サンジが逃げた |
サンジが逃げた。 いや、逃げられた・・・というべきか。 何がどうしてそうなったのか、俺にはさっぱり分からない。 サンジとは、ついこの間・・・・・・そう、10日ほど前に恋人になったばかりで。 何かと衝突しがちな俺たちだが、それは逆を言えば、何でも言い合えるということ。それが 嬉しくないわけない。 たったひとつの人生の中で、何でも言える相手が見つかる奴なんて、ほんの一握りだろ う。 俺は幸運と言うべきものを手にしたんだ。 だが! これは誤算でもなんでもないんだが・・・分かってたことがある。 サンジは厄介だ。 意地を張りたがるのは、やけに高いプライドのせいだし、俺を見下したがるのは、自分の方 が上だと相手(この場合は俺)に知らしめたがる、単にわがままな子供なだけ。 それに加えて、強力な蹴りが壁として立ちはだかる。 口数ではアイツの方が多いが、俺が言い負かすことが多い。 口では敵わないと知る引き際も知っているが、その後の手段が乱暴だ。 情け容赦なく蹴りつけてくる。 それが照れ隠しだということも、もう分かってる。 軽くあしらう俺が、また気に食わないらしいけど。 ともかく、サンジという厄介だが、奇跡に等しい存在を手に入れて、さぁ!!・・・という頃。 深夜のキッチンで不意打ちのようにキスを掠め取って。 上手く行った! と俺自身は内心でガッツポーズしてたんだが・・・サンジはそうじゃなかったらしく。 真っ赤になったのが、照れだけでは無いのが、固く握り締めていた手のひらで分かった。 料理人のくせに、そんなに握り締めるな、と言ってやったら、ぷちん、と何かが切れたよう で、思い切り甲板に蹴り飛ばされてしまった・・・ ・・・何が悪かったんだ? 嫌がってたようには見えなかったし・・・。 何はともあれ、ようやく俺は一歩進んだ、と遠くなる意識の中、にんまりと笑った。 それから1週間、事件から4日経った。 サンジとは何もない。 というか、何もさせてくれない。 近くにも寄らせて貰えない。 気配を感じて振り返っても、見えるのは黒いスーツの後姿だけ。 (俺、なんかしたか?) 不安と疑問が頭を占めるが、もともと俺は頭脳派じゃないんだ。さっさとそんな思考は彼方 へと消え去ってしまった。 けれど、とある日の深夜。 決まって二人きりになるのは、みんなが寝静まった、深夜と知らず理解していた。 キッチンの明りが相変わらず遅くまで点いていることに、仕方ないなぁ、という溜め息をひと つついて、俺は見張り台を降りた。 夜風に晒された身体は冷え切っていて、キッチンの明りがやけにあたたかなものに見え た。 キィ、と甲高い音を立てて、それでも静かに扉は開いた。 コンロの前で鍋の中身を掻き回しているサンジが頭をあげた。キッチンの丸窓からは見え ない位置だ。 その顔からは、なんの感情も読み取れなくて、今まで忘れていたことを思い出した。 こいつは、本当の感情を隠すのが、誰よりも上手い。 だから、みんな外見のヘラヘラしたところだけで、こいつの感情を推し量る。 でも・・・俺にはその無表情が、やけに寂しそうに見えた。 「酒か?」 またか、といった感じで視線を合わさずに問われたが、すぐに頷くことは出来ない。酒が目 的で来たのではないのだから。 「棚の・・・上から2段目のなら、どれでも持ってけ。んで、さっさと出てけ」 くい、と親指で背後の棚を示し、サンジは言い放つ。 その言い方にかちんときた。 なにが気に食わないのか知らないが、そんな邪険に扱われるほどのことをした覚えは全く 無い。 でもそれを言ってみても、更にサンジの不機嫌を煽るだけだと分かっているから、不穏な気 配だけ残してやる。 苛立つ気配を隠さずに、黙って酒を抜き取り、キッチンを後にする。 コンロに火が点いていたせいか、キッチンは暖かかった。けれど、迎えた主はとても冷たか った。 どうしようもないもどかしさが、胸を這い回る。 唸ってみても、寝ようと試みても、無駄に酒を呷ってみても、苛立ちとともにサンジのさっき の様子が頭から離れない。 「どうしろってんだよ・・・」 ひとりごちてみても、返してくれるべき相手はいない。 (虚しい・・・) ひゅぅ・・・と吹き抜ける夜風が、俺を嘲っているような気がするのは気のせいか? 「うぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!!」 落ち着かなくて仕方なくて、思い切り声を上げてみる。一応、夜中ということで、そんなでか い声ではないけれど。 「・・・あの・・・?」 小さく疑問形で掛けられた声に、音が立ちそうなほどの勢いで振り返る。 