キッチンの壁にかけられた、ゴーイングメリー号唯一のカレンダー。
そのカレンダーのある日に記された、赤い花丸。
日付は3月2日。
ラブコック・サンジの誕生日。
深夜、そのカレンダーとにらめっこする1つの人影。
「・・・・・・・・・・・・・・・うしっ」
その人影はなにかを決意すると、キッチンを後にした。
革命前夜
「ふんふ〜ん♪」
すっかり夜も暮れたキッチンに、サンジの鼻歌が響く。
綺麗になっていく食器に、満足そうな笑みを浮かべながら。
煙草の煙が、立ち昇っては消えていく。
「よっし、完璧!」
ぴかぴかのシンクと食器を、嬉しそうに眺めた後。
ピンクのエプロンを外して、いつもの棚に置く。
その時。
ふと目に入ったカレンダー。
ある日付に書かれた赤い花丸。
「あっ・・・」
それは、自分の誕生日。
この船に乗って、初めての誕生日。
「ナミさん、覚えててくれたんだなぁ・・・」
こんな事をするのはきっと、ナミ以外にいない。
前にちょっとした会話の中で話した、自分の誕生日。
そんな些細な事を、覚えていてくれたなんて。
「へへっ・・・」
なんだか照れくさいけど、なんだか嬉しい。(ナミさんはきっと、プレゼント用意してくれるんだろうなー)
(ウソップの奴も、なんだかんだで気がきくし・・・)
(ルフィは・・・・・・、肉くれるかもな)
頭に浮かんでくるクルー達の顔に、くすくす笑いながら。
不意に浮かんできた、顔。
「っ・・・!!」
ほこほこした気持ちが、急に沈む。
(あいつは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、期待するだけ無駄、だな)
サンジの頭に浮かんだのは。
ゾロ。
同じ年のくせに妙に大人びていて、いっつも寝てる奴。
だけど闘いとなると、『海賊狩りのゾロ』の異名どおりの強さ。
「・・・・・・・・・」
気付いてしまった、この想い。
いつからかなんて、もうわからないけれど。
1日ごとに彼に惹かれていく自分を感じる。
実る可能性なんて、ないのに。
どんどん強くなる想いは、サンジを苛む。
「ふぅ・・・・・・・・・」
小さな溜め息が、煙と共に宙で消えた。
とある島に着いたのは、サンジの誕生日前日。
気を遣ったナミが、わざわざ立ち寄ってくれたのだ。
港に船を止めた後、ナミがサンジに話し掛ける。
「サンジくん。今日の買出しは、私たちが行くからね」
「すいません、ナミさん。お手を煩わせてしまって・・・」
「なに言ってんのよ。明日の主役は、サンジくんよ?」
ナミは綺麗に笑いながら、出かける準備をしている。
「明日は私が料理作るから、サンジくんはゆっくりしてね」
「ナミさんの手料理が食べられるなんてっ、最高にしあわせです〜〜〜vvv」
「はいはい。あんまり期待しないでね?」
照れくさそうに言いながら、ナミはルフィとウソップを連れて街へ行った。
その背中を見送りながら、サンジは少々緊張していた。
ナミたちがいなくなった今、船には自分とゾロだけ。
いっぱいの嬉しさと、ちょっぴりの不安。
(ゾロ・・・・・・、何処にいるんだろ・・・?)
