いつも・・・・済みません、ゾロ様。 さっ、ルフィ様、もう、帰りますよ・・・・」

家人は、そう言ってゾロに頭を下げ、ルフィを車に押し込んだ。

ゾロは、ルフィの車が、宮門を出ていくのを見送って、また、宴の庭に戻っていく。

「・・・・・はあ・・・・また、俺・・・・笛吹くのかよ・・・・・・」

ゾロは、これからのことを思うと、足取りが重く感じた。

「・・・・・・??変だな。 確かにこっち側だとそう思ったんだが・・・・・」

自分では、宴の席に戻っていたはずのゾロは、いつまでもその宴の席に着かないことに疑

問を持ち始める。

「・・・クソッ。 広すぎて・・・・・迷ったようだな。 さて、どうしたものか・・・・・」

そう言って考え込むゾロの耳に、涼やかな声が、聞こえてきた。

「照りもせず曇りも果てぬ春の夜の・・・・朧月夜に似るものぞなき・・・」

その声の主は、桜の木の下で、散りゆく桜の花びらを手に取り、一人佇んでいた。

紺色の直衣に、萌葱色の袴・・・・そして・・・・・・・月明かりに照らされた黄金の髪・・・

今、初めて見たはずなのに、ゾロの心臓は、早鐘のように高鳴って、その姿から瞳が離せな

い。

表情こそ、ゾロからは、確認できないものの、その黄金の髪は、月明かりに照らされて、ゾロ

の心を深く捕らえて離さなかった。

「・・・そう言う貴方は、月の精ですか?」

ゾロは、そう優しく声を掛け、その声の主に近づく。

声の主は、ゾロの声にハッとして、ゾロの方を仰ぎ見た。

・・・・蒼・・・・・蒼・・・・・・蒼・・・・・・

見たこともないその瞳に、ゾロは、言葉を失い立ちすくんだ。

と同時に、ゾロの自分の名を悲しげに呼ぶ声が、頭の中で聞こえた。

頭の中に霧がかかったかのように、はっきりと思い出せない人・・・・・

しかし、その人物は、ゾロの名をはっきりと口にした。

今、目の前にいる人と同じ声で・・・・・寂しげに・・・・ゾロの名を呼ぶ声・・・・・

ゾロが、ぼうっとしていると、声の主は、慌てて、ゾロの側をすり抜けて、その庭から出ていこ

うとする。




ここで、離してはいけない・・・・・




そう叫ぶ心の声に、ゾロは、素直に従い、声の主の腕を掴んで引き寄せた。

「あっ、なにをする! 無礼は許しませんよ。 わかったら、手を離して下さい。」

声の主は、そう言ってゾロを睨み付ける。

繊細な容姿には、似つかわしくないほどのきつい瞳に、ゾロは、思わず、苦笑した。

「これは、失礼しました。歌と声が、あまりにも、見事だったので、つい、声を掛けてし

まいました。 あの歌は、源氏物語ですね。 あのようなものをお読みになってるんで

すか? いや、別に、中傷しようとか、そうじゃないんです。 ただ本当に、貴方の姿

が、妙に、懐かしくて、どうしてか、触れられずには、いられなかった。」

ゾロは、そう言うと、優しい瞳で、声の主を見つめる。

声の主は、不思議そうな顔をしてじっとゾロを見つめていた。

「・・・・・どこかで、お逢いしましたか?? 私には、全く覚えがないのですが・・・・

用がないので有れば、これで失礼します・・・帝が待っているので・・・・」

暫くして、声の主は、そう言ってやんわりとゾロの腕を払った。

「あっ、貴方のお名前は・・・・」

「・・・・人に名前を尋ねる前に、まず、自分から言うのが、礼儀というものでしょう。」

「失礼しました。 私の名は、ゾロ。 衛門督の任を頂いております。 っで、貴方

のお名前は?」

「あなたが、ゾロ。 いや失礼、ゾロ殿でしたか。 ・・・・・私は・・・・・・」

「おい! サンジ! ここにいたのか・・・・帝が、探してたぞ。」

不意に、ゾロの後ろの方から、声がした。

その声は、兵部卿宮のエースのものだった。

「おや、これは、左近中将のゾロ殿ではありませんか。 どうかしましたか? このよ

