Birthday Star 


「なあなあ、ゾロ今日の夜って何してる?」
「部活」

そっけない答えを返す相手に、サンジは内心肩を落としながらも、その感情は押し隠してきょとんと首を傾げた。

「部活って……」
「地学部」
「……あの地味な辛気臭い……」
「ほっとけっ!!!」

くわっと牙を剥いて怒鳴るゾロに、だがサンジは怯む様子もない。
机にぺったり身を伏せて、足をばたばたと駄々っこのように前後に動かした。

「なんだよ、せっかくの誕生日当夜なのに、ガキどものお相手かよ」
「しょうがねえだろ、顧問なんだから。それに…――」

不貞腐れたようなサンジの額を、ピンと人差し指で弾く。

「テメエもおんなじガキだろうが」
「…ちっ。こども扱いすんなよ」
「そうやってむきになるあたりまだまだガキなんだよ」

赤くなった額を両手で押さえながら、おとなびた笑顔を見せるゾロに、ぼんやりと見惚れる。
地学教師として、こうして学校で白衣を纏うゾロは、三割増でオトコマエだと思う。
ゾロのこの姿を見られただけ、進学先に、この高校を選んで良かったと、サンジはつくづく何かにつけ感じている。

たとえ、片思いのまま、終わるのだとしても。

「何、ぼうっとしてんだ?」
「べっ…別にぼうっとなんかしてねえ」

見惚れていたことを見透かされたようで、面白くなくて慌てて取り繕う。
そんなサンジの様子を、眼を細めて見つめていたゾロは、ふと頭に浮かんだ疑問を口に乗せてみた。

「で?今日がどうしたって?」

訊き返されるとは予想していなかったサンジは、一瞬何を言われているのか理解できずに頭を捻り、それからゾロの言わんとしている意図を察して、顔を赤くした。

「どうって……!か、彼女もいねえ可哀想な幼馴染の誕生日を、祝ってやろうかなって思っただけじゃんっ!」
「ああ。そりゃ、気ィ遣わせて悪かったな。けど、その心配は無用だ」
「……彼女ができたのか……!?」

幼馴染の特権で、入り浸ることを許されている理科準備室の、それまで占拠していた机をひらりと飛び越えて、サンジはゾロの眼前に立ちはだかると白衣の襟を、ぐいっと掴みあげた。
その間僅か五秒もない。
ゾロは些か当惑したような顔を見せた。
それがサンジの頭を瞬時に冷やす。

「あ、悪い。だったらその、俺に教えてくれてもいいじゃん……」
「あ、いや、彼女じゃなくて部の連中が、祝ってくれるらしくて……」

決まり悪そうに自分の気持ちを誤魔化したサンジに、ゾロが事の真相を打ち明ける。
何とはなしに気まずい空気が流れ、サンジをその場に居た堪れなくした。
ゾロの襟から手を放すと、扉の方へ歩く。

「そか。じゃ、俺が気遣う必要もねえな…――その、楽しめよ」

そう言い残して出て行こうとしたサンジの二の腕を、ゾロは咄嗟に掴んでいた。
やわらかな蜂蜜色の髪がふわりと舞って、サンジが振り向く。

「何?」
「あ――…その、今夜の部活ってのが、天体観測なんだが」
「ああ、地学部だもんな」
「おまえも来るか?」

ゾロからの唐突な誘いに、サンジは瞠目する。

「なんで?俺、部員じゃねえよ?」
「見学とでも言えばいい。スゲエぞ。今日は晴れ(※天体観測において「晴れ」は快晴のみを差す)だから、きっと物凄く綺麗に見える筈だ」

心底楽しそうに星のことを語るゾロを見て、サンジの胸がツキリと痛む。
だが、それを表情に出さないよう必死に押しこめて、無理矢理笑顔を作った。

「そうか。それもいいな。じゃあ、何か差し入れ持って行くよ」
「ああ、寒いから、あったかいもんだと助かる」
「分かった」

軽く頷いて今度こそサンジは理科準備室を後にした。
教室へ戻る道すがら、痛んだ胸のあたりのシャツをくしゃりと掴んで、サンジは顔を歪めた。

何だってするよ、ゾロ。
おまえから将来を握り潰しちまった俺だから。
――おまえの為になるんなら、何だってするよ……?