サンジは何処となく落ち着かなくて、ついついゾロを探してしまう。
船内をうろうろしながら、最後に辿り着いた船尾に。
ゾロはいた。
いつもの場所で、いつもの体勢で。
静かに眠っている。
「・・・・・・・・・」
足音を立てないようにそっと、ゾロの傍にしゃがむ。
陽に焼けた肌。
ゆっくりと上下する分厚い胸板。
逞しい筋肉に覆われた身体。
珍しい、草原のような綺麗な髪。
(・・・・・・・・・かっこ、いいなぁ・・・)
無意識にそんな事を考えていたら、いつの間にかゾロに見惚れていた。
普段は喧嘩ばかりで、こんな風にゆっくり顔を見る事なんてない。
本当はその、深緑の瞳も見たいのだけれど。
起きてる時になんて、絶対見つめられないから。
今だけ。
ゾロが眠ってる間だけ。
こうやって見つめる事を、許して欲しいと想う。
不意に。
「・・・・・・・・・・・・・・・ゾ、ロ」
名前を呼びたくなった。
それは波の音に霞みそうなほど、小さくか細いものだったけど。
「ん・・・」
「っ!!!!!」
僅かに身じろいだゾロに、サンジは驚いて。
慌ててその場から逃げようとしたけど、伸びてきたゾロの手に脚を掴まれて。
「うおっ!?」
そのまま転んだ。
「んあ・・・?」
「ってーなっ!!なにしやがるっ!!!」
「お前こそ、こんなトコでなにしてんだよ?」
「お、俺は・・・!お、お前が間抜け面で寝てやがるから、えっと・・・」
しどろもどろなサンジに、訝しげな視線を送りながらもゾロは立ち上がり。
「ところで、もう街には着いたのか?」
「今頃、なに言ってやがる。とっくについて、ナミさんたちは出かけたよ」
「なんだとっ!?やべえっ!!」
「え・・・?」
ゾロは脇に置いてあった刀をとると、あっという間に船から下りてしまった。
「え、あ、ゾロっ・・・!?」
ばっと桟から身を乗り出したけれど、ゾロの姿はもう見えなくなっていた。
「・・・・・・・・・・・んだよ・・・」
ゾロに置き去りにされたような気がして、すごく寂しい。
「・・・・・・・・・クソ腹巻っ・・・!」
結局ゾロが帰ってきたのは、日も暮れてからだった。
もうすでに食事は終わっていて、サンジはゾロの食事を温め直していた。
「・・・・・・」
本当はいますぐにでも、『何処へ行っていた?』と聴きたいのに。
ゾロがなにかを考えるような表情をしているせいで、聴けない。
(どうしたんだろ・・・。帰ってきてからずっと、怖い顔してる・・・)
そわそわするサンジの一方で、ゾロは黙々と食事を平らげていく。
どんどん、空になっていく皿。
(どうしよっ・・・。早くしないと、ゾロ行っちゃうっ・・・)
かちゃん、と。
箸の置かれる音。
続いてぎしっと気の軋む音がして、ゾロが立ち上がった。
「あっ・・・!」
焦っていたサンジは、ついゾロの腕を掴んでしまった。
その手は。
ばっと思い切りよく、ゾロに振り払われてしまった。
「っ・・・・・・」
「あ・・・と・・・・・・」
気まずい空気がキッチンに流れる。
お互いに居心地が悪くて。
先に動いたのはゾロだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わり」
小さな声でそう言うと、ゾロはキッチンを出て行った。
ぱたんと扉が閉まるのと同時に、身体から力が抜けて。
「はっ・・・。触られんのもやなくらい・・・・・・・・・、嫌われてんだ・・・」
ぺたりと床にしゃがみ込んでしまった。
「っふ・・・・・・、うっ・・・・・・・・・!!」
ぱたぱたと。
瞳から溢れた雫が、床に無数の跡を残していく。
「うっ、うえっ、ぶえぇぇぇ〜・・・・・・」
1度、箍の外れた感情は。
留まる事を知らず、溢れてくる。
「えぇぇぇ・・・・・・、ゾロぉ・・・・・・・・・」
床に突っ伏しながら、サンジは泣き続けた。
涙は後から後から溢れて、スーツの袖はびしょびしょで。
どうしてゾロなんだろう。
この船には、ナミという素晴らしい女性がいるというのに。
「ゾ、ロっ・・・・・・」
世界中には、あんなにも人が溢れているのに。
どうしてゾロなんだろう。
「う、くぅっ・・・・・・!」
胸が痛い。
「ゾロぉ・・・・・・・・・」
―――――――――どのくらい、そうしていたのだろう。
ようやく涙が治まったのは、もう日付が変わる寸前だった。
