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 欲しいモノと、手に入れる事が出来るモノ。

 それが同じならばそれに越した事は無いが。

 大抵の場合、そう上手くはいかない事の方が確実に多い。

 子供だったら、駄々を捏ねてその場で泣きじゃくるとか。

 可愛いレディだったら、ちょっと弱々しく上目遣いで強請ってみるとか。

 成功するしないは別として、それなりに上手くいくかもしれない方法を持っているけれど。

 俺は、そんなモン何一つ持っちゃいない。

 だから俺に出来る事はたった一つだけ。

 その欲しいモノを諦めて、手に入れる事が出来るもので我慢する事。

 そうやってずっと生きてきた。

 これからもきっと・・・・・・・・・・・そうやって、生きていく。

 そうするしか俺が生き残れる道は無いんだから。































 ゴーイングメリー号は、海流が複雑で難破しやすいと言われる海域を航行していた。

 ナミさんの技術を持ってしてもその海域を進むのはかなり困難を極め、クルー総出で必死に船をこの海域の外へ出そうとしている。

 ルフィが舵を取り、ゾロと俺とで帆のロープを身体に巻きつけ風を受けていた。

 ウソップは船底に開いた穴を応急処置で塞いでいる。

 「皆、もう少しでここから出られるわ!頑張って!!」

 ナミさんの声に

 「はぁ〜い、ナミさ〜んvv頑張ります♪」

 この場には不釣合いな程気の抜けた声でそう返す。

 そうじゃないと、この状況に負けてしまいそうだったから。

 幼い頃に植え付けられた、あの絶望的な恐怖を思い出してしまいそうだったから。

 そんな姿を皆の前で見せる事だけはしたくなかった。

 特にアイツ_______ゾロに、だけは。

 「よし、良い感じよ。大きい難所は抜けたわ。・・・・・・・・後は風に乗っていけば無事港に着ける筈よ。皆お疲れ様。」

 その言葉にホッと胸を撫で下ろすと同時に聞こえてきた、耳慣れた言葉。

 「サンジ〜、腹減った〜!!肉〜〜〜!!!」

 俺にあのレストランから、ジジイの元から飛び出す切欠をくれたこの船の船長が屈託の無い笑顔を向けてくる。

 「ったく・・・・・・・わかったよ、ルフィ。今準備してくっからちょっと待ってろ。」

 「やった〜!!サンジ、俺肉大盛りな!!」

 途端に上機嫌になる見慣れたルフィの顔。

 そして・・・・・・・・必ずと言って良いほど、ルフィに笑顔を向けられている俺を睨みつけるように目線を送るゾロにも、もう慣れた。

 安心しろ、お前の大事な船長サマにちょっかい出したりしねえよ。

 突き刺さる視線を無視して、俺はキッチンへと向かって歩いていった。

 





























