Go for it!



「夢と、恋愛。・・・どっちが大事?」


 独り言なのかそれとも問い掛けられているのか。
 一瞬計りかねるほどの呟き。
 ともすれば、波音に浚われてしまうのではないかと思うほどの儚さ。

「ナミさん・・・?」
 その横顔に問い掛ける。
 少し俯いたその表情は、心なしか曇って見える。
 何時もの彼女からは考えられないほどの弱い口調。
「・・・サンジくんなら、どう?」
 フッと顔を上げ、遥か彼方の今は暗く見えない水平線を見遣り、尋ねられる。
「夢と、恋愛・・・ですか?」
 こくん、と無言で頷けば、夜風に揺れるオレンジの髪。

 いよいよ、彼女らしくない仕草。
 今日は、船長曰くの明日は島に着くから目出度いぞぉ
!!宴会≠ェ開かれ、船員一同食 
 べて飲んで・・・大騒ぎだった。
 彼女も、例外なく楽しそうにしていた。
 が、どうやら何か想う所があるらしい。
 サンジはジャケットから煙草を取り出し、口に咥えた。
 火は点けずにナミと同じ方向を見遣る。
 騒がしかった船上が嘘のように静まり返り、聞こえるのは甲板で寝入ってしまっている
 ルフィ達の寝息と、波の音。

「どっちも、同じくらい大事ですよ」
 そう応えれば、少しだけ微笑むナミ。
 そして顔に掛かった髪を耳にかき上げながら「ズルイ応えかた・・・」と笑んだ。
「そうだね。ズルイ応えかた・・・だけど、本当のキモチだよ」
 未だ彼方を見つめるナミの横顔に再度、サンジは今度は先程よりも幾分かコトバに力を込 めて応える。
「どっちかひとつを選んで・・・って言ったら?」
 眸を伏せたまま、呟く。
「選べないよ」
 ナミが云わんとすることをおぼろげながらにも理解し、サンジは一層ハッキリと言葉にする。

「ズルイな・・・サンジくん」
 何時もナミには甘すぎるほどに優しいサンジ。
 だが、こんな時は少し違う。優しいのだけれど、その中に甘さがない。
 曖昧な返事は、しない。
「こんな時だけ、正直なんだよね」
 言いながら、やっとこちらに眸を向けたナミに、サンジは少し目を細める。
「オレは、ナミさんにだけは何時でも正直ですよ?」
 にっと笑えば、「嘘吐き〜」とナミも笑った。


「なんかね・・・。ちょっと、煮詰まっちゃったのよね」
 船首の手摺に身体を預けて、ふたり腰を下ろした。
 ルフィの「にく〜ぅ」という寝言に、顔を合わせて笑う。
「・・・難しい質問だよね。実際のトコロは」
 夜空に浮かぶ月を見上げて、サンジが呟く。
「さっき、即答だったのに?」
 月明かりに晒されて、きらきらと輝く金髪を見遣りながら、ナミが問う。
「ん〜。ソレは、今のオレの心境からの答えだから」
「・・・?」
「はは。偶にはこういうナミさんも良いね」
 疑問符をつけたかのようなナミの顔を覗き込み、サンジは笑んだ。
「今のオレは、夢も、恋愛もどっちもホントに大事で。選べない。・・・つうか、選ぶ・選ばない
の問題じゃない。ソイツの為に、生きてるんだよ」
「・・・オールブルーと、アイツの為に?」
 アイツ・・・と言いながら、甲板で豪快に寝ている剣士を見遣るナミに、サンジはふっと柔ら
 かく笑む。
 そして、続ける。
「正確には、オレ自身の為・・・だけど」
「サンジくんの為・・・」
「そう、オレの」
 薄く蒼い眸が、何時もよりも真剣に物語る。
「オレの夢は、オレ自身が叶える。アイツの夢も、アイツ自身が叶える。ソコには、お互い立 
ち入れないし、立ち入らせない。でも、ソレを見届けてやることは、出来る。これは多分・・・ エゴなんだろうけど」
 一旦コトバを止める。
 そして、ナミの眸をじっと見据えて、話す。
「・・・アイツが、野望を叶えて、莫迦みたいに笑う時・・・泣く時。一緒に居たいと思う。オレの夢が叶う時、アイツに居て欲しいと思う。・・・オレの中では、夢≠熈恋愛≠煦齒盾ノなっちゃったんだよ」
 自己満足っぽいけどね・・・と、笑うサンジに、ナミは首を振って「ううん」と小さく応えた。
「ま。こんな風に思えるようになったのは、ごくごく最近だけどね」
 何時も、コドモっぽい表情やおどけた表情ばかりを見せるサンジが時折見せる、大人の 
 顔。
 その顔で、今、彼は笑っている。