瞳を真っ赤にさせたサンジは、のそりと立ち上がると。
テーブルに置かれたままだった、ゾロの食器を片付ける。
かちゃかちゃと、食器のぶつかる音だけが。
静かなキッチンに響いていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
さっさと風呂に入って寝てしまおう。
こんな顔のままじゃ、明日はみんなの前に出れないから。
ちゃんと瞼を冷やさないと。
キッチンの灯りを消して、甲板に出ると。
「っ・・・」
ゾロがいた。
桟にもたれて。
そしてサンジに気付くと、真っ直ぐにこっちにくる。
今、1番逢いたくないのに。
サンジはすっと視線を逸らすと、風呂場へ向かう。
「おいっ」
だけどその場から離れる前に、ぐっと腕を掴まれて。
「っ・・・!!」
息が止まりそうな錯覚に落ちる。
「離、せっ・・・!」
「おい」
「離せってばっ・・・!!!」
苦しげな声で、ゾロに怒鳴った瞬間。
「誕生日、おめでとう」
掴まれた手に乗せられた、小さな箱。
薄いブルーの包装紙と深いグリーンのリボンで、綺麗に包装されている。
「え・・・・・・・・・?」
「あ!言っとくけど、ナミに金なんて借りてねえぞ?ちゃんと自分の金だからな」
「なに・・・・・・・・・?これ・・・?」
「なにって・・・。プレゼントだよ、誕生日の。今日はお前の誕生日だろうが」
「なに、言って・・・・・・」
まだ、日付は変わっていないはず。
サンジは空いている手で、ポケットから懐中時計を取り出して。
時刻を見て、驚いた。
時計の針はちょうど、12時。
秒針はまだ、30秒を過ぎたところ。
「お前・・・・・・、まさかずっと・・・・・・・・・?」
ひょっとして。
ゾロは日付が変わるまでずっと、外で待っていたんだろうか?
だとしたら、自分の泣き声も聴かれていたのだろうか?
そんな想いが顔に出ていたのだろう。
ゾロが、ばつの悪そうな顔をして。
「あー、その、な・・・・・・。さっきの、聴こえちまった・・・・・・」
「っ・・・!!」
かぁっと、サンジの顔が赤くなる。
だけど次の瞬間、その顔は悲壮な色を浮かべた。
「・・・・・・忘れてくれ・・・。迷惑だって・・・・・・・・・わかってる」
いつもいつも喧嘩ばかりで。
「俺の勝手な想いだから・・・・・・、お前は気にしなくていい」
いつも怒らせてばかりいるのに。
「プレゼントくれただけで充分だから・・・・・・」
それなのに、好きだなんて。
「だから・・・・・・・・・、忘れてくれ・・・」
つうっと。
止まったはずの涙が、サンジの頬を伝った。
(あーあ・・・・・・、また泣いちまってるし・・・)
そんな事を考えていたら。
ぐっとゾロに抱き寄せられて。
「っ・・・!?」
キスをされた。
ほんの少しのキスに、サンジはきょとんとして。
「忘れられる訳がねえ」
「ゾ、ロ・・・・・・?」
「人の気持ちも聴かねえで、勝手に終わるな」
「な・・・に・・・・・・?」
「俺は、お前が好きだ」
「っ・・・!?」
「ずっとずっと好きだった。いっつも喧嘩ばっかで、それでも好きだった」
自分を見つめてくる、真っ直ぐな瞳。
「だからお前の誕生日に、言おうと想ってた」
「ゾっ・・・」
「好きだ」
告白の後に、もう1度キスをされて。
サンジの瞳からは、幾筋も涙が落ちた。
「好、きっ・・・!俺、ゾロが好きっ・・・・・・。大好き・・・!!」
「おう」
「ずっと、嫌われてるって・・・。さっきも手、払われたしっ・・・・・・」
「・・・悪かった。お前に触られると・・・・・・・・たまんねえから」
「っ・・・・・・・・・好きっ・・・!!」
ぎゅうっと、息が詰まるほど抱きしめられる。
だけど息苦しさよりも、たまらない愛しさで胸が溢れて。
涙が止まらない。
「昨日な・・・。ナミに街に着くって聴いて・・・。お前にプレゼント渡してえって想って、買いに行ってた」
「うんっ・・・・・・」
「こーゆーのは初めてだから、よくわかんねえけど・・・」
「うんっ・・・」
「お前に似合うと想う」
「・・・・・・・・・うんっ」
月明かりの下。
革命の夜が明ける。
END.
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