 冷蔵庫から肉を取り出し、熱したオーブンに入れて焼き上げていく。

 丁度もう夕食の時間なので、そのまま他の作業も同時にやっていった。

 鍋に水を張って火にかけ、野菜類を刻んでいく。

 今夜は久しぶりにポテトサラダでも作ろうか。

 胡瓜に人参、玉葱とゆで卵を加えれば彩りも華やかだし、何より野菜が沢山取れる。

 そう決め、皮を剥いたジャガイモを沸いた湯に入れ茹で始めた。

 その間に皿を人数分取り出してテーブルに並べておき、ポテトサラダ用のボールもシンクの下から取り出しておく。

 そろそろ茹で上がるか・・・・・と鍋の火を止めザルに取ろうとしたその時。

 バンッと大きな音と共にキッチンのドアが勢い良く開き、飛び込んでくる人影。

 「サンジ〜、肉出来たかぁ〜??腹減った〜!!」

 そう叫びながら俺に向かって手を伸ばしてきた。
 
 「うわっ!?ルフィ、あぶね・・・・・・・・・!」

 熱湯の入ったままの鍋を手に持っていた俺はバランスを崩し、シンクに向かって倒れ込んでしまう。

 咄嗟にルフィを庇うように身体を捻った為、鍋を持っていなかった右手に熱湯を浴びてしまった。
 
 「うあっ!・・・・・・・・・っつ・・・・・・・・」
 
 「サンジ!?」

 慌てて俺の身体を支えるように掴むと俺の名を叫ぶルフィ。

 その声に何事かと皆もキッチンに走り込んできた。

 「・・・・・っかやろ・・・・・いつも・・・・・・・言ってんだろうが・・・・・・・・・・・急に抱きついて・・・・・・・・くんな、って・・・・・」

 「ごめん、サンジ・・・・・俺・・・・・・・・・」
 
 いつもの笑顔が消え、青褪めた顔で俺を見つめるルフィを叱るようにナミさんが声を荒げる。

 「ルフィ、そんな事よりも早くサンジくんの腕、水で冷やして!!火傷してるのよ!!」

 「だ、いじょうぶ・・・・・・・・・ナミさん、平気・・・・・・・だから。」

 「サンジ、んな事言ってる場合じゃねえだろ!いいから早く冷やせって!!」

 ウソップも大慌てで蛇口を捻り水を出して火傷した箇所を冷やそうとしてくれた。

 流水にそっと熱湯を被った部分をさらす。

 手の甲全体に被ってしまったからかなりの痛みがあるが、それを極力表に出さないよう笑顔で

 「これくらい、大丈夫、だって。・・・・・・・コックなんだから火傷なんて日常茶飯事だし。・・・・・だから気にすんなよ、ルフィ。」

 そう言ってやる。

 「ほんとごめん、サンジ・・・・・・・・・痛いか?」

 「当たり前でしょ!?熱湯浴びたのよ、だからいつも言ってたじゃない!サンジくんが料理してる時に飛びつくなって!!」

 「ナミさん・・・・・そんな怒らないで。・・・・・・・ほんと、大丈夫だから・・・・・・・・・」

 無理に笑いながら視線を少し動かすと、ドアの所で固まったように動かないゾロが見えた。

 ああ・・・・・・・・・そりゃ心配だよな。

 「・・・・・・・・・・・・・ルフィは怪我してねえよ・・・・・・・・無事だぜ?」

 そう言ってやると、ゾロの表情が険しくなった。
 
 んな顔されてもなぁ・・・・・・・・・俺が悪い訳じゃねえだろ?・・・・・・・・ま、お前にとっちゃ俺の存在自体が邪魔なんだろうから仕方ねぇか。

 「サンジくん、とにかく応急処置しましょ。幸いもうすぐ島に着くから、そこで医者に見てもらうようにして・・・・・・・」

 「おお、ほら救急箱だ、ナミ。確かこん中に火傷用の塗り薬あったような・・・・・・・・」

 ウソップが持ってきた軟膏を塗り、傷を覆うように軽く包帯を巻いてもらった。

 「さ、一刻も早くサンジくんを医者に連れて行きたいから、急ぐわよ。ルフィ、ウソップ、ゾロ、手伝って!帆を広げて風を受けるから!」

 「おう!・・・・・・・じゃあサンジ、ここに座ってろよ。」

 「サンジ・・・・・・・・・・ほんとごめんな。もう飛び掛ったりしねえから・・・・・・・・・・」

 「ああ、そうしてくれ。ほら何時までもんな顔してんじゃねえよ!とっととナミさん手伝って差し上げろ。」

 「・・・・・・・・・わかった。じゃあ行ってくるな!」

 やっと何時もの笑顔を取り戻したルフィに軽く手を上げて答える。

 その様子を黙って見ていたゾロは、何も言わずにその場から立ち去って行った。

 刺すような、鋭い視線を最後に俺に投げ掛けて。































 無事島に着岸し、ナミさんが医者の場所を街の人に聞いてくれて早速そこへ向かった。

 一緒に来てくれようとしたナミさんやウソップの申し出を丁寧に断り、一人で教えられた場所へと向かう。

 受付で事情を話すとすぐに中に通され、診察が始まった。

 「ああ、こりゃ結構酷いなぁ。・・・・・・・・でも応急処置が適切だったからまだ良かったよ。」

 「・・・・・・・・・・これ、傷残りますか?」

 「ん?ああ・・・・・・・・まあ、薄っすらとは残ってしまうかもね。」

 「・・・・・・・・・そうですか・・・・・・・・・・」

 「ちゃんと治療して、決められた薬を飲んでいれば気にはならない程度にはなると思うが。化膿させないようにすれば・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・はい。」