そこには、見張り台の淵から頭半分出して、こちらを伺っているサンジがいた。 「どうした」 なるべく平静を装い――――唸り声を聞かれたのに、今更平静も何もないんだが ――――中へ入るように手招きする。 すると、ここ1週間の冷たい態度は嘘のように、素直に、けれどおずおずとこちらの動向を 伺うように俺の隣へ腰を降ろした。 ぶるっと肩を揺らしたので、肩に腕を回して引き寄せる。 そうして一緒に毛布にくるんでやる。 抵抗するか、暴れるか? と思いはしたが、なんの抵抗もなく、しかもこてん、と俺の肩に頭を乗せてきた。 (うわ・・・) ふわりと鼻腔をくすぐるサンジ特有の、タバコの匂いの混じった香りに、たまらなくなる。 けれど・・・ここでコトに及んでしまっては、あの時の二の舞になるのは目に見えている。 そう!!あの時!!!!! 「たんま、たんま!!!」 「・・・んだよ、今更」 「今更とかそういう問題じゃねぇ!!!!!」 あのキッチンでのキスから、なんとかサンジの機嫌を宥めて、ここまで持ち込んだ。 俺は上手い具合に押し倒されることを避け、そしてサンジが俺に押し倒されている。 だが、シャツを肌蹴させて、その滑らかな肌を楽しんでいた俺の髪を、サンジは容赦なく引 っ張ったのだ。 ムッとして顔を上げると、サンジが首筋や耳まで真っ赤にして、半泣きで俺を睨んでいた。 「離せ、はなせ〜〜〜〜〜っ!!!」 いきなり足をバタバタと暴れさせて、俺の下から逃れようと必死になっている。 (そんなに俺が嫌かよ・・・) と思ったが、うっすらと反応しているサンジ自身が目に付いて、そうではないことを悟る。 では、他の原因があるのだろう。 じっと暴れるサンジを観察するように見ていると、視線に気付いたのかサンジがふっと膝を 引いた。 「?」 視線を互いに外さず、何をする気なのかとサンジの出方を待ってみた。 が、それが悪かった。 「っ・・・・・!」 左脇腹に、強烈な痛み。 (ひ、膝蹴りとは・・・っ) 思い切り衝撃で右に倒れかけるのを我慢して、右手で身体を支えた。 その隙に、サンジは自分の服を持って、さっさと俺の前から逃げていったのだ・・・・。 「逃げた・・・サンジが・・・・・・・に、げ・・・」 脇腹の痛みと、サンジの行動に愕然とした俺の脳は、逃避を選んだようで、目の前がブラ ックアウトしていった。 「あの、さ・・・」 「ん?」 もぞもぞと毛布の中で向きを変え、サンジがこちらを向いた。 俯いて視線を彷徨わせているのを見ると、まだなんか腹に持ってやがるのか、と思わず眉 間に皺が寄る。 「この間の・・・・アレ・・・」 「アレ?」 サンジの言葉尻を捕まえて、言い募る先を促してやる。 辛抱強く待ってやれば、サンジはことの外素直に物を言う。 「ごめん・・・」 俯いたままで顔は見えないが、さらさらと流れる金糸の間から見える耳が赤く染まってい るのに、それがサンジの精一杯だと知る。 サンジの言う、「アレ」とはあのサンジが逃げた時のことだと、容易に想像できる。 逃げられたことの意味や、何が嫌だったのかとか、何が悪かったのかとかは、全てサンジ の心の内に仕舞われているから、俺には何もわからない。 でも、あの行動がサンジ自身にも何がしかの影響を与えていたことに、正直安心した。 「今度は逃がさねぇから」 いつも饒舌な男が、こんなにしおらしくなっては、もう俺の負けだ。 毛布からはみ出た身体をまた引き寄せて、ポンポンと、背中を叩いてやる。 「嫌だったわけじゃないから・・・」 ぼそり、と呟かれた言葉は、寒い空の下、毛布よりも何よりも、俺をあたためてくれる。 「じゃ、なんで逃げたか聞いてもいいか?」 どうしてか声が小さくなる。 ぎゅっと背中のシャツを握られる感触に、俺も抱き寄せた肩に回した手を強くする。 「お前・・・・・・・掴んだろ?」 「あ?」 告白された原因に、俺は信じられない気持ちでサンジの顔を覗きこんだ。 それが更に羞恥を煽ったのか、サンジは逆ギレしたように、真っ赤な顔で俺を見上げた。 「だから! 俺の膝、掴んだだろうが!!!」 や・・・掴んだけどさ。 それは成り行き上、というかあぁいう場合は掴んでも不自然じゃねぇだろうよ・・・。 ってかなんで膝掴んだだけで、逃げられなきゃならんのだ? 等々・・・頭の中をすごい勢いで言葉が巡ったが、そのどれもが言葉になって口に出ること はなかった。 「・・・え・・・と」 どう反応していいか分からず、俺はサンジの顔を凝視したまま、固まってしまった。 「んにっ!!」 思考がぴたりと止まった。 ついでに身体も止まった。 更に言えば、サンジの肩に回していた手も中に浮き、ぴきりと血管が浮きそうなほどに固 まった。 