ゾロとサンジは、家が隣同士の幼馴染である。
故に、既にサンジが産まれた時から、知り合いになるべくしてなった。
両家は交流も深く、特にレストランを営んでいるサンジの家の料理の差し入れは、料理のあまり得意でないゾロの家族にたいそう重宝されたし、また共働き故に夜までこども――即ちサンジを預かってくれる隣家の存在は、有り難がられた。
そんな持ちつ持たれつの関係を築いていたふたつの家のこどもは、当然のことながら兄弟のように、仲良く育てられた。
ゾロの方が八歳年上で、兄貴分として兄弟のいないサンジの面倒をよく見た。

その日も、サンジはゾロの家に預けられていた。
ゾロはサンジにとって、大好きな「おにいちゃん」であり、大切な「親友」であり、そして文武両道に秀でた憧れの存在でもあった。

特に剣道の分野では当時、大学1年生にして全国大会を制覇するほどの実力で、警視庁など強豪揃いの剣道部から、誘いの声が後を断たないほどだった。

その憧れのゾロの将来を決定的にしたのが、その夜の出来事だった。

学問の方では理数系に秀で、ことに天文学に興味を示していたゾロはことあるごとにベランダにアルバイトで金を溜めて買った天体望遠鏡を出して、星を眺めていた。
いつしかサンジもそれにつきあうようになり、その時聞かせてくれるゾロの話のおかげで、サンジもかなり詳しくなり、小学校ではいっぱしの天文学者気取りだった。

そして、その日の夜も、学校で披露した知識が、如何に同級生たちの尊敬の眼差しを集めたかという自慢話を、ベランダの柵に腰掛けながらサンジはとうとうとゾロに聞かせていた。
ところがゾロは、望遠鏡の倍率を合わせることに夢中で。
サンジの話は右から左……と言った風情。
当然サンジにとって、それが面白い筈もなく。

「おい、聞いてんのかよ、ゾロ」
「あ――。聞いてる。だから柵から降りろ。危ねえだろ」
「へっ、この程度の柵から落ちる俺さまじゃありませ――…」

そう言っておどけて両手を放した瞬間。
グラリとバランスを崩し。

「サンジッ!!!」

サンジは2階のベランダから落下した。
助けようとしたゾロを…――下敷きにして。

「……ん……ゾロ?」
「…ぅ…っ」
「ゾロ?ゾロ!ゾロッ!!!」

サンジの叫びで何事かと飛び出してきた家人によって、ゾロは救急車で運ばれた。
落ち方が悪かったのか、利き腕の靭帯切断と複雑骨折。
軽い運動ならともかくとして。
本格的な剣道への復帰は見こめないと、診断された。




それからゾロは、教員免許を取り、高校の地学教師となった。
自宅からそう遠くない私立校に就職も決まり、教鞭をとっている。
それはそれで充実しているように見える。

けれど。
剣道選手として将来を有望視されていたゾロ。
その道を閉ざしてしまったという罪悪感が、サンジを苛み続ける。
ゾロが、その件について、いっさいサンジを責めなかったこともまた、サンジにとっては限りなく過度な重荷となっていた。
勿論、だからといって、そんなことをゾロには到底、打ち明けられないけれど。




温かい味噌汁とおにぎりと、簡単に摘めるものばかりを詰めた弁当を大量に作って。
夜になって、集合場所であり観測場所である屋上に昇った。
普段、屋上は立ち入り禁止とされているが、顧問がついている時のみ部活動の目的で利用することが許されている。

サンジが行くと、既に部員たちは全員揃っており、天体望遠鏡の倍率を合わせたり、満天の空を見上げて星のことをいろいろ論じ合ったりと忙しない。

「あ、サンジくん!」
「ナミさん」

地学部部長のナミが、目敏くサンジを見つける。
同じクラスで割と仲良くしているだけに、サンジも気安く手を上げた。

「差し入れ持ってきてくれたんだって?」
「あ、うん。ゾロから聞いた?」
「うん。あったかいものが欲しいから先生に奢ってって言ったら、サンジが差し入れ持ってくるからもうちょっと待てって。楽しみにしていたのよ」
「味噌汁と、お茶と、あと念の為おにぎりとか、簡単に摘めるお弁当用意してきたんだけど、そんなもので良かったかな?」
「うわあ、ありがとう!夕飯食べてこなかったから、お腹ぺっこぺこなのよ!」