 「最近の薬はかなり良い効能があるから、まぁそんな心配する事も無いだろう。・・・・・どれ、手を出して。」

 そう言って的確に治療を施していく医者の言葉を上の空で聞き流す。

 出来れば傷痕は残って欲しくなかった。

 これを見る度、あの冷たいゾロの視線を思い出しそうで。

 ・・・・・・・・・・・なんて、今更か。

 逆にこの傷痕が、俺の馬鹿げた想いを封印する手助けになるかもしれねえし。

 そんな事をぼんやりと思いながら、俺は診察を終え帰路についた。

 船に戻ると、皆の姿が無い。

 キッチンに行くとテーブルの上にナミさんからの書き置きが置いてあった。

 『皆で手分けして買いだしとかしてくるから、サンジくんは大人しく船番していてね。よろしく!』

 その文面に目を通すと一先ず椅子に腰掛けた。
 
 皆が戻ってくるまで何もする事が無い。

 あってもこの怪我じゃ何も出来ないが・・・・・・・・・この状況は俺にとって耐えがたかった。

 皆と一緒に騒いでいれば気も紛れるのに。

 一人だと要らぬ考えを巡らしてしまう。

 包帯の巻かれた右腕を極力動かさないようにすると、テーブルに突っ伏した。

 ジッとしているだけで傷がズキン、ズキンと痛む。

 痛み止めはさっきの医者の所で飲んだばかりだから、まだ効いてないんだろうな・・・・・・・・

 そんなどうでもいい事を考えているうちに、瞼が重くなり意識が遠のいていく。

 瞼の裏に映し出される、有り得ない虚像を思い浮かべながら。

 それは、アイツの______________笑顔。

 俺には一生向けられる事の無い、モノ。






























 「・・・・・・・・・・ジ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・サンジ。・・・・・・・・・・・・・・・サンジ!」

 身体を揺すられて目が覚めた。

 未だぼやけた視界の中に写るのは、眩しい程屈託の無い笑顔と、能面のように無表情な顔。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・?」

 一瞬戸惑った。

 そこに居るのは船長と剣士なんだが、二人共頭のてっぺんから脚までびしょ濡れで立っていたから。

 「・・・・・・・・・・・・・なん、だ?その格好・・・・・・・・・・」

 もっともな疑問を投げ掛けると

 「それがよ〜、いきなり物凄い雨と風が吹いてきたんだよ!俺達、二手に別れて行動してたんだ。ナミとウソップが今夜の宿探し。

 で、俺とゾロが食材を見に市場に行ってたんだけど雨が酷くて、ちょうど船の近くに居たから慌てて帰ってきたんだ。な?ゾロ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。」

 俺と目線は合わせないまま、そう一言だけゾロは答える。

 「・・・・・・・・ま、とにかくタオルで身体拭いとけ。風邪引くぜ?」

 そう言って立ち上がるとキッチンの奥へ行き常備してあるタオルを二人に投げて渡した。

 「サンキュー、サンジ!でも・・・・・・・・・・この雨じゃあナミ達戻って来られねぇかもなぁ・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・そうなったら適当にどっか泊まるだろうよ、アイツ等なら。」

