ロマンスの神様


その1







「ふぁ~・・・・・・よく寝た。 今、何時だ? うおっ! まずい、遅刻だ、遅刻・・・・・入社式に

遅刻なんて、洒落にならねえだろ・・・・」

ゾロは、買ったばかりのスーツに身を包むと、勢い良く玄関を開け会社に向かった。

「くそっ! 昨日ルフィ達と遅くまで飲んだのがまずかったな。 間に合うかな・・」

ゾロは、腕時計を見ながらタイミング良くホームに来た電車に乗る。

「その電車、ちょっと待ったぁ!!」

閉じかけた電車のドアに自分の背後でそう叫ぶ声で、ゾロは、反射的にドアをこじ開けた。

「ハァ、ハァ。 間、間に合った~。 何処の誰かは知らねえが、サンキュー。 おかげで、

会社に遅刻しないで済みそうだ。」

その声の男はそういってゾロを見てにっこりと笑う。

金色の髪に、蒼い瞳・・・・・そして、自分に向けられた笑顔。

ゾロの心臓が、ドクンとはねた。

「いや、別に。 たまたまドアのすぐ近くにいてあんたの声が聞こえたから。」

ゾロは、その男をまじまじと見ながらそう答える。

「ふ~ん。 ・・・・・なんだよ、俺の顔になんかついてるか? そんなに金髪碧眼が珍しい

か? あんたのその緑髪の方が俺にして見りゃ、もっと珍しいんだけどな。 そんなにじろじ

ろ見るなよ。 気になるじゃねえか・・・・」

その男はそういってゾロを睨み付けた。

「あ、いや。 ・・・・ごめん。 笑顔がさ・・・・あんまり綺麗だったから・・・・」

「ぬわーっ!! おい!クソオヤジ!! なに、人の見てる前で痴漢してんだよ!! 

てめえだよ!てめえ!!」

「へっ?! 俺??」

自分の方へ向けられたその男のもの凄い怒声に、ゾロは思わず自分の顔を指し示す。

「違う!違う!! あんたじゃねえ! その後ろの、そうそう眼鏡に髭面の・・・・・あっ、逃げ

やがった! ふざけんな! 女の子に謝れ! くそっ、待ちやがれ!!」

唖然とするゾロを押しのけ、その男は、痴漢と称された中年の男を追い掛けてホームに飛び

出していく。

すれ違い様にゾロの足元に、ポトリと何かが落ちた。

「??・・・・これ、財布・・・・・あ、おい! これ、ちょ、ちょっと・・・・・」

ゾロは、慌てて財布を拾い上げると自分もホームに飛び降りた。

「くそ、この!! 痴漢はなぁ、犯罪なんだよ! てめえが面白半分でやっててもなぁ、され

た方は、一生怖くて忘れられなくなることだってあるんだよ! 謝れ! 女の子に謝れよ! 

そして二度とするな!!」

その金髪碧眼の男はそう言って、中年の痴漢を殴りつける。

騒ぎを聞きつけて人だかりができた。

その人込みを押しのけて、ゾロが近づくと、その金髪碧眼の男は、中年の痴漢男に馬乗りに

なっている。

「おい、そこ! なにをやっているんだ!!」

鉄道警察隊が駆けつけてきた。

「ひっ、お巡りさん、助けて。 この男がいきなり、私に暴力を・・・・」

地面に押し倒された痴漢男はそう言って、警官に助けを求める。

「・・・てめえ、ふざけんな! 痴漢しといて、そう言うことを・・・・」

馬乗りになっていたその男は、そう言って痴漢男の首を締め上げた。

「君! 止せ!! ちょっと、署まで同行て事情を聞かせて貰おうか。」

警官は、その金髪碧眼の男を羽交い締めにするとそう言って中年の痴漢男から引き剥が

す。

「お巡りさん、違っ、違うって!! 捕まるのはあいつのほう・・・・あっ、逃げんな!! お巡

りさん、あいつが悪いんだって!!」

金髪碧眼の男はそう言って、必死でもがく。

「ハイハイ、事情は署の方で聞くから・・・」

しかし、抗議の甲斐もなく、金髪碧眼の男は、そのままホーム内の署の方へと連行されてい

った。

その間に、中年の痴漢男は、フンとせせら笑いさえ浮かべて人混みに紛れようとゾロの方に

歩いてきた。

「・・・・・ちょっと待てよ。 悪いのは、あんただろ。」

ゾロは、サッとその痴漢男の腕を掴むとそう言って、警官のところへ引きずっていく。

「うわっ! なにするんだ! 離せ!」

「・・・いい加減にしろよな。 俺、今、心底むかついてるから、怪我したくなかったら黙って来

いよ。 それと・・・・正直に話せよな。」

腕を捕まれジタバタともがく痴漢男に、ゾロは鋭い視線を向けそう言った。

痴漢男は、ゾロの迫力に気圧され黙りこんで抵抗しなくなった。

「だから、違うって!! あの男が俺の目の前で痴漢してて・・・」

「けどねぇ、君。 その痴漢された女の子もいないし、見てたと言っても君だけでしょ? 

