翌朝。
サンジが起きてみると、ゾロの姿は、見当たらない。
ゾロの部屋をノックしても、返事はなく、サンジは仕方なくソロが汲み置いてくれた水を花園
の花に優しくかけ始めた。
そして、全ての花に水を与え終わる頃には、辺りに夕闇が迫っていた。
サンジは、食事を二人分用意して、ゾロの帰りを待つ。
キッチンの窓から見える山頂は、今夜も、神々しいほどの光に溢れ、サンジには、その光が
恐ろしくさえ思えた。
・・・・・その日、ゾロはとうとう、屋敷に戻ってこなかった。・・・・・・・・ゾロ、一体どうしたんだろう。
・・・・・・・昨日は、帰ってこなかった。
・・・・・・何があったんだ?
サンジは、ゾロが戻ってこないことに不安を感じながらも、花達の世話をする。
昨日より慣れてきたせいか、早めに終わったサンジは、水の汲み置きが少ないことに気が
付き、近くの泉まで、汲みに行くことにした。
「はあはあ・・・・・近くったって、全然近くないじゃないか。 それに、重い・・・・・
こんなきついこと、あいつは、今まで一人でやってたのか?」
サンジは息を切らして、泉の水を屋敷に運んだ。
屋敷の前の水瓶に水を移して、サンジは、屋敷の中に入った。
ふと、ゾロ部屋の前に、ボロ切れのようなモノが、落ちているのが見えた。
「??・・・・・朝は、あんなモノ、無かったようだが・・・・」
サンジは、恐る恐る近づく。
そして・・・・・・・・サンジは、思わず、息をのむ。
そこには、ゾロの姿があった。
ボロ切れに見えていたのは、ゾロの着ている服だった。
全身から血を流し、所々焼けこげた服を着て、まるで死人のように、そこに倒れていた。
「ゾロ!」
サンジは、そう叫んで、ゾロを抱き上げたが、ゾロからは何の反応もない。
唇は真っ青で、口の端からは、血が流れ落ちている。
微かに聞こえる息も、力無く、所々、身体の方も焼けこげている。
「・・・・・これが・・・・・・罰なのか? ・・・・・・・ゾロ、どうして・・・・・・・俺達のせいで、こんな
仕打ちを受けているのに・・・・・・・・・・なんで・・・・・・・・・・・・・黙っていられるんだ。
・・・・・・・ゾロ、俺には、してあげられること、何もないのか・・・・・・・・・」
そう言って、サンジは意識のないゾロを抱きしめ、ゾロの部屋へ、運んだ。
サンジの使っている部屋と違い、何も調度品の無い質素な部屋。
部屋の主と同じ、どこか寂しさを感じる部屋だった。
サンジは、ゾロをベッドに横たえると、急いで、手当をする。
ボロボロになった洋服を脱がし、身体を優しくタオルで拭う。
しかし全身から流れる血は、タオルを真っ赤に染め、サンジは、言いしれぬ恐怖を感じた。
・・・・・・・・・・・・もし、このまま、ゾロが、死んでしまったら・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・嫌だ。
・・・・・・・・・・そんなの、絶対に・・・・・・嫌だ。
・・・・・・・・・こんな気持ち、何て言うのかわかんないけど・・・・・・・
・・・・・・・・俺、ゾロに死んで欲しくない。
サンジは家中のタオルを全部持ってきて、ゾロの傷に当て止血を試みる。
やがて、血は止まり、ゾロの血色もだいぶん良くなってきた。
・・・・・・・良かった。
・・・・・・本当に良かった。
サンジはほっとしたのか、そのままベッドの脇で、眠りについた。
その夜。
ゾロが目を覚ますと、身体中に手当された後と、ベッドの縁に眠っているサンジがいた。
・・・・・・・・・馬鹿な・・・・・・・あれほど、俺に構わないように、そう言っておいたのに・・・・・・
・・・・・・・・・・・どうして、お前は、こうも優しいんだ。
・・・・・・・・・・俺は・・・・・・・お前の優しさが・・・・・・・・・辛い。
・・・・・・・・・全てにおいて優しいお前が・・・・・・・・・欲しくなる。
・・・・・・・・あのまま、死んだ方が、マシだった。
・・・・・・・こんな・・・・・こんな想いに苦しむよりか・・・・・・・・
・・・・・・どんなにか、楽だろう。
・・・・・しかし、罪人たる俺には・・・・・・・・・・・それさえも、許されて・・・・・・・・・・いない。
・・・・それが、俺に与えられた罰・・・・・・・・・・・
・・・決して・・・・・・・・・・・許されることのない・・・・・・・・・・
・・死より過酷な・・・・・・・・・罰・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・時間だ。 行かなくては・・・・・・・・・・・・グッ・・・・」
