眠れる夜を・・・・ |
今だ秋の気配を見せない、十月の初め。
甲板に降注ぐ日差しは穏やかで、暖かい。
オレは甲板に寝そべって、自分の腹を見つめていた。
壁によりかかっているから、その体勢になんら苦痛は感じない。
呼吸に合わせて、腹の上・・・いや・・・性格には腹巻の上にいるモノが
同じように上下に動くのが堪らなく楽しくて・・・嬉しくて・・・。
日課の昼寝も忘れて、その光景に見惚れていた。
少し大きく呼吸をすると、ソレも大きく動く。
「すっげ・・・可愛い・・・」
起さない様に・・・そっと声を出す。
こんな細かな芸当が自分に出来るなんて思ってもいなかったので、
生命とは不思議なもんだ・・・。
「親バカ・・・大爆発・・・」
「・・・・・・・・」
「バカ旦那だけでは足りないようね?」
頭上から、魔女の・・・いや・・・ナミのいけすかねえ声が降って来る。
こいつは・・・もう少し可愛げってもんを知った方がいい。
そう・・・アイツみたいに可愛くなれないもんかね?
・・・・・・・・
まぁ・・・アイツほど可愛い者なんていないが・・・
「サンジ君が探してたわよ?ゾロ」
カツンカツンと足音が遠ざかっていく。
「たく・・・お前はあんな魔女になんかなるんじゃねえぞ・・・」
腹の上の生き物に、そっと声をかけた。
風になびいて揺れる、細い蜂蜜色の髪。
撫でてやると、指をすり抜けていってしまう。
そのまま、手を下ろして頬に触れる。
オレの無骨な手で完全に隠れてしまう位の、小さな顔。
指の先でフニッと突付く。
つるつる・すべすべの肌が気持ちいい、しかも真っ白な雪のような色。
頬が愛らしく、ピンクに染まっている。
「あぶ・・・ふぁ・・・」
オレが触れた事で目が覚めてしまったのか、今まで閉じられていた瞳が開かれる。
深い海の底のような蒼より・・・藍に近いような・・・
瞳の色の奥には、光の加減でオレによく似た深い緑も見える。
「すまね・・・起しちまったか?」
「あだぁ・・・だ・・だ・・」
愛らしい声を上げて、ポンポンとオレの腹を叩く小さな手。
初めて見た時は、こんなに小さな者が大きくなるのだろうかと不安になったけれど・・・
今はその小ささが・・・愛しくて堪らない。
「ん?どうした?・・・もう少し寝るか?」
優しく引き寄せて、その桜色の頬にキスをする。
甘い・・・独特のにおい。
『お〜い・・・ゾロ〜!・・・・アオイ〜〜〜』
キッチンの方からサンジの声が聞こえる。
ナミが探してるって言ってたっけ・・・
「サンジが呼んでるな?・・・うし・・行くか・・・」
オレはアオイを抱きかかえて、そっと立ち上がる。
この前、勢いよく立ち上がったら、アオイがその高さに驚いたのか泣き出してしまって・・・。
散々サンジに叱られた所だった。
「あぶう・・・んあ・・んだぁあ・・・」
アオイ
アオイ・・・・
オレの大切な子供・・・生まれて・・・今日で六ヶ月がたったんだぞ?
首も座って・・・こうして外に連れ出すのが楽しくて仕方ない。
サンジにそっくりな・・・ハニーブロンドにそっと鼻を押し付けて。
「お前は美人になるぞ・・・なんたって・・・アイツにそっくりだからな・・・」
もう一度顔を見つめる。
サンジに良く似た・・・愛らしい顔・・・
蒼い瞳の奥深くには、微かな緑色・・・
オレによく似たしっかりとした眉・・・
「でも・・・オレにも似てるんだからな・・・わかってるか?アオイ?」
「っきゃあうう!!・・・あぶう・・・」
わかっているのか・・・いないのか・・その可愛らしい微笑みに
きゅうっと抱きしめた腕に力がこもる。
絶対嫁にはださねえ!!