 そんな二人の会話を聞きながら小窓に目をやると、ルフィの言う通り酷い降り様でよく外が見えない程。

 「・・・・・・・・ま、ナミさんとウソップなら心配ねえだろ。何とかなるさ。」

 「・・・・・・・・そうだよな!すぐ止むかもしんねえしな。」

 俺の言葉に安心したのか、そう納得するとお決まりの台詞を言い出しやがる。

 「・・・・・・・ところでサンジ〜、俺腹減った・・・・・・・・・肉食いてえ!」

 「ったく・・・・・・・・・お前の頭の中には肉の事しかねえのか!?・・・・まあいい、買出しはしてきたのか?」

 「おう!肉だけは一番最初に買っといたんだ!」

 嬉しそうにリュックから肉を取り出しながらテーブルに並べていく。

 「じゃあ今から作って・・・・・・・・・」

 「おい。」

 調理し始めようとした俺に、ずっと黙り込んでいたゾロが声を掛けてきた。

 「・・・・・・・・・・んだよ。」

 「てめえ、手怪我してんじゃねえか。ナミがお前に料理やらせんなって言ってたぜ?そうだろ、ルフィ。」

 「あ、そうだ!俺ナミにそう言われてたんだ〜、悪いサンジ、お前料理しちゃダメだ。」

 「な・・・・・・・・・・・ダメって、」

 「俺がナミに怒られるんだ!だからサンジは大人しく座ってなきゃダメだ!これは船長命令だ〜!!」

 「・・・・・・・・・・・・・・んだ、そりゃ。だっててめえ腹減って肉食いてえんだろ!?それに俺はコックだ。これくらいの怪我何でもねえよ」

 「いや、ダメだったらダメだ!!」

 「じゃあどうすんだよ!!」

 思わずルフィを怒鳴りつけちまった。

 すると、一瞬動きを止め、何やら考え込んでいたルフィが_______とんでもない事を言い出しやがった。

 「俺がやる。俺が料理する!!」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ???」」

 突拍子も無い提案をするルフィに、思わずゾロと二人声を揃えて叫んじまう。

 「料理って・・・・・・・・・おいルフィ、何の冗談だ?」

 「冗談じゃねえ!俺だって出来るぞ、簡単な料理くらい!村にいる時マキノに教えてもらった事あるしな!」

 「マキノ・・・・・・・・・?」

 「いっつも俺やエースに美味い料理を食わしてくれた人だ!だから安心してサンジは座ってろ、いいな?」

 「や、でもおいルフィ・・・・・・・・・」

 「さー、やるぞ!ゾロも手伝ってくれよ!」

 「ったく・・・・・・・・・・・しょうがねえなぁ・・・・・・・・・・」

 面倒臭そうに呟きながらもルフィの横へと移動し、楽しそうに笑い合うゾロ。

 それを見ていられなくて、俺は二人に背を向けるように椅子に座り直した。

 心臓が痛い。

 気を抜くと涙が零れそうで、必死に気を逸らそうと目を閉じた。

 二人の会話が聞こえないよう、雨音に神経を集中させて。

 それでも時折耳に入ってきてしまう楽しそうな声に、少しずつ心が蝕まれていくような錯覚。

 _________早く、この場から逃げ出したい_________

 そう願っていた俺の肩をポンッと叩き、ルフィが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 「サンジ、大丈夫か?傷、痛いのか??・・・・・・・顔色悪いぞ。」