ゾロはそう呟いて、身体を起こす。
全身が痛みに悲鳴を上げて、今にも膝が崩れ落ちそうだ。
それでも、ゾロは、身体を引きずるように、3日目の神の罰を受けに、屋敷を出ていった。
夜風が、頬に当たるのを肌で感じて、サンジは、目を覚ました。
ベッドで眠っていたはずのゾロの姿がない。
「ゾロッ! ・・・・・馬鹿な・・・・・・あれだけ出血して、あんなに酷い怪我なのに・・・・・・・・
いくら死なないとは言っても、あの身体で、動き回るなんて・・・・・・・痛みで、精神の方が、
参っちまう!」
・・・・・・・・くそう・・・・・・・どこにいったんだ。
俺が、うっかり眠ってしまったから・・・・・・・・・
サンジは、己のふがいなさを責める。
ふと、床を見ると、ゾロから流れた血が、点々と、外に続いている。
「・・・・・・・・・・・あの山の頂上に、何かあるに違いない。 ・・・・・・行こう。
・・・・・・・・・ここで、おとなしく待ってるだけなんて、俺の性分じゃない。」
サンジは、窓から、不気味なほどに神々しい光を放つ山頂を見つめ、そう決心した。
サンジは、山頂の光を頼りに山にはいる。
途中、宵待草が、月の光を反射させる様に、山頂への道を登るサンジの足元を照らす。
サンジは、草花達に助けられるように真っ直ぐに山頂にたどり着いた。
耳をつんざくような轟く雷鳴と共に、何本モノ、雷が、天と山頂を繋ぐ。
・・・・・・・・・そして、雷が目指す先には・・・・・・・・・・・ゾロの姿・・・・・・・・・・・
先程新しい洋服に着替えさせたばかりだというのに、ゾロの服は、もう、所々焼けこげ、
千々になっている。
血塗れで、傷だらけの身体は、立つことさえできず、ゾロは、地面に伏したまま、一身に、
その雷を受けていた。
「ゾローッ!!」
サンジは、慌てて、駆け寄ろうとする。
「馬鹿! 来るな!! お前まで、巻き込まれる! 死にたいのか!! ・・・・・もう、終わる
から・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・頼む。 ・・・・・・・・・・来ないでくれ・・・・・・・・・」
ゾロは、息も絶え絶えに、そうサンジに叫ぶ。
ゾロの必死の叫びに、サンジはその場を動けなかった。
・・・・・・・・・・・・ゾロは・・・・・・・・化け物なんかじゃない。
・・・・・・・・・・・孤独で・・・・・・・・優しい・・・・・・・・管理人。
・・・・・・・・・・だから、あの花園の花々は、皆、美しいんだ。
・・・・・・・・・あの花々達は知っている。 自分達を優しく慈しんでくれるゾロを・・・・・・・・
・・・・・・・・だから・・・・・・ゾロのために、美しく花を咲かせているんだ。
・・・・・・・俺は・・・・・・父さんとの約束のためじゃなく・・・・・・・・
・・・・・・俺の意志で・・・・・・・・ゾロの側に・・・・・・・・・いたい。
・・・・・何もできないかも知れない・・・・・・・・・・でも・・・・でも・・・・・・・・・
・・・・それで、ゾロの孤独な心が、少しでも癒されるのなら・・・・・・・・
・・・俺は・・・・・・・・・ここにいたい。
暫くすると、雷は、去り、月の光だけが、ゾロの身体を優しく包む。
サンジは静かに、ゾロの側に来ると、意識のないゾロを担いで、屋敷に戻った。
もう一度、身体を清め、ベッドに横たえ、手当をする。
先程の傷と比ではないほどの深い傷跡・・・・・・・
人間であれば、間違いなく死に至るであろう傷が、全身を覆っていた。
適切な処置のおかげで、出血は止まったが、ゾロの顔色は悪く、異常なほど冷たい。
サンジは、意を決して洋服を脱いで裸になると、ゾロの身体を包むように抱きしめ、温めた。
翌朝。
・・・・・・・・・・・・・・・・温かい・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・身体に直接流れ込んでくる、この温かさは、一体・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・できることなら・・・・・・・・・ずっと、こうして・・・・・・・・・・いたい・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・身体の隅々に、温かさが伝わってくる・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・この温かさは、一体・・・・・・・なんだ?