 普段、サンジはゾロとの関係について、ナミに明確に応えることはない。
 照れもあるのだろうが、大っぴらにふたりのことを話さない。
 ふたりのことだけではなく、自分自身のことさえ。
 男同士だから・・・軽蔑される・・・とか、そういう懸念がある訳ではないだろうけれど。
 まして、ナミをはじめこの船のクルーがそんなことに拘るとサンジも思ってはいないだろう。
 でも。
 少しだけ、ほんの少しだけ・・・甘えたい気分になっているとき。
 そんな時、サンジは無意識なのか、意識してなのか、なかなか見せようとしない彼の本心
 を垣間見せる。
 自分のココロを見せて、ナミに甘えさせる。
 甘えかたを知らないナミに、自然と安らぎを与える。
 ・・・こんな時のサンジは、お兄さんのようだ。と、ナミは思う。

「そういう風に、思えるようになるかな・・・?」
 我ながら、今日は本当に情けないことを口にしている・・・と自覚をしながらもナミはサンジ 
 に問う。
 サンジは、相変わらず甲板で何事か寝言を口にしている船長を見遣る。
「大丈夫ですよ。ま、ナミさんのお相手は大分掴み所のない奴だけど・・・現状が不服なら打 開すれば良いし」
 船長が寝ている時でさえ手放さない大事な麦わら帽子に眸を移す。そして、ナミに視線を 
 戻す。
「あの麦藁をアイツ以外で被れるのは、ナミさんだけだし」
 ね?と微笑むサンジに、ナミは漸く胸の痞えが取れた気がした。
「だいたい、あの船長の掴めない心の中に荒波を立てさすことも、ソレを鎮めることが出来る のも・・・これまたナミさんだけですよ」
 にっと口の端を上げて言うサンジに、ナミは「当然でしょ」と彼と同じ様に、にっと応えた。
「振り回されてばっかりじゃ癪だから・・・あたしだって、アイツを振り回してやるわ
!!
 オレンジの大きな眸に力を戻したナミ。
「それでこそ、ナミさんだ!」
 ふたり、目を合わせて笑った。

「あ〜あ、ちょっと乙女しちゃった」
 ふふ・・・とナミが言う。
「良いんじゃないの?偶には」
「弱いトコロ、見せちゃったね」
「弱くない人間なんて、居ないよ」
「・・・そうね」

 ホントに、そう。・・・と、ナミは心の中で繰り返す。

 毎日、本当に楽しい。
 でも、ふと気付いた。
 何も変わらない、変化のない日常に。
 だから、少し不安になった。
 ぎゅっと、ココロにあるキモチが見えなくなりそうで。
 見えない彼のキモチを知りたいと思う・・・でも、反面知りたくないとも思う。

「肝心なのは、ナミさんのキモチだよ」
「うん」
「欲張って良いと思う。夢も、ナミさんがアイツを想う気持ちも。どっちも同じ様に大事にすれ 
ば良い。どっちか・・・じゃなくて、どっちもね」
「ありがと。サンジくん・・・」
 小さく呟いて、ナミは隣の肩に頭をこてんと、預けた。
 煙草の匂いと、太陽の匂いが混ざったサンジ独特の香り。
「こういう役なら、何時でもお受けしますよ」
 但し、船長が見ていないトコロでね・・・と言うサンジに、ナミはもう一度心の中で「ありが 
 と」と呟いた。


