卒業まで後1ヶ月となった1月。
夕暮れに染まった教室で、サンジは1人佇んでいた。
どれくらい、そうしていただろう。
しばらくしてから、廊下から足音が響いてきた。
そしてがらっとドアが開いた。
「ん?以内と想ったら、こんなトコいたのかよ」
教室に入ってきたのは、胴着姿のゾロだった。
「・・・・・・よぉ」
「いつもなら道場来るくせに、どうしたんだ?」
「お前と話したくてよ・・・・・・」
「話?」
サンジは椅子から立ち上がると、極力ゾロを見ないようにして。
「・・・・・・別れようぜ」
「・・・あ?」
「だからっ・・・・・・。別れようぜ、俺達」
「・・・・・・お前、何言ってんだ?」
今まで喧嘩するたびに飛び出してきた言葉。
だけどいつだって、本気じゃなくて。
今回だっていつもの冗談だろうと、ゾロは小さく笑った。
「なんだぁ?ご機嫌斜めかよ?」
笑いながら伸ばした腕は、ぴしゃりとサンジに叩かれた。
「・・・・・・サンジ?」
「もうやめにしてえんだよっ」
「な、に言って・・・」
「もう卒業だしな。ついでだから、お前との関係も卒業しようと想ってよ」
「お前っ・・・・・・!マジで言ってんのかっ!?」
「マジに決まってんだろうがっ!!」
サンジはどんっとゾロを突き飛ばすと、鞄を掴んで教室を飛び出す。
「サンジっ!!」
「もう2度と!お前とは口もきかねえし、近づかねえ!お前も俺に近づくなっ!!」
何処か悲鳴めいた声でサンジは叫ぶと、一目散に廊下を走り去っていった。
「サンジっ!」
慌てて後を追ったけれど、サンジの脚力に追いつける訳はなく。
誰もいない夕暮れの廊下で、ゾロは呆然と立ち尽くしていた。
一緒に未来を見に行こう
次の日、窓際の自分の席で、サンジはぼうっと外を眺めていた。
そして口からは無意識のため息。
「はあ・・・・・・」
「なぁに?ため息なんかついて。どうかした?」
「えっ?」
突然声をかけられて、サンジははっと我に返る。
いつの間にか前の席に、ナミが座っていた。
「ナミさん」
「どうしたの?辛気臭い顔しちゃって〜」
「俺、そんな顔してました?」
「うん。進路決まってるってのに・・・。まあ、進路決まってなくても呑気なやつはいるけどね・・・」
そう言いながら、ナミはちらりと視線を後ろにやる。
サンジもつられるように見ると、教室の中心ではルフィとウソップがはしゃいでいた。
「あいつら、まだ進路決まってないの?」
「ウソップは美大に推薦。ルフィだけよ、決まってないのは・・・」
「まあ・・・、あいつは大学に行くって感じじゃないしね」
「ゾロだって決まったのにね〜」
「っ・・・!」
突然出てきたゾロの名前に、サンジはびくりと身体を震わせた。
当然、そんなサンジの様子をナミが見逃す訳はなく。
「そういえばゾロ、今日はまだ来てないわね」
「・・・・・・進路決まったから、安心してどっかで寝てんじゃないかな・・・」
何でもない風を装っているけど、サンジの声は僅かに震えていた。
「・・・・・・サンジくん。ゾロと何かあった?」
「別に?」
「ほんと?」
「ナミさんに嘘はつかないよ」
そうは言ってみるものの、大きな茶色の瞳に、全てを話してしまいそうになる。
ナミに心配をかけまいと、サンジはにこっと微笑むと。
「俺、ちょっと一服してくるね」
「え、ちょっとサンジくんっ!」
自分を呼び止めるナミの声にも振り向かず、サンジは足早に屋上へと向かう。
壊れた鍵を乱暴に蹴り壊して、がちゃりと重い扉を開く。
視界に飛び込んでくる眩しい空に瞳を細めながら、いつもの場所に座り込んで。
ポケットでくしゃくしゃになった煙草を取り出して、ジッポで火を点ける。
「ふぅ〜・・・・・・」
消えていく白い煙を見ながら、ぐしゃっと髪をかきあげる。
「ナミさんてば鋭いなぁ・・・・・・」
自分では普通にしていたつもりなのに、彼女の観察眼には隠し切れなかったみたいだ。
別れを告げたのは自分の方なのに。
どうしてこうも動揺してしまうのだろう。
「馬鹿みてぇ・・・・・・」
じゅっと短くなった煙草を消して、2本目を口にしようとした時。
がちゃりとドアの開く音。
サンジは慌てて煙草を直すと、その場から離れようとした。
だけどその前に、後ろから腕を掴まれた。
「っ!?」
そこにいたのはゾロで。
眉間には皺が寄り、その皺の深さがゾロの不機嫌さを現していた。
「・・・・・・・・・・・・離せ」
「昨日、ずっと考えてた」
「離せよっ・・・!」