 「あ・・・・・?・・・・・・・・・・・ああ、大丈夫だ。それより出来たのか?」

 「おう!ほとんどサンジが作っておいてくれた奴を温めたりしただけだけどな!肉はちゃんと焼いたぞ!」

 次々とテーブルに運ばれてくる食事。

 パッと見は普段と変わらない食卓になった。

 「じゃあ早速食おうぜ!いっただっきま〜す!!」

 言い終わる前にもうルフィの両手には肉が握られ、物凄い勢いで口の中へと運ばれていく。

 その姿に苦笑しつつ、「いただきます」と小さく言ってからルフィが焼いた肉を取り一口噛んだ。

 ただ肉に塩を振って焼いただけの、極シンプルなもの。
 
 まあでも、思ってたよりはちゃんと中まで火も通っているし、塩加減も丁度良かった。

 そう思っていると。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ、結構美味いな、これ。」

 たった一言。

 呟かれた、ゾロの言葉。

 「だろ?でもなぁ〜、やっぱサンジが作った飯が一番美味えなぁ〜、明日にはナミもサンジに料理してもらっていいって言うかな?」

 楽しそうにそう言うルフィの声も、耳を素通りしていくだけ。

 美味い、と。

 普段の食卓では絶対に聞く事の無い単語が、ゾロの口から発せられた事への驚き。
 
 それ以上に、その言葉を言わせたのがルフィであるという事実。
 
 __________当然の、事か。

 好きな奴が作ったモンは、どんなのだって美味いだろうし。

 嫌いな奴が作ったモンは、どんな好物だって不味く感じるもんだろうし。

 俺がこの船に居る価値なんて、ゾロにとっては皆無なんだよな。

 ルフィが作った飯食ってりゃ身も心も満たされるんだろう。

 わかっていた、はずなのに。

 いざ目の前にその現実を突き付けられると息が止まりそうだった。

 「・・・・・・・・・サンジ?大丈夫か?お前さっきから変だぞ??」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平気だ・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そう呟き、機械的に手を動かして食べ物を口に入れ水で流し込んでいく。