君の勘違いって事も考えられるし。」

「違う! あれは勘違いでも何でもねえ!! 絶対にしてた!!」

署内では、金髪碧眼の男が、警官と押し問答を繰り広げている。

ゾロは、痴漢男の腕を掴んだまま、署内に入った。

「・・・・すみません。 ちょっといいですか? その男が言ったことは本当ですよ。 俺、確か

にこの中年の男が痴漢するところ、見てましたから。」

ゾロはそう言って、痴漢男を警官の前に突き出す。

「それは、本当かね?」

「・・・本当です。 そうだよな? あんた、痴漢してたよな?」

警官の言葉にゾロはそう答えて、痴漢男の言葉を促した。

「は、はい。 ・・・・・・すみません。 私がやってました。 すみません。 もう二度としません

から・・・」

痴漢男は、観念して全てを認めて謝った。

「・・・・だから、言ったのに・・・」

金髪碧眼の男は、そう言って口を尖らせる。

その表情があまりにも幼く感じ、ゾロは、一人笑いを噛み殺した。








「いやぁ、助かったぜ。 あのお巡りさん、全然、俺の話、信用してくれねえんだもん。 これ

で二度目だな、あんたに助けられたの。 俺は、サンジ。 あんた、何て名前だ?」

「ロロノア・ゾロだ。 あ、そうそう。 これ、あんたのだろ? 失くしたら困ると思って・・・」

ゾロはそう言って、サンジに財布を差しだした。

「あっ、俺の全財産。 ・・・・・良かったぁ。 これ失くしたら、俺、生活できねえとこだったぜ。

ゾロと言ったっけ?あんた。 本当にありがとうな。 今日は、俺、あんたに助けて貰ってば

かりだ。 今日から会社だというのに、ったく、とんでもねえ・・・・・・あーっ!!」

サンジは、急に大声を上げると勢い良く走り出した。

「ちょ、ちょっと! 今度は何があるんだよ!」

サンジにつられてゾロもそう言って駆け出す。

「だって、今日、俺、入社式・・・・・今日が、リーマン生活初日だって言うのに。 大遅刻、決

定じゃん。 ところであんたは、会社、良いのか?」

「うげっ!! そうだった! 俺も今日、入社式だったんだ。 こんなことしてる場合じゃなかっ

た!! じゃあな!!」

ゾロは、サンジの言葉にそう言って、サンジを追い抜いていった。

「あア?! くそっ、負けるか! かけっこじゃ負けたことねえんだぞ、俺は・・・・」

簡単に追い抜かれたことにカチンときてサンジは、走るスピードを上げる。

「じゃあ、あんたも、新入社員か? そりゃあ、悪いコトしたなぁって・・・・おい、この方向・・・・

まさか、あんたもホークアイカンパニーか??」

サンジは、すぐにゾロに追いつくとそう声を掛けた。

「ああ。 ・・・・じゃあ、あんたもなのか?」

「そう。 今日付けで、総務課に配属になる予定だったんだ。」

「俺は、営業一課。」

「ひょ~。 初っぱなから、花形部署かよ。 エリートじゃん、あんたって・・・・」

サンジは、ゾロの顔を見てそう言って驚く。

「・・・・そうなのか? 俺、全然知らなかった。」

「あ、そう。 ・・・・ククク、あんたって、そう言う感じだもんな。 それはそうと、急がねえとか

なり、ヤバい状況だぞ。 あ、昼、どっかで食わねえか? 今日の礼に驕ってやるよ。」

「ああ、良いな。 じゃあ、昼休み、ここのロビーで落ち合おう。」

「じゃあ、昼に!」

「おう!」

ゾロとサンジは、そう会話して互いの部署に走っていった。

「済みません!! 遅れました!!」

ゾロは営業一課のドアを開け、そう言って頭を下げる。

しかし、部屋の中から反応は返ってこなかった。

「・・・・ロロノア君。 この時間に来てそう言われても、この部屋、もう誰もいないのよね。 

もう他の皆、得意先に挨拶に行っちゃったし。 暇なのは、君を社長室まで案内するのに残っ

ていた俺だけさ。 しかし、やってくれるね、今年の新人君は。 初っぱなから、重役出勤だ

もんなぁ。 さて、社長が、首を長~くしてお待ちだ。 行こうぜ? あっ、俺が、この課の課

長、エースだ。 以後よろしくな。」

正面の机に座っていたエースはそう言ってゾロに近づく。

「本当に済みませんでした。 以後、気を付けます。」

ゾロは、そう言ってエースに頭を下げた。

「まっ、良いって。 この会社は、実力主義だ。 遅刻とか、そんな細かいことにはこだわらな

いから。 俺も入社式は、丸一日寝ていてすっぽかした奴だし、人のこと言えないから。」

エースはそう言って笑うと、ゾロを促して社長室へ向かう。

「課長は、もう入社してどれくらい経つんですか?」

社長室に向かう途中、ゾロがエースにそう聞いた。

「ん? 俺か? 俺は、5年目だ。 もっとも、俺は、入社当時は営業二課だったけどな。

新人で営業一課に配属なんて、初めてじゃないかな? それだけ社長がお前に期待してる

って事なんだろうけど。 期待を裏切らないように、しっかり頼むぜ。」