「なんかしたかと想って、いろいろ考えたけどさっぱりわからねえ」
「話しかけんなって言っただろうがっ!!」
「俺にはお前と別れる理由はねえ。だから別れねえ」
「お前になくても俺にはあるんだよっ!!」
掴まれた腕が熱い。
早く離して欲しい。
このままだと―――――――――決心が揺らいでしまうから。
「理由ってなんだ?」
「お前がっ・・・・・・嫌いになった・・・!」
「ほんとに?」
「嫌い、だっ・・・!大っ嫌いだっ・・・!!」
お願いだから。
これ以上。
心を揺らさないで。
これ以上――――――嘘を言わせないで。
「離せ、このクソ野郎っ!!!」
強引に腕を振り払うと、サンジはきっとゾロを睨みつけた。
今だ熱い腕をぎゅっと握り締めて。
「てめえなんか大嫌いだ。今度、俺に話しかけてみろ・・・。ぶっ殺してやる」
「ぶっ殺されるのはご免だが、その言い分は聴けねえ」
「・・・・・・・・・付き合ってられるかっ」
「サンジ」
「っ・・・!?」
ぐいっと腕を引っ張られたサンジは、そのままゾロの胸の中に倒れこんだ。
そして強引に顎を掴まれて、口を塞がれた。
「んむっ・・・!!」
突然の事で、閉じる暇もなかった隙間から、ゾロの舌が差し込まれた。
ソレは無遠慮にサンジの口内を這い回り、敏感な部分を愛撫する。
「んくっ、ふぅっ・・・!」
どんどんと拳でゾロの胸板を叩くけど、鍛えられた身体の前では意味を為さない。
そのまま剣ダコだらけの手で掴まれて、どんと壁に押し付けられる。
くちゅりと濡れた音が響いて、強く舌を絡められる。
執拗に追ってくる舌に、眩暈を起こしそうになる。
息が切れそうになった頃、ようやくゾロの唇が離れた。
―――離れる瞬間、濡れたサンジの唇を舐めて。
「っ・・・!」
「サンジ」
「っの野郎・・・!」
拘束されていた腕を解かれたのと同時に、サンジは思い切りゾロの頬を殴り飛ばす。
「っつ・・・・・・」
「ふざけんなっ!!!」
真っ赤な顔をして怒鳴ると、屋上から飛び出していった。
1人残されたゾロは、唇の端から流れた血を脱ぎながら。
「・・・・・・・・・・・・・・・痛え」
ばたばたと走りながら教室に戻ってきたサンジは、鞄を掴むとそのまま教室を出て行く。
「ん?おい、サンジっ。何処行くんだ?」
「早退するっ・・・・・・」
「早退ってお前、どっか具合でも悪いのか?」
「ウソップ、上手く言っといてくれよ」
「お、おい?サンジ?」
ウソップが止めるのも聴かずに、サンジは教室を出る。
そこで戻ってきたゾロと鉢合わせ。
「っ・・・!」
「・・・?何処行くんだ?」
さっきの出来事が嘘みたいに、普通に接してくるゾロに、サンジの怒りはますます酷くなる。
だんっとゾロを蹴り飛ばすと、サンジは早退してしまった。
「ゾ、ゾロっ!大丈夫かっ!?」
それを見ていたウソップが、慌ててゾロに駆け寄る。
「うおーっ!?お前、血出てるぞっ!?」
「や、問題ねえ」
「・・・なんかあったのか?」
「・・・・・・・・・わかんねぇ」
「・・・サンジのヤツ、最近変だよなぁ」
「あ・・・?」
言ってから『しまった』とウソップは口を押さえた。
「どういう事だ?」
「いや、その・・・だな・・・」
「おい、ウソップ!」
「わかったよ〜、話すよ〜」
ゾロに詰め寄られて、ウソップは渋々と口を開いた。
「お前さ、警察学校行く事になっただろ?」
「ああ」
「サンジのヤツ、それ知ってからさ、なんか変なんだよなぁ」
「・・・・・・なんでだ?」
「そんなの俺が知るかよ」
「まーったく、鈍いやつね!」
いつの間にか、2人の傍には腕組みをしたナミが立っていた。
―――酷く呆れた顔をして。
ナミは首を振りながら大袈裟にため息をつくと、何故かゾロではなくウソップと向き合った。
「ウソップ。私が今から質問するから、想ったままに答えてね?」
「・・・?お、おう」
「警察官のイメージは?」
「んー・・・・・・。清廉潔白、かな?」
「じゃあその警察官が、男同士で付き合ってるとしたら?」
「俺は個人の自由だと想うけど、世間体としてはイメージ悪いんじゃ・・・・・・あ」
そこまで口にして、ウソップははっとしたように口を閉ざした。
ちらりと窺えば、ゾロも何かに気づいたように瞳を見開いている。
「・・・・・・・・・そういう事よ。わかった?」
「あの馬鹿がっ・・・・・・!!」
吐き捨てるように呟くと、ゾロはダッシュで教室を飛び出していった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
