誕生日のプレゼント。
何事にも執着を見せない男が、珍しいことに自分から強請ってきた。
それしか欲しくないのだと。
それじゃないと嬉しくないのだと。
ガキみてぇな顔をして「駄目か?」なんてお伺いを立ててきた剣士を。
オレは心底可愛いと思って。
驚いて、嬉しいとも思って。
マリモな頭を抱き締めてこう言った。
「いいよ」
11月11日。
その日一日だけ、ゾロに与えた特権は。
「おいサンジ」
「ん?」
ちゅ。
「どうだ」
「・・・・はいはい」
これはオレが勝手に命名したんだけれども。
『不意打ちキッス』 盗むように。
奪うように。
でも暖かさばかりで溢れるようなキス。
恥ずかしいからと、昼間のキスを嫌がるオレに対して、ゾロが少しばかりの不満を持っていた事には気付いてた。
キッチンとか、倉庫とか、船尾とか。
二人っきりになったシーンで、恋人同士のオレ達は自然そんな空気になる。
なのに。
オレは、近づいてくる唇を何度押しやってしまった事か。
嫌な訳じゃないんだ、決して。
むしろゾロから求められる事はとても嬉しい。
でもでも。
やっぱり恥ずかしい気持ちが先立ってしまうから。
そんなオレに、ゾロが自分の誕生日プレゼントとして強請ったのは。
今日一日、寄せる唇を避けない事。
どこでも。
誰がいても。
ゾロがしたい時にするキスに、オレがちゃんと応える事。
なんっつー恥ずかしい事をと思わないでもなかったけれど。
ゾロが欲しいと言うのなら。
それしか欲しくないと言うのなら。
こんな誕生日プレゼントも悪くないかもしれない。
そして、たった今。
本日通算20回目のキスが施された。
現在オレは昼食の準備中で。
名前を呼ばれ振り返った瞬間、視界がゾロでいっぱいになった。
少しだけ揺れた心臓。
それでも朝からなんども繰り返されるそれに慣れを感じ始めていたオレは、ちょっとだけ呆れた言葉を返す。
ちょんと触れただけですぐ離れてしまった唇は少しかさついていて。
「どうだ」なんて、オレの不意を突けた事が嬉しかったのか胸を張っている目の前の男。
気配を断ってまでする事か?とは言えなくて。
誉めて欲しそうなゾロへと手を伸ばす。
頬を掌で包み込み、素早く周囲へと視線を巡らせてから、今度はこちらからキスをしてやる。
ちゅ。
「楽しそうだな」
「おぅ。すげぇ楽しいぞ」
満面の笑みなんて、そう簡単に見る事は出来ないから。
それをオレがさせていると思えば、こっちの胸まで昂揚してくる。
「サンジ」
ゾロの腕がオレの腰に伸びて胸へと引き寄せられた。
そのままきついハグを。
苦しいと思っても、今日だけはこのままで。
息を吐き出して、オレの手もゾロの背中へと回される。
(・・・・・・・・・ん?)
硬い肩に頬を当てもたれ掛かるように体重を預ければ、ゾロの手がフイに変な動きを見せ始めた。
モゾモゾと腰の当たりで何かを示唆するような動きを。
振り払うように腰を振っても、ゾロの手は指先に力を入れてシャツごしの肌を揉むようにうごめき続けている。
「コラ!」
「・・いいだろ、ちっとだけ」
「そこまでは許してねぇっての!」
「イデ!!」
靴の踵でゾロの足を思いっきり踏みつける。
ゾロは痛みに顔を歪めても、抱き締める腕の力は緩めない。
「まだ昼間だぞ」
頬を膨らませて抗議してみる。
そうすると、ゾロまでなんだか拗ねた顔をして。
「待てねぇ」
そう言ってギュっとされた。
ついつい、肩越しにゾロの尻を見てしまう。
そこにはもしかしたらフサフサの尻尾が揺れているかもしれないと思ったから。
これはまるで、でっかい犬。
もっと躾ないとなーなんて思いながらも。
飼い主をどこまでも愛してくれる狂犬ゾロ、やっぱり大好きで。
「あの・・」
「ん?」
「ちょっとだけ、なら・・」
「サンジ」
途端パァっと明るくなるその顔。
「ちょっとだけだぞ!」
「もちろん」
あぁもう。
そんな嬉しそうな顔すんなよー。
オレまで、こんなにも幸せな気分になってしまうじゃないか。
リミットを五分として、お互いの体に触れる。
ズボンから引っぱり出したシャツの、裾から忍び込んできたゾロの手。
「・・ぁ・・っ」
やわやわと感触を確かめるように動くから、オレの唇からは詰めた様な声が飛び出してしまう。
「ゾ・・ロ」
「ん?」
「ちょっとだけ・・って、言った・・」
「ちょっとだけだろ」
(どこが!)