 規則正しい寝息。
 どうやら、ナミはサンジに寄り掛かったまま眠ってしまったらしい。
 安心しきった寝顔に、サンジは自分が彼女に微塵とも警戒されていないことを感じ、小さく
 苦笑する。
 別に彼女に手を出そうとは思わないが、男として、コレはどうかと何となく思う。
 幾ら気候が良く、暖かいといってもこのままココで寝させてしまうのは良くないだろうと、
 ナミを起こさないようにサンジはそっと彼女を抱え上げた。
 その時、頭をがしがしと掻きながらゾロが現れた。
「・・・何やってんだ」
 サンジとナミを交互に見遣り、ゾロが問う。
「何って・・・お姫様を、寝室へお送りすんだよ」
 何も言わないゾロに、サンジはにやりと笑う。
「ヤキモチ妬くなよ、剣士さん」
 くくっと笑い、「オイ、てめぇに重要な役を与えてやろう!」と告げた。

「何が重要な役だ・・・」
 女部屋の扉を開けるためだけに付き合わされたことに、ぶつぶつとゾロが愚痴る。
「男のクセに、ぶちぶち言うんじゃねーよ」
 場所をラウンジに移し、散々飲んだというのに、ふたりの手にはグラス。
 サンジは、グラスに注がれた酒を一口喉に通し、隣に腰掛けているゾロの肩に先刻ナミが
 してきたように頭を預けた。
 そして、問う。
「なぁ、クソ剣士。・・・夢と、恋愛。てめぇはどっちが大事だ?」
「あ?」
「あ?じゃねえ。応えやがれ」
 グラスをじっと見つめるサンジを、ちらと見遣りゾロは躊躇なく応える。
「どっちもだ」
 ゾロの低い声が部屋に響く。
 サンジは、すっと頭を起こし、その深い緑色の眸と視線を合わせた。
「ズリイ応えかただな」
 にっと笑う。
「そうか?」
 至極当然のように、どちらも大事だと応えた剣士に、サンジは自然と笑顔を向ける。
「あぁ、ズリイし、欲張りだ」
 くるっと此方に身体を向けたゾロと同じ様に、サンジも彼と向き合う。
 そして、その首に両腕を廻す。
「てめぇもそうだろうが、クソコック」
 サンジの腰に腕を廻しながら、告げるゾロ。
「まぁな」
 額と額をこつん、と合わせて目の前の眸に応える。
「お互い様だな」と同時に口にし、思わずふたり笑い合う。
 そしてどちらからともなく、唇を重ねた。


 恐らく。
 この剣士と出逢わなければ、こんな風に思うことはなかっただろう。
 恋愛≠ニいうコトバでは現しきれない、想い。
 夢≠竅A仲間たち。ゼフ。バラティエの料理人仲間。
 そして、ロロノア・ゾロ。
 夢を叶えるのは、自分自身。
 そこは、誰にも譲らない。
 けれど。
 夢を叶えるとき、叶ったとき。
 一緒に、笑っていたい。
 莫迦みたいに、笑って、泣きたい。
 甘え≠ネのかもしれない。
 それでも。
 人間はひとりでは、生きていけないから。
 現在
()が在るのは、過去があるからこそ。
 そして、未来は現在の積み重ね。
 ひとりでは、為しえない。

 ゾロを、守りたいとか。
 ゾロに、守って欲しいとか。
 そんなことは、思わない。

 肩を並べて、向かって行く。

 夢≠熈恋愛≠焉B
 両手に抱えて、進んで行く。

 もっともっと、強くなるために。




<コメント>

いかがですか? 皐月三日様の素敵小説。
バナーいただいたばかりで、すでに、素敵小説まで、
GETしちゃいました。 だって、欲しかったんですもの・・・
サンジとナミの良い関係が・・・はあ〜素敵・・・
こんな格好良いサンジも・・・良いよね・・・ナミになりたい・・・

こんな素敵な三日様のサイトは、
こちらから・・・


<treasure>    <map>