happy end |
蒼は、今にも泣き出しそうだ。 「ハッピーエンド≠チて、どういう意味だと思うよ?」 「あ?」 案の定な反応を見せる剣士に、サンジはもう一度問う。 「だから、ハッピーエンド≠チて何なんだろうなって」 ゾロとサンジ、ふたりしか居ない船尾。静まり返る場処に穏やかな風だけが、船上を駆け回 る。遠い闇で輝く月は、雲に遮られてその姿を影に隠す。 剣士は眉間に皺を寄せて、料理人の顔をじっと見遣る。 唐突な話を始めるのは、或る意味この料理人の得意技ではあるが、今回の話もまた唐突過 ぎる。 サンジは、訝しげなゾロの表情など構わずに深い緑の眸をじっと見返す。 何かしらの返答を待っている蒼い眸に、ゾロは小さく息を吐く。此処で適当な事を云ってしま うのは簡単なのだが、其れをしてしまえばサンジの逆鱗に触れてしまうことは容易に想像が 付く。かと云って、気の効いた・・・・・サンジが満足するような返答をする手立ても見当たらな い。 思わず宙を仰ぐゾロの仕草に、これまた案の定の反応過ぎるとサンジは噴出す。 「何が可笑しい」 不服そうに云うゾロに、サンジは酒瓶を向けながらまた笑った。 ゾロの手に握られたグラスに、透明の液体を注ぐ。波音と、サンジの笑いを堪えた声がグラ スに吸い込まれるアルコールの小さな音と混ざり合う。透明なグラスに、透明な液体。無色 同士の関係は、其処に何を生み出すのだろう? 「幸せな終わり」 「そのまんまじゃねーかよ」 正しくそのままの返答をするゾロに、サンジはくくっと喉を鳴らして笑う。 雲の隙間から、月が少しだけ顔を覗かせた。 サンジとゾロ、ふたり分の影が模られる。そして、無色のグラスと液体は光に照らされて存 在を輝かせた。 「じゃあ、幸せな終わりって何だよ?」 堂々巡りのような遣り取りに、ゾロは今度は盛大な溜息を吐く。 サンジは、解っていて問うて来るのだ。ゾロが気の効いた科白など吐ける訳がないと解って いても、問う。其れは、彼自身の中で答えが出ていないからなのか、それとも単なる暇潰し なのかは知れない。けれど全てを承知の上で、ゾロの返答を求めている。 此れは単なる自分のエゴだと知っていながら、問う。 「アレだろ、昔話とかである、メデタシ メデタシ≠チてヤツじゃねぇのか?」 「がっ、詰まんねぇ〜」 首をがっくりと落として項垂れながらも、サンジの声は何処か弾んだままだった。 「聞く相手を間違えてんだよ、テメェは」 「しょうがねぇじゃん?オレは、クソデコ剣士に聞きてーんだから」 俯けていた顔を上げて、サンジはニッと笑んだ。 不敵な程に綺麗に吊り上がる口角。ゾロのグラスに注がれた液体は、その姿を半分ほどに 減らしていた。其れでも未だ、月の導きに反応して輝いている。 風が頬を撫でた。 「終わりが在れば、始まりも在る。んでもって、始まりが在れば、終わりも在る」 サンジは、静かにゾロと眸を合わせた。雲がまた、月を隠す。続けた。 「始まりと、終わりは同じ場処に居る」 蒼の眸が、細まる。柔らかな風が吹き、金糸を揺らす。そして、蒼を隠した。 サンジは何事も無かったかのような手つきで、蒼を覆った金糸を静かに退けた。 現れる、蒼。 「きっと死ぬまで、其れの繰り返しだ」 「終わりはナイ」 「幸せな終わりの筈が、だぜ?」 コトバを区切りながら、サンジは云った。 其処まで聞いて、おぼろげながらもゾロは、サンジが云わんとする事が見えた気がした。明 確ではないけれど、感じた・・・・・そんな気がする。 「例えば、オレとオマエ」 眸はゾロを捕らえている筈なのに、何処か違う場処を見ているような表情でサンジが云う。 「今現在、ラブラブ・・・・・でも、それにも終わりは何時か、来る」 ラブラブ≠ニいう表現は止めろ・・・等と、今はどうでも良いことをゾロは想う。 「何故なら、オレたちは既にハッピーエンドを迎えちまってるから」 だろ?と、眸でサンジは告げる。 「けど、終わりはないんだ。死ぬまで、足掻き捲くる。ハッピーエンドを繰り返しながら な・・・・・」 彷徨う蒼の眸は、やっとゾロの眸と合わさる。 「阿呆か」 盛大な溜息と共に、ゾロは片眉を器用に上げて云った。 「毬藻が阿呆とか云ってんじゃねー、莫迦毬藻」 間髪入れずに返るサンジの抗議は無視してゾロは続ける。 「終わりと始まりが同じ処に居るんなら、何度でも始まれば良い。何度終わっても、始めれば 良い」 海の蒼よりも、深くて澄んでいる眸を捕らえたままゾロは云う。 「オマエが云うように、確かに終わりは無い」 気紛れな闇は、また月の姿を現す。サンジの持つ金が、光に馴染み輝きを生む。ふたり分 の影が、再度現れる。 「けどな、オマエは肝心な事を忘れてるぜ?」 