サンジが差し出した弁当と、保温の効く水筒ふたつを、ナミは眼を輝かせて受け取って、それからサンジの心中を見透かしたように、ニッと笑った。

「先生なら、給水塔の向こう側よ。早くいってあげたら?」
「ナミさん……」

少し困惑したようなサンジに、ナミは綺麗に笑んで見せた。
そして両手を広げる。

「こ――んな綺麗な星の下なら、少しは素直になれるんじゃない?お互いに」
「……うん」
「早くしないと、部の皆が先生の誕生日パーティするって騒いでいたから、ふたりきりになるチャンスなんて、なくなっちゃうわよ」
「うん。ありがと」

くるりと身を翻して給水塔の方へ駆け出したサンジの背中を見送り、ナミはふっと呆れにも似た嘆息を漏らす。

「あんなに綺麗な星が眼の前にあったんじゃ、夜空の星も霞むわよねえ?」




星を見上げている後ろ姿に、そっと忍び寄る。
あまりロマンチックに感じさせないのが、ゾロがゾロたる所以か。
ゾロは妙に現実的なところがあって、天体に関してもロマンより科学的な追究を求めている。あくまでロマンチック主義なサンジには理解し難い思考だが、そんなゾロが、壱度だけ、部活なんてうぜえと言っていたくせに天文部の顧問になったと知った時、どういう風の吹き回しだと訊ねたサンジに、聞きようによってはロマンチックに聞こえなくもないことを言ったことがあった。

「あの学校にはビクセン(※望遠鏡メーカー)のいい天体望遠鏡があるんだ」
「へえ?」
「俺もいつか、自分で名前をつけられる新星を発見してえから」
「あ――、腹巻星とか?」
「アホかっ!」

ゾロが家に帰るといつも腹巻をしていることを揶揄ったサンジに、ゾロは結局、新星を発見したいという話をそこで打ち切ってしまったのだが。

そんなことを思い出しながら近づいて行くと、気配を察したのか。
不意にゾロが振り向いた。
サンジの姿を認めて、眼を細める。

「ああ、来たか」
「おお。差し入れは、ナミさんに渡しておいた」
「そうか」

それきりしばらく、会話が途切れる。
ふたりして、眩いほどの星空を、しばし見つめていた。
沈黙に耐え切れず口火を切ったのは、サンジの方だった。

「あのさ…――」

しかし、何を言えばいいのか、咄嗟に思いつかない。

「あ、昔さ、おまえ、新星を発見したいって言ってたじゃん?」
「……おう……」

突然何故そんな古い話を…――と、言わんばかりの訝しそうな視線。
その眼から逃れるように、目線を星に戻して、サンジは続ける。

「新星って名前、自分でつけられるんだろ。何てつけるつもりだったんだ?」
「――…なんで急にそんな話……」
「さっきふっと思い出したんだよ。誕生日なら、神様も味方してくれるかもしれねえじゃん?新星、発見出来るかもしんねえしよ?」

そううまく行くかよ…――と呟くゾロに、サンジは答えを促す。
すると、ゾロの顔が微かに赤く染まった。

「――……るー…」
「は?」
「おまえが言ったんだよ。昔。俺が星の名前を解説してやっている時に。新星を発見したら自分で名前をつけられるんだぞって教えてやったら。もし…――自分が星に名前をつけるなら……って」

そういえば。
こどもの頃…――まだゾロがあの事故に遭う前。
星を発見できたら名前をつけられると知って。
それはこどもの自尊心を満たす、酷く魅惑的な出来事のように思えて。
眼が醒めるほどの蒼い星を発見したい。もし発見できたら。

「オールブルーってつけるんだ!」

そんな風に、ゾロに言っていた。
結局、あの事故以来、サンジは星との関わりを断ってしまったわけだけど。

「おまえが、あの事故を気にして、星に興味を持たなくなっちまったから…――だったらかわりに俺が、発見してやろうって思ったんだよ」
「……ゾロ……」
「おまえを助けたのは俺の勝手だったのに、おまえに罪悪感を植えつけちまった。その代償にもなりやしねえが、せめて俺がおまえにしてやれることって言ったら、それぐらいしか思いつかなかったしな」