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「うぶぅ・・・あぶ・・・」
「どうした?ご機嫌じゃねえか」
俺はベビーサークルへ声をかける。
ウソップ特製のアヒルのぬいぐるみを、小さな手が握って楽しそうに笑っている姿が可愛らし
い。
すこし黄色がかった緑の髪
楽しそうに開かれた瞳は少し明るい蒼の瞳。
あまり外に出さないにも関わらず、その肌は健康そうな小麦色。
そして、クルリンと巻いた細い眉。
昼の仕込みを終えて、ベビーサークルに向かう。
俺が近づくのがわかったのか、遊ぶのをやめてその小さな手を広げて抱っこをせがむ。
その可愛らしい姿に堪らなくなる。
俺の大好きな剣士によく似た顔で、そんな風にオネダリされたら・・・
いくらでも甘やかしたくなってしまう。
「あ・・・あ・・・あうう・・・んだ・・」
小さな身体をそっと抱き上げ、腕に落ち着かせる。
「んん〜可愛いvvv」
赤ん坊特有のミルクのにおいに、つい頬が緩んでしまう。
堪らなくなって、柔らかいほっぺたにスリスリと頬を擦り付けると
小さな手が俺の頬をペチペチと叩く。
「んん〜〜〜〜〜〜vvvv可愛いなぁ・・・」
「あぶ・・・・ふぇ・・・ふぇ・・・」
突然ぐずり始めるので、時計を見ると測ったようにミルクの時間だった。
「そっか・・・腹減ったか?んんvイイコだなロジは・・・いっぱいミルク飲んで・・・・大きくなろうな
ぁ」
ロジ
ロジ
俺の大切な赤ちゃん。
大切な人と・・・できた奇跡の赤ちゃん
知ってるか?
今日でお前は六ヶ月になったんだぞ?
たくさんの思いをいっぱい詰めて、ロジを愛してくれる。
きっと大きくなったら、ゾロみたいにいい男になる・・・
あいつそっくりだから・・・でも・・・
その黄色がかった髪に
くるりと巻いた眉毛に・・・
俺の子供でもある証がある・・・・その事がうれしくて・・・
いつまでも・・・俺の側になんて思ってしまう・・・。
ロジを抱きながら、俺は湯を沸かす準備をする。
棚から、蒼い哺乳瓶と緑の哺乳瓶をとりだして粉ミルクを入れる。
本当は母乳の方がいいんだろうけど・・・あんまりでないから
まぁ・・・本来は生むようにできてない身体だし・・・子供が出来たことは嬉しいんだけど
胸はそれなりに張るんだけど・・・元が小さいからかな?
量はでないから・・・二人分は確保できない。
沸いた湯をそれぞれの哺乳瓶に注いで、
冷めるのを待つ間に、アオイを探しに行こうとキッチンを出た。
「んんvvいい天気だ!なぁ?ロジ・・・さてアオイはどこかな?」
「んあう・・・う・・う・・・」
「サンジ君?ちょっとこっち来てくれる?」
突然ナミさんの声、ロジの声が聞こえたのだろう。
どうやらナミさんはみかん畑にいるらしい。
「今行きます!・・・ロジ、みかん畑に行こうな」
「んっあ・・・あぶ・・」
ロジが眩しくないように、そっと小さな額に手をかざしながらみかん畑に向かう。
「なんですか?ナミさん?」
「あら、ごめんなさいね・・・ロジ君もご苦労様・・・
これ、熟れすぎてるみたいだからロジ君とアオイちゃんにおすそ分け」
小さな籠いっぱいに、鮮やかなみかんが入っていた。
どう見たって、十分食べごろな物。
決して熟れすぎてなんていない・・・。
「・・・でも・・・これ・・・」
「あら、私の目は確かよ?それは熟れすぎてるの!」
ナミさんの優しさに嬉しくて、ニコニコ顔が緩む。
「ありがとうございます・・・ほら・・ロジもナミさんにありがとーしましょう!」
そう言うと、ロジはナミさんに小さな手を伸ばした。
「あん・・・だぁ・・・」
ナミさんにロジをそっと渡す。
「んんvv・・憎たらしいバカ剣士に似ちゃって災難ね?でもまぁ・・・男前には違いないから
ロジ君はあんなバカ旦那みたいになっちゃだめよ?」
「ううきゃ!」
「ナミさん、アオイ見ませんでした?」
「さぁ?どうせアイツが連れ出してるんじゃないの?」
ナミさんから、ロジを預かるとゾロを探す為甲板に戻る。
「たく・・・なぁ?ロジ・・ゾロのやつアオイばっか可愛がって悲しいなぁ?」
「んぶう・・」
