忘却の先に

明るい光が。
  眩しくて・・・
 
  明るい光が
  暖かくて・・・
 
  ゾロはカーテンを閉め忘れた事に気がついて、のそりと起き上がる。
  隣のサンジは安定した寝息を立てていた。
  体力回復の為にも、もう少し寝かせてやりたかった。
 
 
 
  サンジが夏バテと夏風邪のブッキングでダウンして。
  少し冷や汗をかいたけれど、この船には優秀な医者がいる。
  昨日、チョッパーに貰った薬は一日分だけだった。
  昼前に、もう一度診察に来るはずだ・・・。
  ゾロはゆっくりとサンジの方に向き直る。
 
 
  フカフカのベッドに身体を無防備に沈めて眠っている。
  薄いカーテンから陽光が微かに漏れて、
  サンジの金色の髪が綺麗に輝いていた。
 
  白い頬にも自然な赤みがあるし。
  もう、心配はないのだろう・・。
  ゆっくりと、サンジの頬に触れる。
 
  カサカサとして暖かい。
  柔らかい頬。
  何もかもが愛しい。
 
 
  薄らと、サンジが瞳を開ける。
  微かなゾロの動きに気がついてしまったらしい。
  「わり・・・起したか?」
  優しい声色で、サンジに微笑みかける。
  「もう少し・・・寝てろ・・昼にはチョッパーが診に来る」
  クシャっとサンジの髪を乱して、もう一度。
  『寝ろ・・』
  そう言うはずだった。
  サンジが言葉を口にするまでは・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  「・・・・・・何・・・あんた・・・誰?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  世界が凍った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ゾロはそう思った。
 
 
 
 
 
 
  『記憶障害』
  チョッパーが帰ってきて、診察の結果そう診断を下した。
  「多分、高熱で頭の中が、大事な情報を守ろうとしたんだ・・」
  「何?」
  「高熱になると、細胞が壊される。それは脳内も同じ事なんだ」
  「・・・・」
  「脳内が自分でこのままじゃ、大事な情報を壊されると思ったんだろうね・・・」
  「・・・・守ろうとした?」
  「そう、大事な情報を守ろうとして、深くに隠す。それがキチンと元に戻ってな
いから、一部の記憶が欠落してる・・・」
  「そんな・・・治るのか?」
  「もちろん・・・失くしたくないと思った事だから・・・失くしたわけじゃないから
ね・・・いつ戻るかはわからないけど・・・」
  「戻るのか?」
  「戻るよ・・・いつとは言えないけど・・・」
  優秀な船医がそう言って、にこりと微笑んだ。
  その笑顔は本物の笑顔だったから、ゾロは心の底から喜んだ。
 
 
  サンジは目覚めて以来。
  ゾロの事だけを忘れてしまっていた。
 
 
  他のクルーも、船に乗る前の生活も覚えているのに
  ただ、ゾロの事だけすっかり忘れてしまっている。
 
  「なぁ・・俺、何でお前と寝てんだ?」
 
  サンジが記憶障害と診断されて、数時間後。
  ゾロはサンジに会いに行った。
  そして初めて言われた言葉がそれだった・・・。
 
 
 
 
 
 
  思い出して欲しかった。
  例えどんな些細な事でも、例え名前だけでも・・
  思い出して
  その声で
  その口で
  呼んで欲しかった。
  心も取り戻したいなんて、無理は言わないから
 
 
  ゾロが、横になっているサンジの隣に座ったとたん
  サンジの言った言葉に
  ゾロは身体から血の気がなくなるのがわかった。
 
 
  「なぁ・・俺、何でお前と寝てたんだ?」
 
 
  不思議そうにもう一度聞いてくるサンジ
 
  サンジは守ろうとしたのだ
  自分の事を大切だから守ろうとしただけなのだ
  それはわかっているのだけれど
  面と向かって
  言葉をかけられるのは辛かった。
 
  「サンジ・・・オレはゾロ・・・ロロノア・ゾロだ・・」
  「ふうん・・・で?みんなは何処に行ったんだよ?」
  「明日まで帰ってこねえよ・・・」
  「俺と・・・・名前・・なんだっけ?」
 
 
  何もかもが、絶望のように感じる。
  名前すらも・・・
  やはり、
  サンジは覚えていない。
 
 
 
  分かっているのに・・・
  苦しいほどに・・・涙が出そうなほどに
  病気の後遺症なのだと
  いつかは戻るのだと・・・
  わかっているのに・・・
 
 
 
  それを現実で言われると
  ゾロの中で何かが、ガラガラと音を立てて崩れる
 
  恐怖ではない
  これは
 
 
 
  その先の
 
 
 
  絶望
 
 
 