揺れる眸。 ゾロは、答えを待つサンジの様子に、普段よりも幼いものを感じて少し笑んだ。 サンジという男は、大概余裕を持って相手に接する。傍から見れば生意気な領域に入るそ の態度。自分に自信を持っているようで、反面、嘘のように自分に自信が無い。例えば、彼 は与えることに何ら苦痛がない。其れはある種料理人の本能なのかも知れないし、或いは 彼が生まれ持った本質。与えることには何の違和感も嫌悪感も無いくせに、与えられるこ と≠ノ慣れていない。どうして良いのか解らないのだろう。求めることに、不器用。喜怒哀楽 が豊かな表情は、与えられること・・・求めることへの変化する術を知らないように。 「んだよ・・・・・」 黙った侭のゾロに、サンジは少し口唇を尖らせる。一層幼くなる表情にゾロはまた、笑った。 こうやって、コロコロと変わる仕草を見るのは嫌いではない。否、寧ろゾロの前でしか見せな いこういったサンジの表情は、ゾロにとっては楽しみでもある。 「オレと、オマエは未だ始まったばかりだぜ?」 「終わりは、無い」 「小さなハッピーエンドってヤツは在るかも知れねえ・・・・。けどな、オレたちに終わりは無い」 ゾロの低い声は、穏やかな空気に乗って確実にサンジの耳に、そして心の中にまで届い た。 始め、何時もと同じ様に振舞っていたけれど、何処か頼りなげな色をしていたサンジの眸に 何時もの不敵な色が戻る。 「毬藻にしちゃ、上出来」 皮肉めいた科白は、何処か嬉しそうな響きを持って吐き出された。 そして、前触れも無くサンジはゾロに抱きつく。宛ら、体当たりをするかのように。そして、ゾ ロはぶつかるように預けられた身体を至極当然のように受け止める。 振動に、グラスが少しだけ揺れた。透明な液体に小さな波が起こる。 「にしても・・・・仏頂面で臭い科白吐く癖、いい加減辞めろよな」 ゾロの心臓の真上の辺りでサンジが笑いながら云う。厭味を云う口唇とは裏腹に、その頬は きっと朱に染まっているのだろう。色づいている項を見遣りゾロは想う。 「生きてくなんて、所詮テメェが云うとおり悪足掻きの連続だしな。其の中に、小せぇのと、偶 にでけぇハッピーエンドってのが在っても良いだろ」 「どうせまた、終わっても始まるしな?」 ゾロの声に、サンジは笑みを持って応える。 間近に合わさった眸は、やはり不敵な色を持つ。 「悪足掻き、上等」 綺麗に上がる口角。細まる眸と、月に呼応する金髪。 ゾロは静かに、目の前の唇に己の其れを重ねた。 波音が心地好く響く。 少し離れては、また重なり合う。角度を変えて、深さを変えて重なる。 ゆっくりと眸を開ければ、絡まりあう蒼と緑。 サンジは少し俯いて、小さな声で云った。 「んか、甘やかされてるキブンで微妙・・・・・」 心成しか、面白くなさそうな声にゾロはまた、サンジの一面を垣間見て、知らず笑む。 ゾロはサンジの顎に手を掛けて、掬い上げるように口付けた。 「甘やかしてやってんだろ、実際」 云って、今度は先刻よりも深く口付ける。サンジの熱を感じる為に。 最初、反論の言葉を紡ごうとゾロの口付けを遮ろうとしたサンジも、次第にゾロの熱をより深 く感じようと口付けに応じる。 脳が痺れる錯覚。 身体の芯が熱くなる。 涼しげな響きを起こす波音だけでは、到底この熱は収まりきらない。 収める方法は、知っている。 ふたりだけにしか出来ない、方法。 深く堕ちていく行為でしか、熱は収まらない。 そして、其れもその時だけ。 熱は何度でも、起こる。 鎮まることを知らないように。 否、事実、知らないのだろう。 始まって、終わる。 終わって、始まる。 ふたりは、口にしていないのに、今自分たちが同じことを想ったことを何故か感じた。 そして、笑い合う。 「あに笑ってんだよ、エロマリモ」 「テメェも笑ってんだろ、エロマユゲ」 声は、空気に乗って何処かへ消える。 振り返ることは簡単だ。 其処に思考を戻してしまえば、更に簡単だろう。 其処には、不安などないのだから。 けれど、生きている。 前を向いて、生きている。 足掻きながら。 進むしか、術が無い。 悪足掻きと知っていても。 幸せな、終わり≠ニいう名のハッピーエンド。 そいつはとても、曖昧だ。 けれど、悪くない。 終わっても、また始まる。 上等だ。 終わりの無い場処に生きている。 けれど、ひとつとて同じ場処はない。 蒼は、何処までも拡がって行く。 オワリハ ナイ。 |
<コメント> 三日様の素敵SS第2弾vvGET!! 三日様の二人って、素敵なのよvv はあ、凄く文章も綺麗で・・・ルナのお気に入りサイト様の1つなのだ! こんな素敵な三日様のサイトは、こちらからvv <treasure> <map> |