俺の話がわかっているはずもないのに、きちんと返事らしい声が返って来るのが嬉しい。
「ゾロ〜アオイ〜」
何度か呼ぶと、ゾロがヒョコリと現れた。
もちろん、アオイを抱いて。
たく・・・この旦那は・・・どっちも俺達の可愛い赤ん坊なのに・・・
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「げふ・・んぷ・・」
アオイが気持ち良さそうにゲップをするのを確認して、サンジはベビーサークル戻す。
先に戻っていた、ロジは既に眠ってしまっている。
「おし!アオイもいい子だから、寝るんだぞ?」
「んあぁあ」
全て飲み干された哺乳瓶をシンクにかたしながら、サンジはにっこり笑った。
キッチンの小窓から、甲板が見える。
そこには、たくさんのオシメやシーツがバタバタと風にゆれている。
二人分のオムツカバーもヒラヒラ揺れて・・・こんなに幸せでいいのかと思う。
「んだ・・・・んんあ」
最近よく動くようになって、アオイもロジも一人で起き上がり座る事が出来るようになっていた。
ベビーサークルに捕まって、寝かしたはずのアオイが起き上がっている。
「こら・・・お前もロジと一緒におねんねするの!」
「んあああああ・・・」
「眠くないんじゃねえのか?」
背後からゾロの声がして、サンジの額にひくりと青筋が浮かぶ。
「あぁそう?なんで眠くないのかな?アオイは?」
「んああ・・んだあ・・だ・・だ・・・」
無垢な瞳がクルンとサンジを見つめる。
アオイを始めてみた時、自分によく似た顔・・・
その深い蒼の瞳の奥に、ゾロの瞳の深い緑を見た・・・どんなに嬉しかったか・・。
自分と、ゾロの子供なのだと・・・嬉しくて・・・その事に涙が出た。
サンジの隣にゾロが立つ気配。
「ほら・・・アオイ・・・眠くないなら、父さんが抱っこしてやろう」
大きな手が簡単にアオイを抱き上げる。
「・・・なぁ?ゾロ・・なんでアオイは眠くねえんだろうな?」
「あぁ?そりゃ、さっきまで俺の腹の上で寝てたからだろう?」
ひくひくとする額をなんとか押さえて、サンジはにこりと微笑む。
もちろんその瞳は笑っていないが・・・。
「俺は何度も言ったよな?不規則に寝かすのはやめろって」
ゾロはアオイを高い高いとあやしながら、サンジの言葉を聞いている。
じっさい聞いているのか微妙なところではあるけれど。
「けど・・寝る子は育つんだぞ?眠い時に寝かさないでいつ寝かすんだ?」
「んきゃあ・・・・ああ・・んだ」
「ほら、アオイ高いだろ?んん?」
はぁ〜とため息をついて、サンジは怒る事を諦めた。
(いい度胸だ・・・あほゾロ・・・今夜は付き合ってもらうぜ)
サンジは、キッチンで遊ぶゾロを横目に、ニタリと笑った。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
夕飯も終わり。
俺は後片付けに時間をかける。
先程、夕食のさいにゾロに囁いた言葉。
『な・・・最近・・・すっげ胸張って痛いんだよ・・・もんでvvv』
ゾロは目を見張って、咳き込んでいたけど・・・こりゃ早々にキッチンにやってくるね。
最近子供達がいるから、してないし・・・。
元は野獣なあいつだから・・・くく・・・・まってろ・・すぐ思い知らせてやるからな・・・。
ガチャ・・・キィイイ
そんな事を考えているうちに、ゾロがキッチンに入ってくる。
キッチンのベビーサークルでは、すでにロジが気持ち良さそうに眠っていた。
「おい・・・まだ終わんねぇの?」
椅子にどかりと腰掛ながら、ゾロはチラチラとこちらを伺う。
「んん〜まだ・・・後明日の仕込みもしなくちゃいけないし・・・・もうちょっと待ってなvvパパvv」
ちゅうっと頬に一つキスを送る。
「ん・・あ・・あううう」
眠るロジの横で、アオイは今だ楽しそうにサメのぬいぐるみで遊んでいる。
「おう!アオイ・・・夜更かしはダメだぞ?ほら、ロジみたいにねんねしろ」
ゾロがアオイを寝かせる為に、抱き上げたのが背後の気配で知れる。
そりゃそうだろう・・・子供のいてる前でいちゃいちゃ・・それ以上の事はできないよな?