  そんな思いに駆られてしまう。
 
  「ゾロ・・・だ・・」
  「俺とゾロは居残りなのか・・・ナミさんってばいけずなんだからなあ・・・」
  サンジは無邪気にそんな所も可愛いと、普段どおりの顔で笑った。
  「サンジ・・」
  「・・・・腹減ったなぁ・・・」
  「・・・サンジ・・・」
  「あぁ?何?」
  サンジはベッドから身軽に跳ね起きると、クローゼットに向かった。
  そこにゾロがいる事など目にも入っていないのか、
  気にする相手ではないと判断したのか・・・。
 
  「ここは・・・この部屋は・・・オレ達の部屋だ・・・」
 
 
 
  思い出して欲しい。
  何もなかったかのように振舞うサンジに、ゾロは堪えられなかった。
  チョッパーにはあまり、いきなりに現実を伝えてはショックを起すからと・・・
  言われたけれど・・・
  そのせいで、しまっておいた大切な記憶も壊れてしまいかねないと・・・
  忠告されたけれど。
 
 
 
  目の前のサンジが・・・
  遠くて
  遠くて
  遠くて
 
 
 
 
  堪えられない
 
 
 
 
  「相部屋だろ?まぁ狭い船だからな・・・しかたないさ」
  サンジはゴソゴソとパジャマを脱いで、着替え始めた。
  夏バテのせいなのだろう
  その後姿は、とても細く・・・
  腕を動かすたび
  肩甲骨が大きく動く
 
 
 
  ゾロには
  その肩甲骨から翼でも生えて
  サンジが飛んで
  消えて
  なくなってしまうのではないかと、
  怖くなった
 
 
 
  「そうじゃねえ!いいから、話を聞け!」
  ゾロはサンジの肩を掴んで
  コチラに引き寄せる。
  まだ、身体を支えきれていなかったのだろう
  サンジはそのままよろめいて
  ゾロの胸に倒れこんだ。
 
 
  その細い身体をゾロは抱きしめた
  もう・・・
  このまま
  時間が止まればいいとさえ思った。
 
 
 
  何も覚えていないサンジがこれほど遠いものだとは
  思っていなかった・・・
  腕に囲んだサンジの・・・か細い身体・・・
  何度この身体を抱いたろう?
  何度この身体に抱きしめてもらっただろう?
 
 
 
 
  「・・・サンジ・・話を聞いてくれ・・・」
  「ちょ・・・!!離せ!!」
  サンジはゾロの話を聞くどころか、物凄い勢いで暴れ始めた。
  その抵抗の激しさに・・・ゾロはサンジが本気で嫌がっているのだと知った。
 
 
 
  そうしたら・・・腕は力を失くして・・・
 
  分かっていた・・
  今のサンジは
  恋人のサンジではない・・
  それどころか・・・ゾロの事さえ忘れてしまって・・
  そんなサンジを抱きしめても・・・
  拒絶される事はゾロにも分かっていたけれど・・・
  けれど・・・
  恋する男は愚かだから・・・
  小さな小さな・・・
  お話みたいな
  そんな奇跡にさえ期待していた・・・
 
 
 
 
 
 
  バタバタと・・・サンジが部屋から出ていって・・・
  その音を聞いて・・
  ゾロは・・・気がついた・・・
 
 
  腕に温かさはない
  胸にあの優しい香りが
  優しい
  愛しい・・・
  サンジがいないのだと・・
  やっと・・・己の心に刻みこんだ・・・
 
 
 
  そして・・・
  膝は崩れた
  屈強な男は
  強靭な身体を持っていたけれど
  心は孤独で・・・・
  唯一を失くしただけで
 
 
  こんなに弱くなってしまうものなのだと
  知った・・・・
 
 
 
  膝をついた床の温度さえ
  ゾロには冷たく感じて・・・
 
 
 
  何もかも・・・なくした感じがした・・・
  涙は静かに流れ
  力強い瞳から
  涙は流れて・・・止まらなかった・・・
 
 
 
  腕が覚えている
  胸が覚えている
 
 
 
  その感覚・・・
  幸せだった感覚
  もう後戻りなんて自分にはできないのに
  手放す事なんて
  できないのに
 
 
 
 
  失くしてしまった・・・
 
 
 
       +++++++++▽++++++++▽+++++++++▽+++++++++
 
  バタバタと音を立ててサンジはキッチンに駆け込んだ。
  懐かしい風景に・・・
  ほっと一息つく。
  突然起きたら、男が寝ていてそれはそれ愛しそうに自分を眺めていたのであ
る。
 
  心底驚いた・・・。
 
  サンジはズルズルと壁にもたれて座り込んだ。
  目覚めた先にあった
  あの優しい瞳。
  緑の穏やかな瞳。
 
 
  でも、知らない人間だった。
  昼にトナカイ船医が来て、記憶障害だと言われた。
  あの男の事だけ忘れてしまっている・・・そう言われた
  分からない
  わからない
 
 
 
  ワカラナイ!!!!
 