「・・・・分かったか」 ぶすくれたサンジが、俺をひたと睨んでいる。 俺はコクコクと頷くしかなかった・・・また負けた・・・? 「ふはぁ〜〜〜〜〜」 サンジの手が俺の膝から離されたと同時に、どっと開放感が身体を包む。 「なんかさ、膝掴まれるっていうか、触られると急所握られたみてぇに、身体動かなくなんだ よ」 「あぁ・・・分かった」 サンジに膝を掴まれた瞬間、その手を払い落としたいのに、体が言うことを聞いてくれなか った。 と同時に、なんともいえない気持ち悪さが込み上げてきた。 これでサンジの逃げた理由が分かった・・・・・が!! 「何も逃げるこたぁ、ないだろうが」 「仕方ねぇだろ! あれ以上、耐えられなかったんだから!!」 と口を尖らせて拗ねる様子は、どうにも同じ年の男とは思えない。 「分かった分かった・・・今度はなるべく掴まないようにする」 子供をあやすように、頭を撫でる。 (しまった、こんな子供扱いしたら、また蹴られる・・・今度は蹴り落とされるか!?) しかし、そんなことは杞憂に終わった。 「ん」 小さく返事をして、照れながらも笑ったサンジは、壮絶に可愛くて、俺の理性という壁にヒビ が入った・・・が、ここで我慢せねば、また徹底的に避けられる毎日が続く。 俺はなんとか奥歯を噛み締めて、サンジの頭ごと抱きかかえることで、視界からその笑顔 を消した。そうでもしないと、本当にやばいことになっていた・・・。 「!」 すりすり、と胸元に甘えるように頭を摺り寄せるサンジ。 (勘弁してくれ・・・) 本人は甘えているのだろうけど、俺には煽っているようにしか思えん。 が・・・我慢、我慢・・・。 その日、俺は明け方まで絶え続けねばならなかった・・・・ギネスブックに載るかもしれな い、と妙なことを考えてしまうほど。 翌朝。 目覚めるとサンジの姿はどこにもなかった。 眼下のキッチンからは、あたたかな煙が立ち昇っている。 相変わらず早いな、と苦笑しつつ、キッチンへ降りていく。 「あ・・・」 扉を開けると、どこか緊張したような顔で、サンジが出迎えた。昨日とは大違いだな。 「おはよう」 「お・・・おはよう」 何食わぬ顔であたたかなキッチンへ入ると、ぼそぼそとサンジも挨拶を返してくれる。 「あのさ・・・」 昨夜と同じ言葉で、またサンジが何かを切り出そうとした。 「お、おめでとう!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 唐突な祝いの言葉に、俺の脳は間抜けな返答を返した。 「今日、誕生日だろ? だから、おめでとう・・・」 語尾が小さくなっていくのは、照れからだろうか。 サンジに言われて壁に掛けられたカレンダーに目をやると、11月。 「あ・・・」 だから、滅多にケンカしてもサンジから折れないのに、昨日は折れたわけか。 思わぬ可愛らしい部分を発見してしまって、だらしなく頬が緩むのが分かった。 「なんて顔してんだよっ!」 「んぁ? あ、嬉しいな、と思ってさ」 「っ〜〜〜〜」 大事な、大事な愛しい人。 その身体を無理ない強さで抱き寄せて、髪に口付けた。 「ありがとう」 と。それから忘れないように。 「今日、プレゼント貰うからな」 「バッカ・・・・やろ・・・っ」 可愛くない言葉は、19歳の初めてのキスで封じ込めて。 みんなが起きてくるまでの、わずかな時間を、俺のために。 思う存分、腔内を荒らしてサンジを見やると、浅く呼吸を繰り返し、閉じた目尻に涙が溜ま っていた。 その涙をそっと舌で吸い取ると、びくりと抱いた体が跳ねる。 「続きは夜、な?」 と殊更低い声で囁いてやると、げしっと足を踏まれた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁぃ」 結構長く、無言で唸った後、小さく、本当に小さくサンジは肯定の返事を返してくれた。 それがまたたまらなく可愛くて、愛しくて仕方がなくて、サンジに苦しいと背中を叩かれる まで、その唇を味わった。 逃げたサンジが帰って来た。 俺の誕生日に、プレゼントを引っ提げて!! 【END】 |
<コメント> こちらは、【Seleste blue seas】の海希サンのサイトの ゾロ誕部屋から拉致ってきましたvv第2弾!! もう、図々しくも、SSまで、頂いて来ちゃいましたvv サンジの『・・・・ぁい』と言う返事が、可愛い過ぎ!! いじらしいほど、ほほえましいお話で・・・・いいなあ・・・・ とても可愛いイラストと、サンジ視点のお話と、とても素敵なサイト様です。 こんな素敵なサイト様には、こちらから、行くのだ! <treasure> <index> |