「…サキュバスね」 「は?」 眉間に皺を寄せたまま。 サンジくんの様子を話し終えたゾロに。 考え込みながらも口を開いたあたしを。 まるで訳が分からないといった風に見返してくるゾロ。 「悪魔よ」 「あぁ?」 「だから、サンジくんがこうなってる原因。結構、有名な話よ? 男には女の。女には男の姿をして現れて夢の中で誑かす淫魔。 女の姿がサキュバス。男の姿がインキュバスと呼ばれているらしいわ」 昔、本で読んだことのある知識をなるべく分かり易いようにゾロに伝え ても。 目の前の男は眉を顰めるだけで。 「…悪魔って。なんか、別の病気かもしんねぇだろ」 「その可能性もなくもないけど…。あんたの話からサキュバスの仕業だ と考えられる点が2つあるわ。1つはサンジくんが見るって言ってる夢。 『変な夢を見るから眠りたくない』 そう言ったんでしょ?そして、もう1つ。『眠りたくないのに眠くてしょうが ない』……」 確認するようにゾロをみれば黙ってコクリと頷いて。 「いい、ゾロ?サキュバスっていうのは夢の中に現れるの。見ている本 人にとってはすごくリアルな夢。中には、夢と現実の区別がつかなくなる人もいるらしいわ。 そして、憑かれた人は強制的に眠りの中に引きずり込まれるの」 「仮にそいつの仕業だったとして。…サンジはどうなるんだ?」 腕に抱えたままのサンジくんをギュッと抱き締め直して。 少し硬い表情のままゾロが真っ直ぐにあたしを見る。 「淫魔に憑かれた人の最期は…衰弱死なんですって。 どうしてだかはあたしにはわからないけど。聖水も十字架もあまり効果はないみたい」 「なんでだ?」 「一時は、退散させることが出来るらしいんだけど。消滅させることが出 来ないから…。 また、獲物の元へ戻ってくるそうよ」 ゴクッ。 ゾロの咽喉がなって。 「どうすればいい?」 「憑かれた本人が意思の力で退けるしかないみたいだけど…。 すごく難しいらしいわ」 「難しい?」 「そう。さっきも言ったようにすごくリアルな夢で。 しかも、自分でも気付いていないような好きな相手や理想の姿で現れるらしいから」 「現実よりも夢の中の方が幸せってコトか」 「ええ。だから、現実の方が良いって選ばせなくちゃいけないのよ。 ……だけど、それが難しいみたい」 あたしの言葉にゾロは一度、腕の中のサンジくんに視線を落として。 「こいつなら心配ねぇだろ。こいつはこっちでやらなけりゃならねぇことがあるんだからな」 もう一度、視線を上げてあたしを見たゾロは。 自信に満ちていて。 ニヤッと笑ったその表情に。 「そうね!サンジくんなら大丈夫よね!!」 あたしもすっかり安心しきってしまった自分に気付く。 「…っ」 「!サンジ?!」 微かに身じろいだ気配にあたしもゾロもサンジくんを覗き込んで。 「ゾロ?…ナミさん??」 返る声にホッと溜息が漏れる。 「あ…なんで、2人…?」 「ゾロがね、サンジくんの具合が悪いみたいだからって。 心配してたのよ?どこかおかしなところない??」 まだ夢の中のようなサンジくんにそう聞けば。 「あ、オレ…。ゆ、め?」 やっぱり、サンジくんは何か夢を見ていたようで。 その中身を思い出したのか真っ赤になってしまって。 「サンジ?大丈夫か?」 覗き込んだゾロを見て瞳が揺れる。 「サンジくん?どんな夢だったの?」 聞いても。 サンジくんは首を横に振るばかりで。 「あ、オレ…もう、大丈夫だから」 なんとかこの場から逃げようと立ち上がりかけるサンジくんを。 「!ゾロ?!」 ゾロがギュッと抱き締めて離さない。 「大丈夫なわけねぇだろ。…そんな青い顔して」 ゾロの言葉にサンジくんは何故か泣き出しそうな顔をしながら俯いてし まって。 「ねぇ、サンジくん。夢の中に誰か出てくる?」 あたしの考えがあっているのか、断片だけでも聞き出そうとして。 コクリと首を縦に振るサンジくんに。 やっぱり…。そう、思わずにはいられなくて。 「変な夢なんでしょう?いつから?」 