うなところで、お会いするとは、思いませんでしたね。 また、お迷いにでもなりました

か?」

エースは、そう言って、ゾロを見てニヤリと笑う。

エースは、ゾロよりも4歳年上なのだが、なにかにつけ、ゾロとは、ライバル視されていて、

互いに一目置いている気の抜けない間柄である。

「よせよ、そんな言い方。 肩が凝っちまう。 いつものように、喋れよ。」

ゾロは、呆れ顔でエースにそう言った。

「悪い、悪い。 一応、宮中だからな。 っで、お前、本当に、ここでなにしてんだ?」

「・・・・道に迷った。」

「はぁ?? またかよ・・・・お前なあ、よくそれで、検非遣使の別当なんか務まるよ

な。 俺、お前が、都を守ってるの、凄い不安になってきた。」

エースは、大げさに呆れてそう言った。

サンジは、二人のやりとりをクスクスと笑って見ている。

「うるせえな、放っとけ! ところで、お前こそ、何しに来たんだよ。」

「あっ、そうだった。 サンジ、帝が、お前を探して来いって言ってたんだ。 まだ、ここ

に来て間もないから誰かサンのように迷ってるんじゃないかって心配してらして、

な。」

エースは、思い出したように、そうゾロに言った。

「・・・・やはり、貴方が、サンジ様でしたか。 お噂通りの方ですね。」

「・・・・・噂??」

ゾロの言葉に、サンジが、ピクリと反応する。

「ええ、とても綺麗な方だと、皆が、噂してましたよ。」

ゾロが、にっこりと笑ってそう言った。

「外見だけで、判断すると、馬鹿見るぜ・・・・」

ボソリと、小さな声で、サンジが呟く。

「へ??」

「・・・・だから、外見だけで、そう決めつけんじゃねえ!! 先に言っとく。 

俺は・・・・綺麗だとか野郎にぬかす奴は、大嫌えだ!! 今度言ったら、容赦しねえ

からな。 エース、行こうぜ。」

ゾロが、思わずあげた間抜けな声に、サンジは、額に青筋を立ててそう捲し立て、さっさと、

その場を去っていく。

ゾロは、ただ唖然とサンジの顔を見つめていた。

「ククク・・・まあ、そう言うわけだ。 ほら、お前も、宴に、戻るんだろ? ついて来い

よ。」

エースは、呆然としているゾロの肩を叩いてそう言うと、サンジの後を追って歩き出した。

ゾロは、ハッと我に返り、慌てて二人の後を追いかけてその庭を後にした。

「・・・・・嘘だろ・・・」

ゾロの呟きは、桜の花びらの中に消えていった。







「遅いぞ、ゾロ。 どこまで行ってたんだよ。 今日は、無礼講だ。 堅苦しいジジイ達

もいねえし。 ゾロ! てめえの笛、聞かせてくれよ。」

帝のシャンクスが、戻ってきたゾロにそう声を掛ける。

「・・・・・承知しました。 でも、少しだけですよ・・・・・・」

ゾロは、そう言うと、真ん中に立って、笛を吹き始める。

涼やかで、雅な音色に宴の席は、静まり返り、皆、聞き惚れてた。

「・・・・・笛・・・上手いじゃねえか・・・」

「ん??何か言ったか、サンジ?」

「いや、別になにも・・・・・」

思わず呟いた自分の声にそう聞き返したエースの言葉に、サンジは、慌ててごまかした。

「・・・・笛吹きの中将か・・・・ククク・・・あの時の間抜けな顔・・・・面白い奴だな・・・」

サンジは、一人聞こえないような小さな声でそう呟くと、一息に、杯の酒を飲み干した。






  
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<コメント>

やっと、始めました。 平安ゾロサン。 約2ヶ月ぶりですよね。 
どんな話だったのか、ルナももううろ覚えで・・・(っておい!)
最後の最後まで、素直で可愛いサンジにしようか迷ったんですが、
結局こんな感じのサンジにしちゃいました。
さて、どうなることやら・・・・地道に続けていこうと思いますので、
気長によろしくお願いします。(出たよ、『気長』が。笑)