いくら赤ん坊でもさ・・・けど・・・甘いなぁ・・・ゾロ・・言ったよな?
『不規則に寝かせるなって』
なぁ?ゾロ?
俺が仕込みに時間をかけていたため・・・もちろんわざとだが・・・既に午前三時・・。
「ふんぎゃあああああ・・ああん・・ああん」
ひぐひぐと鼻をすすりながら、アオイが泣きじゃくる。
始まったか・・・。
「へぐ・・・へぐ・・・」
アオイの泣き声にロジがぐずり出す。
俺はロジを抱きかかえて揺さぶってやる。
俺の胸の中で一度大きく欠伸をすると、ロジはすぐ寝入ってしまった。
「んああああ・・・びいぇええええええ・・・・・」
相変わらずアオイは泣きっぱなし・・・・。
言う所の『夜泣き』である。
眠いのに眠れないのか、眠るのがイヤでぐずるのか・・・両方だろうけれど・・・
ここの所アオイの夜泣きは酷い。
同じように育てているはずのロジはこんなにぐっすり眠ってくれるのに・・・だ・・。
考えられるのは、最近アオイを連れまわしているゾロ・・・。
ひょっとして・・・不規則に寝かしてる?
とか思っていたら・・・・当たり前のように肯定の返事。
それでなくても、早朝にミルクを与えたりと寝る時間が随分減っているんだ。
ゾロは寝ちゃうと、なかなか起きないからいいかも知れないけど。
ナミさんや、皆も寝不足気味。
赤ちゃんだから仕方ないよと、それも覚悟で生む事を承知してくれていたから
皆眠そうにしていても、何も言わないけど・・・。
ゾロはお父さんなんだからさ・・・もう少しそこのところわかって欲しい。
「んああああああ!!!!」
「お・・・おい・・ほら・・アオイ・・イイコだなあ」
ゾロが必死を宥める。
いつもは、ゾロにべったりのアオイも今回ばかりは泣き止まない。
「んぎゃああ・・・・ああんぎゃ・・・ふう・・ひっく・・・あああああ!!」
その小さな身体にどれだけの力があるのか、凄まじいまでの泣き声。
「わわ・・・アオイ〜頼むよう・・・な?寝よう?」
ゾロのヤツ、情けない顔を必死に笑顔にして・・・・いつもは、アオイが自分に懐いているのを
見せびらかすようにしているのに・・・。
「ちょ・・・サンジ・・・おい・・・・」
とうとうゾロが俺の方を向いた。アオイは泣きながら、バタバタと暴れ始める。
俺は黙ってアオイを受け取ると、そっと胸に持たれかけさせてポンポンと背中を叩いてやる。
小さな声で・・・幼い頃聞いた子守唄を歌う。
「んぎゃあああ・・・・・んあああ・・んふ・・・んあ・・・ひっく・・ひっく」
ポンポンと同じ動作で、背中を叩き続ける・・・歌はメロディーだけにして・・・
「んひっく・・・んあぁ・・・んん・・・」
泣いて疲れたのだろう、アオイは落ち着くとすぐ寝息をたて始める。
「ほら・・・もう・・眠いな?ん?おやすみ・・・・アオイ・・・」
スースーと眠ったアオイをゾロに渡して、俺はベビーサークルに眠るロジを抱きかかえる。
この騒ぎで眠れるロジに、先行きの不安を感じないわけではないけど・・・・。
「ほら・・・ベッドに行くぞ!」
自分たちの自室に入って、ロジとアオイを寝かせるとゾロに座るように言う。
「いいか?出来るだけ、不規則寝かせないでくれって言ったろ?
最近アオイは毎日夜泣きが酷い!わかってるか?」
「・・・・・すまん・・・」
しゅうんとなって座るゾロに俺は明け方近くまで説教をするのだった。
「ふああああ・・・・サンジ君おはよう・・・」
「あふ・・・おはようございますナミさん」
珍しく、サンジと共にキッチンにいるゾロにナミは冷たい一瞥を加える。
サンジもナミも目の下のクマが痛々しい。
「・・・・たく・・・・この親バカ・・・」
皆の冷たい視線が、ゾロに突き刺さっていた。
一週間、ゾロは洗濯当番を言いつけられていた・・・・
と、言うのは・・・・・ナイショの話・・・・・
<END>
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