「今日…起きてからずっとです。……すごくリアルで、も、う…わか…… な…」 「え?ちょっと、サンジくん?!」 「おい、サンジ!」 「まさか、ほんとに…」 「……寝ちまった」 今、目を覚ましたばかりだったのに。 意識もきちんとしていて受け答えも出来ていたのに。 あっという間に眠りについてしまったサンジくんに。 2人とも呆然とするしかなくて。 「…っあ、…ん!」 何分かして。 聞こえてきたサンジくんの小さな声に。 「ふっ……んやぁ」 あたしは一瞬、自分の耳を疑った。 だって…。 これは。 どう考えても。 チラリとゾロを見上げれば。 この男は分かっているのかいないのか。 硬い表情でサンジくんを見つめている。 あたしたちの目の前で辛そうに顔を歪め涙を流しているサンジくん。 その流れ落ちる雫を優しく拭うゾロを見つめながらあたしはもう一度口 を開く。 「ゾロ…。ごめん、あたしの勘違い。 サンジくんに憑いてるのはサキュバスじゃなくてインキュバスみたい」 「……?そいつは男の姿なんだろ?」 唐突に話しだすあたしを怪訝そうに見るゾロ。 「そうよ。…だから、サンジくんは夢の中で女の子を抱いてるんじゃなく て。 ……誰かに抱かれてるってコト」 あたしの言葉に。 ゾロは無表情のまま口唇を噛み締めて。 あたしはここで。 初めて。 いつも無表情なこの男の。 隠された想いに気付いた気がした。 「…男には女のってお前、言わなかったか?」 「好きな人の姿になって、って言わなかったかしら?」 「……」 「そういうことになるわね」 あたしは。 ゾロが今、頭に思い浮かべた考えを肯定するように。 静かに頷いて。 苦しそうに眉を顰めるゾロに。 心臓を鷲掴みされたような気分になる。 だって。 この男の、こんな表情を見るのは初めてで。 なんだか居た堪れない。 「あっ、……んぅ!ゾ…ロッ…!」 「な…に?」 サンジくんの声にゾロが驚いて見返しても。 サンジくんは変わらず眠ったまま。 あたしは少し考えて。 ゆっくりと立ち上がりながら。 「サンジくんのことはゾロ、あんたに任せるわ」 「な?!おい!」 「大丈夫。キッチンには誰も近寄らせないようにするし。 あ、それから。サンジくんはソファに運んであげた方が良いわよ?」 言いたいことだけを言ってキッチンを出て行ったナミの後姿を見送りな がら。 「ったく、どうしろっつーんだ?」 サンジを抱えたままゆっくりと立ち上がり。 ナミの言葉どおりサンジをソファに横たえて。 刀をソファに立てかけ俺は床に胡坐をかいてサンジの寝顔を見つめ る。 …………。 コイツの夢に出てきてるのが俺の姿をしていたとして。 じゃあ、どうしてコイツは泣いてる? どうしてこんなに苦しそうなんだ? …わからねぇ。 「目ぇ覚ませよ、サンジ…」 重力に沿って伝い落ちるサンジの涙を拭い。 サラサラと指から零れる金髪を何度も梳いてやる。 「ん…あ?」 「よお、起きたか?」 「ゾロ…オレ、まだ夢?」 「いや…起きてるな」 「そっか…」 ゆっくりとソファの上に身を起こしたサンジの隣に俺も腰掛けて。 「なあ、なんでお前泣いてた?」 「え?!」 「泣いてたぜ。俺にでも苛められたか?」 そう言ってサンジの顔を見れば。 コイツは顔を真っ赤に染めながら。 「もしかしてオレ、オマエの名前…」 「呼んでたな」 「……悪ィ」 「なんで謝るんだ?」 下を向いたままのサンジを覗き込むようにすれば。 「なっ!?」 サンジの涙に目をみはる。 「オレ、変なんだよ…」 その言葉に思わず、その肩を抱き寄せて。 力なくもたれかかってくる体を抱きとめる。 「…泣くな。どうすりゃいいのかわかんねぇ」 「…ゾ、ロ……も…眠り、たく……ね」 また眠ってしまいそうなサンジの気配に。 もうコイツのあんな顔は見たくないと。 考えるより先に俺の体は動いちまって。 「…!!」 サンジの唇にそっと。 自分のそれを重ね合わせて。 サンジの体を抱き締め。 おずおずと。 