ゾロの台詞が信じられなくて、サンジは眼を見張り、かぶりを懸命に振る。

「なんで?なんでだよ?あの事故で、ゾロの将来をめちゃくちゃにしたのは俺じゃん?なのになんでゾロが、俺の為に何かしなくちゃならねえんだよ?俺だろ?おまえの為に何だってするのは俺の方だろ?」
「違う。おまえが罪悪感を持つことなんか、何もねえんだ」
「だって……」

当惑するサンジの肩を掴んで、ゾロが正面から向き直った。

「最初っから俺は、剣道で飯を食っていくつもりはなくて。こっちの道に進むつもりだったんだ。それをおまえに教えないで、おまえの罪悪感を利用して…――俺に縛りつけていただけなんだ……悪かった」
「――…馬っ…鹿野郎……」

謝罪して下げられたゾロの頭を、サンジの手がゆるゆると撫で。
それから胸に抱きこんだ。
そしてもう壱度、小さく「馬鹿野郎」と呟く。

「そんなことしなくたって…――俺はテメエから離れねえよ」

ゾロがサンジの腕を抜け、顔をあげると、微笑むその顔と遭遇した。

「サンジ……」
「ん?」
「――…す……」

「先生――ッ!!!新星発見かも――ッ!!!」

どんぴしゃりのタイミングで飛んできたナミによってゾロとサンジは、慌てて離れる。
それからナミの台詞にハッとなり、部員たちが犇く望遠鏡の方へ駆け寄った。




「結局、新星発見ならずか――」

やはりそうそううまい話にはならないもので。
ナミたちが新星では?と騒いだものは、勘違いだった。

「まあ、そう簡単にはいかねえな」
「そりゃそうだけどよ」

学校から歩いて帰れる距離の家は隣同士なので、同じ帰路を辿る。
サンジは口調とは裏腹に、かなり緊張していた。
ナミが現れる前、ゾロはいったい何を言おうとしていたのだろう。
「す」の続きは?

「……サンジ」
「きっ?」

「す」の続きばかりを考えていたので、思わず可笑しな悲鳴が漏れた。
ゾロが怪訝そうな顔をするのも、無理はない。
意識し過ぎている自分が恥ずかしくなって、サンジは誤魔化すようにぶっきらぼうに、

「なんだよ?」

と、訊ねる。
するとゾロは後頭部をガリガリと掻き毟り、それから「はあ」と大きく息を吐いた。
ゾロの吐いた息は白くぽっかりと、冬が近い澄んだ夜空に浮かぶ。

「――…さっきの話だけど」
「さっきの……」

思い当たることはひとつしかない。
途端にサンジの顔が赤くさっと染まった。
硬直してしまったサンジに、ゾロは構わずに続ける。

「新星は発見できなかったけど」
「ああ……その話……」

ホッとしたような。
がっかりしたような。
そう思って落としかけた肩を、ぐいっと抱き寄せられた。
突然の出来事に対処できずに眼をぱちくりさせる。
尚も現状を飲みこめずにいるサンジの耳許で、ゾロの低い声がした。

「すぐ傍にある星が、手に入るならいい」
「……は?」
「分かれよ……」

途惑ったままのサンジの唇に、温かいものが押し当てられすぐ離れた。

「え、え――っと……」

それがゾロの唇だったと思い至り。
途惑いながらも、まだ間近にあるゾロの真摯な瞳に魅入られたように見つめ返す。
間もなくしてサンジがニッと笑いかけた。

「じゃあ、プレゼントは俺ってことで」
「その言葉、後悔すんなよ?」
「誰がするかよ?」

ひとしきり笑い合って、それから抱き合った産まれたばかりの恋人たちを。
ただ瞬く夜空の星たちだけが、見守っていた。






 END



<コメント>

こちらは、【MEGALO MANIAC】様のゾロ誕部屋から、拉致って来ましたvv
うさこ様&ななせ様の合作小説vv 甘甘学園モノなのだ!
うふふ、いいでしょう?? ・・・・もう、megaloさんとこのSSって、どれも素敵で、
全部欲しくなったんだけど・・・・・ここは、甘党のルナらしく、これを頂きましたvv
・・・・・でも・・・・また、拉致りに行くかも。(笑)
本当に、見て損はない、うさこ様&ななせ様の素敵小説と、素敵なイラスト・コミックが、
一杯のサイトは、
こちらから、行って下さいvv

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