早退したはずのサンジは、何故か誰もいない剣道場にいた。
「なんで俺、ここに来たんだろ・・・・・・」
何故かなんて、そんな事わかっている。
ここは――――――ゾロの存在を知った場所。
高校に入学してまだ間もない頃、偶然ここを通った時。
誰もいない道場で、1人稽古をしているゾロ。
その凛とした姿に、サンジは一目惚れしたのだ。
「懐かしいなぁ・・・・・・」
くすりと小さく笑うと、サンジはゆっくり道場の床に座り込む。
しぃんとした空間の中で頭に浮かぶのは、ゾロとの想い出ばかり。
ゾロから告白されたのもここだったし、初めてキスを交わしたのもここ。
そして初めて身体を繋げたのもここ。
「あいつ、ケダモノだしなぁ」
『ここじゃ嫌だ!』と泣いてごねたサンジに、何度も『ごめん』を繰り返して、結局ヤってしまったのだが。
その時の事を想い出して、くすくすと笑いが零れる。
それと同時に、ぱたりと床に雫が零れた。
「っ・・・・・・」
自分で決めたはずなのに。
警察官になるゾロの傍にいたら、自分はきっと邪魔になるから。
だから、自分から『別れよう』と言ったのに。
「ぅ・・・・・・ひっく・・・」
溢れ出した涙は堰を切ったように流れて、床に水溜りを作っていく。
「っ・・・・・・・・・ロっ・・・」
ぎゅうっと痛いくらい手を握り締めて、床に崩れてしまいそうになった瞬間だった。
「っ・・・!?」
突然、背中から苦しいくらい抱きしめられた。
それが誰かなんて振り向かなくても、身体が覚えている。
「ゾ、ロっ・・・!」
「よかった・・・。まだ帰ってなくて・・・」
「っ・・・離せっ・・・・・・!!」
「俺は」
じたばた暴れる身体を閉じ込めるように、ゾロの腕に力がこもる。
「確かに警察官になるけど、お前を邪魔だなんて想わねえ」
「なっ・・・・・・」
「それにお前と付き合ってる事が恥ずかしい事だとも、悪い事だとも想ってねえ」
ぎゅっとさらにきつく抱きしめられて、息が苦しくなる。
そしてゾロが首筋に顔を埋めてきた。
「っ・・・!」
「・・・・・・心底、お前に惚れてんだ。離れないでくれ・・・・・・・・・」
「うぇっ・・・・・・」
駄目だと、想った。
もうこれ以上――――――嘘はつけなくて。
涙はさっき以上に溢れて、抱きしめているゾロの腕を濡らしてく。
「泣くなよ・・・」
「馬鹿っ・・・・・・!馬鹿っ・・・!」
「うん・・・?」
「俺、はっ・・・!お前が警察官になるからっ・・・・・・、だから邪魔になんないようにって・・・!」
「邪魔になんかなんねえ」
まるでサンジに言い聴かせるように、耳元で低くて甘い声で囁く。
身体に染み込むようなその声に、サンジの肩は震えた。
「てか・・・、お前が傍にいねえと俺が駄目になる」
「ゾロっ・・・・・・!」
ぐるりと身体を反転させると、サンジはぎゅうっとゾロにしがみついた。
「もっ・・・・・・、絶対離れねえんだからなっ・・・・・・!」
「上等だ。嫌だっつっても離さねえ」
「好きっ・・・・・・!」
「ああ。俺も大好きだ」
誰もいない道場の真ん中で、強くきつく抱き合って。
乾いた唇と、涙で濡れた唇が重なった。
まだ日が高い時間。
自主的に早退した2人は、手を繋ぎなが帰路につく。
「なあ・・・」
「ん?」
「警察学校って・・・・・・門限とかあんのか?」
「多分、あったと想う」
「そっか・・・・・・。んじゃ、あんまり逢えなくなるな・・・」
寂しくなって俯いたら、きゅっと手を握り締められた。
ふと顔を上げたら、ゾロが悪戯っぽく笑っていた。
「門限なんて気にしねえ。破ってでもお前に逢いに行く」
「・・・・・・・・・不良警官」
本当に破りそうなゾロに、サンジも笑って。
眩しいくらいの日差しの下で、またキスをした。
何処までもいつまでも。
一緒に未来を見に行こう。
END.
<コメント> いやあんvv レボレボ☆あゆみちゃまの70000キリ番踏んで頂いたものです。 『学生ゾロサン』をとのあやふやなリクでこんな素敵な物をvv ゾロの為に身を引こうとするサンジの健気さがほろり。 それ以前に(ん?)、ゾロの漢前なこと!! こんな警官なら、ストーカーになります!(笑) ありがとうvあゆみちゃまvv 拙なサイトが潤って助かりますvv 本当にごちそうさまなのだ! こんな素敵で、エリョエリョラブなあゆみちゃまのサイトは、こちらから、どうぞ〜vv |