 味も何もわからないまま。 

 ほんとはそんな事してるようじゃ料理人失格なんだろうけど。
 
 自分じゃもうコントロール出来ない。

 「・・・・っは〜、食った食った!これで寝られるな!!」

 「ったく・・・・・・・お前一人で食い過ぎなんだよ。明日また買出し行かなきゃなんねえじゃねえか。」

 「そんな事言ったて、ゾロだって結構食ったじゃねえか!」

 「あ〜あ〜わかったわかった。耳元で騒ぐな、アホ!」

 _________もう、限界だ。

 「・・・・・・・・・ルフィ、悪かったな、料理作らせちまって。結構美味かったぜ?」

 笑顔を浮かべそう言ってやる。

 「ほんとか?良かった〜、でもやっぱサンジの飯の方が美味ぇよ!」

 「ったり前だろ?まあ、この怪我が治ったらいくらでも食わしてやるよ。・・・・・・・・さ、後は俺が片付けとくからお前達は部屋戻ってろ。」

 「え?俺片付けもやるぞ??」

 「いいんだよ、そこまでしてもらっちゃ俺の立場もねえし。一人でゆっくりやるから気にすんな。ほら、ちょうど今雨足弱くなってきてるし。」

 「でも・・・・・・・・・・・・・・・」

 「おら、てめえもとっとと出てけ、邪魔なんだよ。」

 「・・・・・・・・・んだと?」

 「明日にはナミさん達も帰ってくるだろうし、ほら今日はもうとっとと寝ろ!さ、出た出た。」

 「お、おい・・・・・・・・・」

 無理矢理ルフィとゾロの背中を押してキッチンから追い出す。

 「あ、俺今日キッチンで寝るから。お前達も雨が中入ってこねえようにちゃんと鍵かけて寝ろよ。」

 さり気なくそう告げると

 「じゃあな!」

 笑ったままそう言って勢い良くドアを閉ざし、中から鍵を掛けた。

 徐々に遠くなっていくルフィの声を聞きながら、その場に崩れるように座りこむ。

 「・・・・・・・・ふっ・・・・・・・・・・・」

 精一杯我慢していた涙が堰を切ったように瞳から溢れ出した。

 「うっ・・・・・・・・・ひっく・・・・・・・・・・・っつ・・・・・」

 これでいい。

 きっと今夜、ゾロはルフィを抱くだろう。

 こんな絶好の機会はそうそう無いはずだから。

 だから今日部屋には戻らないとわざわざ告げた。

 鍵を掛けろと念も押した。

 これぐらいしか俺には出来ないから。

 お前の背中を後押ししてやるよ_______ゾロ。































 どれくらい時間が経ったのかもわからない。

 涙も枯れ果てた。

 のろのろと立ち上がり、テーブルに手を付いてふと視線を上げると、そこには一枚のカレンダー。

 その時、ようやく気付く。

 明日は_________3月2日。

 俺の___________誕生日。

 「は・・・・・・・・・・・はは・・・・・・・・・」

 渇いた笑いを浮かべながら、キッチンの奥へと毛布を掴んでゆっくり歩いていく。

 適当な場所に腰を下ろすと、持ってきた毛布に包まり膝を抱え込んだ。

 誰にも明日が誕生日だとは伝えていない。

 自分から言うのも何となく気が引けたし、何より『誕生日』自体あまり好きじゃなかったから。

 「・・・・・・・・・・・誕生日、か・・・・・・・・・・・・・」

 ある意味、これは神様から俺へのプレゼントかもしれねえな。

 自分がこの世に生を受けた日に。

 アイツへの想いを無に返す。

 欲しいものを諦めるなんて簡単に出来る事なんだから。
 
 ずっとそうやって俺は生きてきたんだから。

 ちょっと今回はなかなか諦めがつかなかっただけ。

 いつもより、ほんの少しだけ『欲しい』って想いが強かっただけ。

 でもそれも今日で__________やっと、終わる。

 「・・・・・・・・・・・・・・っつ・・・・・・・・・・・・・・」

 また痛み出した火傷を庇うように左手を包帯の上からそっと添え、胸に抱く。

 自分の胸の痛みを代弁するかのような傷の痛みに、止まったと思っていた涙が一滴、頬を伝い落ちていった。

 もう泣かないと決めたのに。

 勝手に零れ落ちる涙を止める術が見つからない。

 _________だったら、今だけ。
 
 明日にはちゃんと笑顔を浮かべるから。

 あの二人を見ても、平然と軽口を叩くようにするから。

 この涙が止まるまで、見逃して欲しい。

 「っく・・・・・・・・・・・・・・・ひっく・・・・・・・・・・」

 外は嵐。

 思い出されるのは、過去の忌まわしい記憶。

 怖い。

 苦しい。
 
 助けて・・・・・・・・・・。

 あの時と同じ感情に支配されてはいけない。
 
 一人で耐えなければ、俺が俺じゃなくなっちまうから。

 そう頭ではわかっていても、嵐の恐怖とゾロへの報われない想いを消す事、二つを同時に出来るほど俺は器用じゃなかったようで。

 心が裂かれてバラバラになっちまうような錯覚を覚える。

 それでも、それらから逃げ出す事など俺には許されないから。

 押し寄せてくる恐怖と必死に戦いながら、流れ続ける涙を拭おうと顔を上げたその時。

 ドンドンと、ドアを叩く音。
 
 「・・・・・・・・・・・・・?」

 この風のせいで何か飛んできたものがドアに当たったんだろうと思った次の瞬間。

 バンッと大きな音と共に破られたドア。

 そして、そこには__________

 居るはずのない、男の姿。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 驚きの余り声も出せず、ただじっと見つめる事しか出来ない俺。

 そんな俺に向かって真っ直ぐ歩いてくると、いきなり手を掴まれ有無を言わさず上に引っ張られる。

 「!?」

 無理矢理立たされ、声も出せないでいると、ゾロが何かに気付いたように手を伸ばしてきた。

 そして、そっと・・・・・・・・・俺の頬に触れる。

 「・・・・・・・・・・・!?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・何泣いてんだよ・・・・・・・・・・・・・?」

 小さく、呟くような声。

 まるで俺を心配してくれているかのような、優しい声色。

 _________冗談じゃねえ。何処まで俺を追い詰めりゃ気が済むんだ・・・・・・・・・??

 見当違いと知りつつ、ゾロの不可解な行動に腹が立った。

 その手を振り払うようにすると、声を荒げ一気に捲くし立てる。

 「泣いてなんかいねえよ!それより何しに来やがった!?・・・・・・・・ルフィはどうしたんだよ?」

 何でお前がこんな所に居るんだ?

 顔なんか見たく無いのに。

 声なんか聞きたく無いのに。

 もうこれ以上俺を苦しめないでくれ・・・・・・・・・・・!

 だけどゾロは俺の言葉に何も言わず、ただあの・・・・・・・・・鋭い目線を向けるだけ。

 そして。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・た、ルフィかよ・・・・・・・・・・・・・・・」

 絞り出すように、苦しげな声を発する。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルフィ?