立ったまま、ゾロの首に顔を埋めて。
オレの手もゾロの背中やら胸板を撫で回してるんだけど。
その動きが辿々しくなってしまう程に、ゾロは指先は器用に動くから。
「あ、あっ」
いつのまにかゾロの右手は胸に、左手は尻に。
摘まれて硬くなってしまった胸のそれ。
きゅっきゅとリズムをつけて摘んでくるから、ジンワリと目尻が熱くなってくる。
まさしく鷲掴みされているオレの尻はゾロの掌の中でモミモミと。
「そんなの・・っ」
駄目だと言おうとしたのに、耳たぶをカプリとされて全身が震えてしまった。
何だかいいようにされて悔しい。
「柔らけぇー」
「も・・ばか・・っ」
ゾロの背中に思いっきり爪を立てる。
硬い筋肉にギリギリと爪を食い込ませて、いい加減離れろとアピールしても、当然ゾロは止めてくれなくて。
それどころか、ヒョイっと抱き上げられたと思ったら、椅子へと運ばれてしまう。
座ったゾロの膝上へと乗せられて、
「んんーっ」
抗議を告げる前に唇を塞がれてしまった。
その間もゾロの手は休まず動き続けている。
「んんんっ」
首を振っても離してくれなくて、散々弄り倒され敏感になっている乳首を強めに抓られた。
何だかもう。
ヤダ。
ここはいつ誰が来るかもしれないキッチンで。
今にもそこにある扉を開けて誰かが入ってくるかもしれない。
この場面を見られてしまうかもしれない。
乱れた服装でゾロとキスしている所を見られるのがイヤな訳じゃなくて。
オレはただひたすらに恥ずかしい。
そして、こんな落ち着かない気分で交わす温もりは、なんとなくオレを寂しい気持ちにさせるから。
キスをしていいと言った。
触れてもいいと言ったけれど。
こんな気分じゃ存分にゾロを味わえない。
この恋において、中途半端は微塵としてイヤなのだ。
気付かれぬ様に手を伸ばして、ゾロの耳を掴んだ。
そのままぎゅっと引っ張ったら。
「ッ!!」
激痛にやっとゾロが腕を緩めてくれた。
そして、驚いた顔を浮かべる。
「サンジ・・ッ?」
それもそのはず。
なかなか止めてくれないゾロへの憤りと、羞恥への恐怖と、煽られるようなキスのせいで。 オレの目尻からは雫が一粒ポロリと落ちたのだ。
「も・・やだ・・」
そう訴えたオレに、ゾロがらしくない程に焦る。
「す、すまねぇ!泣くなっ」
ヨシヨシと頭を撫でられて。
ポンポンと背中を叩かれて。
(子供じゃないぞ、オレは)
そんな反発が生まれそうになったけれど、ゾロがとっても慌てているから。
オレはシャツの袖で目をゴシゴシと拭ってから、ゾロを見た。
「夜まで・・待つ?」
「おぅよ。大人しく待つぜ。今はもうしねぇ」
シャツから引っぱり出した手をオレの目の前でヒラヒラさせて。
夜まで我慢すると言ってくれた。
そうだよ、夜になれば。
昼間とはちょっと違ったオレが、たっぷりとサービスする予定なんだから。
今から摘み食いされちゃお楽しみが半減してしまうというもの。
それをゾロに言ったら、また彼は至極嬉しそうに笑った。
楽しみだと、そう笑った。
オレも笑って。
気付けばリミット五分はとっくに過ぎていた。
オレはゾロの上から降りると、再度シンクへと向かう。
ワクワクしたゾロの空気を背後に感じれば、何だかこっちは照れてくる。
熱い頬。
でも、心は決まっているから。
キィ・・っと音を立てて開いた扉。
ゾロが甲板へと出ていこうとしている。
きっと甲板で夜まで大人しくしているつもりなのだろう。
オレは扉へ背中を向けたまま口を開いた。
「プレゼントは丸二十四時間有効だぞ」
「・・・・・・」
床を蹴る音。
すぐ後ろにある温もり。
髪に押しつけられたのはやはりかさついた唇。
不意打ちにならないキスをして、また離れていく靴音。
パタンと扉が閉まった。
一人になってしまったキッチンの中。
それでもゾロの気配がいっぱい残ってる。
それを感じながら、オレは包丁を手に取った。
本当は、さ。
「・・オレも待ち切れないよ」
呟きは誰に聞かれる事もなく、包丁が奏でる音に紛れて消えていった。
Fin
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