エースはそう言ってポンとゾロの肩に手を置く。

「はい、頑張ります。」

「おいおい、そう硬くならないで良いって。 さ、着いたぜ? 社長、ロロノア・ゾロ連れてきま

した。」

緊張した面持ちに変わったゾロにエースは苦笑しながら社長室のドアをノックした。

「・・・・・失礼します。 済みませんでした! 初っぱなから遅刻して・・・入社式、間に合いま

せんでした!」

ゾロは、部屋に入るなり、社長席に向かって深々と頭を下げる。

「ん? 君が、ロロノア君か。 待ってたぜ。 良いって、良いって! この会社の入社式なん

てどうせ退屈なレセプションなんだから。」

社長のイスに腰掛けていた人物が、ゾロにそう声を掛けた。




・・・・・社長って、こんな声の人だっけか?




頭を深く下げた状態でその声を聞いたゾロは、頭に?を浮かべた。

「おいおい、シャンクス、人の会社の入社式をそんなに言うなよ。 貴様のとこもあまり大差な

いだろうが。 おい、ロロノア、もう頭上げて良いぞ。」

ゾロのすぐ近くで、そう言った低い声が聞こえた。

「えっ?! 社長・・・・・」

その声に弾かれたようにゾロが顔を上げると、すぐ側のソファーで、コーヒーを注いでいるミホ

ーク社長がゾロを見ていた。

「ロロノア、まっ、座れ。 シャンクスも、こっちに来いよ。 美味いコーヒーが入ったぜ。 エー

スも、飲んでいくか?」

人数分のコーヒーを注ぎ、ミホークはそう言ってソファーに腰掛ける。

「あ、じゃあ、頂きます。」

エースはそう言ってソファに腰掛けた。

ゾロとシャンクスもそれに続く。

「本当は、俺とエースと一緒に、このシャンクスの会社にお前を連れて挨拶に行こうと思って

たんだが、お前が一向に来ないんでな。 こうして、暇なシャンクスに来て貰ってたというわ

けだ。 今度、お前に担当して貰う会社の社長さんだ。 社長の見た目と違って会社はかな

り立派なとこだ。」

ミホークは、自分が注いだコーヒーを一口飲んでそう言った。

「おいおい、俺の見た目と違うって・・・まあ、仕方ねえか。 俺が実際働いてねえし。 

レッドコーポレーションの社長シャンクスだ。 よろしくな、ロロノア。」

シャンクスもコーヒーを飲みながらそう言い返す。

「こちらこそ、よろしくお願いします。 ・・・・すみません、わざわざご足労をお掛けしてしまっ

て・・・・」

ゾロは、恐縮してシャンクスにそう言って謝った。

「いや、気にするな。 この会社は、入社式に現れない新人ほど良く仕事ができると言うジン

クスがあるからな。 なぁ、エース?」

ゾロの言葉にミホークはそう言ってニヤリと笑ってエースを見る。

「ははは・・・参りました、社長・・・・・まだ、覚えていましたか。」

エースは、ばつが悪そうな顔をしてそう言って笑った。

「まっ、そのジンクスを作った張本人だからな。 君以降、今、仕事が出来る社員は毎年なん

らかの事情で入社式をすっぽかしてるしな。 一種の恒例だな、こうなると・・・あっ、そう言え

ば、今年は、もう一人いたな、すっぽかしてた奴。 確か、総務課に配属予定だったと思う

が・・・・名前は・・・・・・サンジ、そうそうサンジ君とか言ってたっけか? やけに面接の時、

目立った綺麗な顔立ちの奴だったが・・・・」

ミホークはふと思い出したようにそう言う。

ミホークからサンジという名前が出た途端、ゾロは、ドキリとした。

「・・・・・失礼します。 社長がお呼びと伺いましたので・・・・」

タイミング良く、社長室のドアがノックされ、サンジの声が聞こえた。

「おお、今、君の話をしていたところだ。 入りたまえ。」

「では、失礼します。」

朝の態度とは打って変わった礼儀正しい言葉使いに、ゾロは、ポカンとしてサンジを見つめ

る。

自分を見つめるゾロの姿に気が付いて、サンジもびっくりしてゾロを見た。

「ん? ああ、ロロノアは、初めて逢うんだったな。 こちらは、サンジ君。 総務課に配属さ

れてる。 君と同期だ。 サンジ君、こちらは、ロロノア・ゾロ君だ。 君と同期で、営業一課

に・・・・・おや? どうした? 君たち、知り合いか??」

二人を紹介しようとしたミホークは、ゾロとサンジが互いに見つめ合って動かない様子にそう

言って声を掛ける。

「「あ、はい。 実は、俺達、今日・・・・・」」

ゾロとサンジは、二人同時にそう言って、今朝の出来事を皆に話して聞かせた。

「ふ~ん、そう言う訳だったのか。 なるほど・・・まっ、事情はわかった。 二人ともこれから

よろしく頼んだぞ。 期待してるからな。」

「「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。」」

ミホークの言葉にゾロとサンジはそう言ってまた深くお辞儀をした。








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