 「ああ、そうだよ。まさかお前ヤッた後そのままにしてきちまったのか?そりゃまずいだろ・・・・・・・・」

 泣きたくなるのをグッと堪え、わざとそんな言葉を投げ掛けても。

 『ヤッた』って単語に心が押し潰されそうになってしまう。

 耐えなくちゃいけないのはわかってるから。

 語尾の震えを誤魔化すように、タバコを銜えようとポケットを弄った。

 だが、そんな俺の動きを遮るようにゾロに腕を掴まれてしまう。

 「・・・・・・・・・な、に・・・・・・・・すんだよ、この・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・ヤッたってのは、どういう意味だ?」

 抑揚の無い押し殺したような声。

 ・・・・・・・・・・俺にそれを言わせたいのか?

 なら________お望み通り言ってやるよ。

 「・・・・・・・まんまの意味だろ?ルフィとセックスしてそのまんま置いてきちまったのかって言ってんだよ!!知られてねぇとでも思ってたか?

 生憎バレバレだよ。だからわざわざ俺がお膳立てしてやったんだろ?ちょっとは感謝して欲しいくらいだぜ・・・・?」

 息も付かず、一気に捲くし立てる。

 だが俺の言葉が終わらないうちに、胸倉を掴まれ物凄い力で締め上げられた。

 「なっ・・・・・・・・お、い・・・・・・・・・・・・・・ゾ・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・何訳のわかんねえ事ほざいてやがる。」

 その声は怒りに満ちていて、吐き捨てるように言葉を俺に投げ付けてくる。

 「俺がルフィとセックスしただぁ!?どっからそんな馬鹿みてえな話が出てくんだよ。それは俺じゃなくててめえの願望だろうが!!」

 「・・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・・に・・・・・・・・・・?」

 息苦しさに声が掠れ、ゾロが言った意味がすぐには理解出来なかった。

 そんな俺を見ながら拘束を緩めると、呟くように、苦しそうに言葉を投げ掛けてくる。

 「・・・・・・・・てめえがルフィに惚れてんだろ?訳わかんねぇ事言ってんじゃねえよ・・・・・・・いつもいつも、てめぇはルフィの事しか

 見て無かったじゃねえか。アイツに何か言われりゃホイホイと言う事聞きやがって・・・・・・・・この、怪我だってそうだ。」

 呆然とする俺の右手首をそっと掴み、上に持ち上げると苦々しげに見つめる。

 「・・・・・・・・これだって、ルフィを庇って出来た傷だろ?・・・・・・・コックの命とか言って戦闘でも手を使わねぇてめえが・・・・・・・・・・・

 手に熱湯かかるのを承知でルフィを庇いやがって・・・・・・・」

 「ちょ、ちょっと待てゾロ。」

 何を言っているんだ?

 そんな言い方、まるで・・・・・・・・・・

 「俺がルフィに惚れてる??んな事ある訳ねえだろ。今更誤魔化すなよ・・・・・・・!俺がルフィと話てる時、てめえずっと俺の事を

 睨み付けてたじゃねえか。この火傷負った時だって、てめえはルフィの心配してたんだろ?皆に知られたくねぇってんなら黙ってるから・・・・」

 だから、そんな俺が良いように取っちまうような、誤解しちまうような事言わないでくれよ。

 でも、ゾロの瞳は何の迷いも無く、只真っ直ぐに俺に向けられていて。

 ________胸が、痛い。

 「・・・・・・・じゃあ、てめえはルフィの事なんて好きじゃねえってんだな、サンジ?」

 名を呼ばれ、鼓動が跳ねた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「黙ってるって事は肯定とみなすぞ。」