・・・・・・・・・・・身体だけじゃない・・・・・・・・・・・心も・・・・・・・・・・・・癒されていく・・・・・・
・・・・・・・・・・この温かさは・・・・・・・・・・・
ゾロは、身体に流れ込んでくる温かなぬくもりを肌に感じて目を覚ました。
開けた瞳の中に、まばゆいほどの金色が、広がる。
「・・・・・・・・ゾロ。 起きたか? ・・・・・・・・身体のほう、もう、大丈夫か?」
すぐ隣で、サンジの声がする。
ゾロは慌ててその声の方を向いた。
「おはよう、ゾロ。」
ゾロの隣には、自分の身体で、ゾロを温めていたサンジがいた。
透き通るまでに白い痩躯を惜しげもなく、ゾロに密着させ、サンジは、にっこりと笑っている。
「な、何を・・・・・・や、やっってる・・・・・」
ゾロは、その姿にドギマギして傷の痛みも忘れ、飛び起きた。
「何って・・・・・・ゾロの身体、冷たかったから、温めてた。」
サンジは、何でもない風に、ニコニコしてそう言う。
「馬、馬鹿野郎。 お前は、花の世話だけしていれば良いんだ。 ・・・・・・俺になんか・・・・
・・・・・俺のような、化け物になんか同情するな! 約束の期限は、もう、過ぎた。 さあ、
帰る支度をしろ。 ・・・・・・・・・・・送って、やるから・・・・・・・・」
ゾロはそう言うと、立ち上がろうとする。
「嫌だ! 俺は、帰らない! 約束なんて、関係ない! ・・・・・・俺は・・・・・俺の意志で・・・
・・・・・・・・・・・お前と一緒にいたい。 ・・・・・・・けど・・・・・・・・・・・・お前は・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・迷惑か? ・・・・・・・・・・俺と一緒にいるの・・・・・・・・・・嫌か?」
サンジは、ゾロのシャツをギュッと掴み、蒼い瞳に涙を溜め、そうゾロに言った。
サンジの蒼い瞳が、ゾロの心に突き刺さる。
その心のひびから、ゾロの気持ちが溢れだした。
「っ・・・・・・嫌じゃない! 迷惑だなんて思うものか! ・・・・・・・そう、初めから・・・・・・・・
初めて、お前をこの花園で見たときからずっと・・・・・・・・・・・・・俺は、一緒にいたかった。
・・・・・・・・・・ずっと、放したくなかった。 ・・・・・・・・・・だけど、俺は・・・・・・・・人間じゃない
から・・・・・・・・・・・・・未来永劫、神様に罰を与えられた、醜い化け物だから・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・あの禁断の果実を口にした・・・・・・・・死ねない化け物・・・・・・・・・・だから・・・・・・
・・・・だから、サンジ。 ・・・・・・・・お前とは、一緒にいちゃいけないんだ!
・・・・・・・・・・・・・・・一緒には・・・・・・・・・・・・・いられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゾロは、そう言って、サンジを抱きしめる。
「・・・・・・・・・ゾロ、わかった。 ・・・・・・・じゃあ、最後に、俺の願い聞いてくれよ。
俺に、その禁断の果実のなる場所を見せてくれ。 もう、ここには来れなくなるから・・・・・・
見ておきたいんだ。」
サンジは、寂しそうにそう言った。
「・・・・・・・・・・・わかった。 ・・・・・・・では、これから、案内しよう。」
ゾロは、サンジから離れると、サンジをその場所へと案内した。
「・・・・・・・・・ここが、禁断の実のなる聖なる地だ。 ・・・・・・・決して、人間が食べてはなら
ない果実。 ・・・・・・・・・食べると、俺のように、未来永劫、苦しまなかればならなくなる。
・・・・・・・・・さっ、もう、充分だろ? ・・・・・・・・・送っていく。」
ゾロは、サンジにそう言って、きびすを返す。
サンジは、その隙に、サッと禁断の果実に、手を伸ばした。
「・・・・・・・・・・・ゾロ。 ・・・・・・・・・・・・・これで、俺も・・・・・・・・・・・・・・ゾロと同じだ。」
そう言って、サンジは、にっこりと笑うと、禁断のみを一口かじった。
「ばっ、馬鹿野郎!!」
ゾロは、慌ててサンジの手から果実を叩き落とす。
「馬鹿野郎! 吐き出せ! わかってるのか? 人間じゃなくなるんだぞ! もう、家に帰れ
なくなるんだぞ! 家族にも、友達にも一生会えなくなるんだ! 俺の言うことわかってなか
ったのか??」
ゾロはそう言って、サンジを強く揺さぶった。
「ゾロ・・・・・・・もう、遅いよ。 俺、食べちゃったから。 ・・・・・・・・そんなこと、わかってる。
・・・・・・・・・でも、これで、俺達、一緒にいて良いんだよな? ・・・・・・・俺・・・・・・
ゾロとだったら・・・・・・ゾロと一緒だったら、どんな罰も受ける覚悟できてる。
未来永劫苦しんだって、ゾロと一緒なら・・・・・・・・・俺、平気だ。」
サンジはそう言って、笑ってゾロを抱きしめた。
「っ・・・・・・・・馬鹿野郎。 ・・・・・・・・本当に、お前は、大馬鹿野郎だ。 ・・・・・・・・俺のた
めに・・・・・・・・・自分から、罪を背負うなんて・・・・・・・・・・・馬鹿野郎・・・・・・・・・」
「ゾロッ! それは違うよ。 俺は・・・・・・・・俺のために・・・・・・・俺がゾロと一緒にいたいた
めに、罪を背負ったんだ。 ・・・・・・・だから、これは、俺の罪なんだ。」
あくまでも、自分のためと言って微笑むサンジの頬に、ゾロは、手を添える。
「・・・・・・・・・サンジ・・・・・・・・・・ありがとう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、離さない。」
ゾロはそう言って、優しくサンジの唇に口付けた。
そよそよと風が吹き、花びらが、二人を祝福するように、二人の周りを舞った。
<END>
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