俺の背中に腕が回ってきてようやく俺は体を離す。 「よぉ、目ぇ覚めたか?」 完璧に眠気は消えたようだが。 どこか夢心地な表情でボーッとしてたサンジに声をかければ。 慌てたように背中に回した腕を下ろす。 「!!ックソ!テメェ、何のつもりでこんなっっ!?」 胸倉を掴みかかってくるサンジに。 結構、元気じゃねぇか…なんてことを考えつつ。 「あぁ?…惚れた奴が自分以外の野郎に抱かれてんのを見過ごすの は趣味じゃねぇ」 「何でそれ!!…は?え…」 「聞こえなかったのか?惚れてるって言ったんだ」 何のつもりだと聞くサンジに素直に答えれば。 瞬間的にサンジの顔が染まっていって。 俺はそんなサンジをひょいっと持ち上げて。 膝の上に向かい合わせに座らせる。 サンジは俯いたままで。 「…夢の中のテメェはそんなこと言ってくんなかった。キスだって…してく んなかったし」 何故か無性にそうしたくなって。 つむじを見せるサンジの頭をグシャグシャと撫でれば。 「!何しやがるっっ!!」 乱れた髪を押さえながら顔を上げたサンジを引き寄せて。 もう一度キスをする。 「そんなのなんべんだって言ってやるし、してやるから…俺にしとけ」 「………うん」 「夢の中よりこっちのがイイだろ?」 頬にも口付けながら聞いてやれば。 「ばぁか」 照れ臭そうにコイツは笑って。 …まぁ、笑えるなら上等だな。 「なんかオマエ、スゲェな」 「?何が」 「だって、オレ。もう眠くなんねェもん」 俺に寄りかかりながら。 肩口で安心したようなサンジの声に。 「そりゃ良かった」 俺の首に腕を回してガキのように頭を擦り付けて。 馬鹿ってスゲェ。とか言ってやがる。 …コイツは。 その時。 サンジの体から白い煙みてぇなのがすぅっと抜け出して。 俺の目の前でみるみる「俺」の姿をとる。 思わず脇の鬼徹に手を伸ばし…。 「へぇ。妖刀ってのは悪魔も斬れるもんなんだな」 「あ?なんか言ったか?」 「別に」 現れた時と同様に煙のように姿を掻き消すモノを見つめながら。 サンジを抱き締める腕に力を込める。 「ちょっ!苦しいって…ゾロ!」 「ん?悪ぃ」 「なぁ、ゾロ」 「何だ?」 「キス」 「は?」 「してくれるって言った」 「はいはい」 「んvなぁ、ゾロ」 「あ?」 「もっかい言って」 「あぁ?」 「言ってくれるって言った」 「ガキか、てめぇ」 「じゃ、抱いて」 「…はあぁ?!」 何でそうなるんだ、とサンジをみれば。 「だって、嫌じゃん…夢でもさ。やっぱ本物のテメェがいいよ」 「…あー。明日になれば陸に着く」 「んだよ、なんでっ?!」 文句を言うサンジをキスで黙らせて。 「あのな、この船には悪魔よりタチの悪ぃのが乗ってるんだ。 …イイコだから今日は大人しくしてろ。あんまり、俺を煽るな」 「??…じゃあ一緒に寝ようぜ?」 ……わかってねぇだろ、全然。 不安そうに俺を見上げるサンジを抱き締めて。 「明日、覚悟してろ」 「おう!」 チッ。 小さく舌打ちして。 「馬鹿ばっかり」 当てつけられて呟くけど。 …それにしてもなんでバレたのかしら? キッチンの外で様子を窺っていたあたしの耳に聞こえてくるのは。 すっかり恋人同士の2人の睦言。 「それにしても、お前が俺を好きだなんて知らなかったぜ」 「それは、オレの台詞だ!」 まあ、いいけどね。別に。 <end> |
<コメント> いかがでしたか? 【Eternal Wings】の緋月翔様のDLF小説!! いつもは、もっと甘甘系の素敵な小説書いてらっしゃるんですが・・・ これは、異色な、ちょっと、鬼畜系入った、強烈な夢魔でしたね・・・ 誤解のない様に言っておきますが、 翔様のサイトは、純然たるゾロサンラブラブ素敵サイトです!! ルナが、勝手に、DLF小説の中から頂いただけなので・・・ 書けないモノは、貰いましょう!!って感じで(笑) 貴女の誤解をとくためにも、翔様の素敵サイトに こちらから、行ってみましょう!! <treasure> <map> |