 何処か切羽詰った言い方で、確認するように俺の目を見つめる。
 
 そして_________

 「もしかしたら俺の自惚れかもしれねえ。だが・・・・・・・どっちにしろ、お前に言うつもりでここに来たんだ、覚悟は出来てる。

 黙って聞いてくれ。・・・・・・・・・・・俺はサンジ、お前に惚れてる。」

 「・・・・・・・・な・・・・・・・・・」

 「お前がルフィに惚れてるって気付いた時、俺は自分の気持ちを抑えようと躍起になった。だがそんな俺を嘲笑うかのようにこの気持ちは
 
 どんどん膨らんでいっちまって・・・・・・・・・お前がルフィに投げ掛ける笑顔を見て、胸が締め付けられるようだった。

 その時の俺のルフィを睨み付けちまっていた目線をお前は勘違いしたのかもしんねぇな。・・・・・・お前が、俺がルフィに惚れてるって

 勘違いしてるって知って・・・・・・・正直驚いたし、戸惑った。だってよ、それって・・・・・・・逆に言えば、お前が俺に惚れてるって取れるから。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「サンジ、はっきり聞く。お前が俺とルフィの仲を取り持とうとしたのは・・・・・・・・・俺に、惚れてるから、か?」

 「・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・」

 「はっきり言ってくれ、違うなら違うと。・・・・・・・・俺はサンジ、お前に惚れてる。もう逃げたり誤魔化したりするのは御免だ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 言葉が出ない。

 代わりに涙が頬を伝い落ちていった。

 これは・・・・・・・・夢だろうか?

 性質の悪い冗談?

 それでも・・・・・・・・・・いい。

 例え、俺も好きだと告白した途端にゾロに冗談だ、と鼻で笑われても。

 今の俺には、ゾロが言ってくれた言葉だけが真実になるから。

 だが返事をしようとしない俺を見て、ゾロは軽く溜息を付くと俺を優しく抱き寄せ耳元に囁きをくれた。

 「・・・・・お前、俺が言った事信じてねえだろ。俺が『冗談だ』って言い出すとか思ってんじゃねえか?」

 自分の心情をズバリ言い当てられ、驚きで目を見張った。

 「・・・・・・・・ずっとお前を見てきたんだ、それくらいわかる。・・・・・・・・お前が信じるまで、何度だって言ってやるよ。

 ・・・・・・・・・俺はサンジ、お前が・・・・・・・好きだ。誰にも渡したくねぇ。ずっと、俺の側に居て欲しい。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゾ・・・・・・・・・」

 「そして、こんな嵐の夜には俺を頼ってくれ。・・・・・・・・一人で耐えようとしないでくれ。・・・・・頼むから・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・ゾロッ・・・・・・・・・・」

 「お前の苦しみも、悲しみも、笑顔も全部・・・・・・・・・・俺が、引き受けるから。」

 「っく・・・・・・・・・・・・・・ゾロ、ゾロッ・・・!」

 涙で視界がぼやけ、必死にゾロのシャツにしがみ付く。

 そんな俺の背中を優しく包み込むように撫で上げながら

 「・・・・・・・さっきの質問の答えは、俺に惚れてるって事でいいんだな・・・・・・・?」

 声のトーンを少し落としながら、確認するように問い掛け直すゾロに。

 今出来る最高の笑顔を向け、答えを贈った。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き。誰よりも・・・・・・・・何よりも、ゾロが・・・・・・・・・・・好き。」

 その時のゾロの満面の笑みを、俺は一生忘れる事は無いだろう。

 





























 欲しいモノと、手に入れる事が出来るモノ。

 両方手に入らないのなら、ずっと手に入れる事が出来るモノだけでいいと思っていた。

 でも、今。

 生まれて初めて、欲しいモノと手に入れる事が出来るモノが、一つになって。

 俺の側にある。

 その至福を感じる事が出来た、19歳の誕生日は。

 俺の、宝物______________






                                                                           Fin



<コメント>

藍月ひろ様のサイトのサン誕企画作品をGET!!
いや〜んvv せつなハッピー系ですvv
さすが、お師匠様vv この切なさが・・・
ラストのハッピーさを印象づけるんですよねvv
今回は、ルフィですよ、ルフィ・・・
ロロノアは、相変わらず格好良くてvv
サンジも、格好可愛くてvv
本当に素敵な作品をありがとうございますvv
こんな素敵で格好可愛い二人が一杯の、素敵なひろ様のサイトは、
こちらから

<treasure>