 
 
  あの優しい瞳に心ときめくのも・・・
  なんだか胸がホンワカするのも
  何が自分に起こっているのかわからない・・・。
 
 
  サンジは、キッチンを見渡した。
  ココは知ってる。
  ココは俺の居場所。
  見慣れたキッチンで目蓋を閉じれば、大食い船長のタベップリやナミの愛らし
い笑顔・・・・。
  ウソップに・・・トナカイ船医に・・・皆知ってるのに・・
 
 
 
  何度試してもそこに、あの緑の髪男はいない。
  俺は忘れている・・??
  それすらも確信がない。
 
 
  怖い・・・怖い・・・
  ちゃんとみんな知ってるのに・・・
  みんなあの男をを知ってると船医は言ったのに・・・
  俺は知らない・・・。
 
 
  日は傾き始め・・・。
  キッチンが暗くなる。
  膝を抱えて・・・先程抱き込まれた事を思いだした
 
  驚いた・・・
 
  あんなに柔らかく抱きしめられた事・・・
  しかも男に・・・
  驚いて・・・暴れて・・・叫んで・・・
  そして・・・緩んだ腕の力・・・。
 
 
 
 
  その腕が離れて行くのが・・・
  なぜか悲しくて・・・・
  口まで出かかった『ごめんなさい』の言葉。
 
 
  振り返ってみた男の顔は、名前を聞いた時以上に歪んで・・・・
 
 
  傷つけたのだと・・・思った・・・
 
 
  「ちくしょう・・・・」
 
 
  わからない
  知らない男を・・・傷つけた事が・・・こんなに悲しい
  あの男にあんな顔をさせた事が・・・
  こんなに・・・辛いなんて・・・
 
  「なんで・・・だよう・・・畜生・・・」
 
  それが悔しくて・・・サンジもまたキッチンで、止まらない涙と格闘していた。
 
 
 
 
  どれくらいそうしていただろう・・・・
  サンジはようやく止まった最後の涙を拭って顔を上げた。
  キッチンは真っ暗で・・・・
  窓の外から微かな光が入ってきていた。
 
 
  「メシ・・・作んないと・・・」
 
  サンジは立ち上がり、シンクに向かう。
  その途中、テーブルの上に見覚えのないボトルが一つ
  中には3分の2程の液体が入っている。
  持ち上げて、角度を変えて見てもやはり見覚えはなかった。
  首を傾げ、シンクを見ると。
  コレも出した覚えのない小さな鍋が一つ。
 
  はじめ船長の食いっぷりを知らなくて、必要かと小さめの鍋も持ち込んだのだ
が・・・・。
  結局は使う機会と言えば、試作品を作る時だけ・・・。
  普段ではこんな小さな鍋では到底賄えないのが日常。
  蓋を取ると、見た事のないものが入っていた、
  黄緑の米。
 
 
 
  「リゾット????」
  にしては色がおかしいし・・・こんな色は・・・見た事がなかった。
  首を傾げながら。
  鍋の中身をスプーンを使って口に入れる。
  舌の感じで腐っていないのはわかった・・・
 
 
  もう一度口に運んで、その香りに思い至る。
  時間がたっているけれど・・・
  この香りは・・・
  「緑茶・・・?」
 
 
  「あれ・・・???」
  ほろりと・・・雫が流れた。
 
 
 
 
  緑茶を・・・美味しそうに堪能する・・・・
  一人の男が・・・・頭に写る。
 
 
 
  もう一度・・・口に運ぶ。
  今度は喧嘩している自分達の姿・・・
 
 
 
  もう一度・・・
  はにかんだように笑って・・・
  サンジに手を差し出す男・・・
 
 
 
  もう一度・・・
  涙はもう止まらない
  シーツを被って・・・逞しい胸の傷を撫でる自分
 
 
 
  もう一度・・・・
  穏やかな吐息で眠る男に・・・そっと唇を重ねる・・・・・
  自分・・・・
 
 
 
 
 
  ボロボロと涙は流れて・・・
  サンジは頭で何かが弾けたのを感じた
  押し寄せる思い出
 
 
 
  楽しかった
  嬉しかった
  悲しかった
  辛かった
 
 
 
  その先にはいつも、眩しいほど優しい笑顔で・・・
  手を差し出す・・・
  鮮やかな緑の髪の
  深い穏やかな緑の瞳の・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  「ゾ・・・・・・・・・・・ロ・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
         +++++++▽++++++▽++++++▽+++++++++++
  涙は流れて・・・
  涙は枯れ果てて・・・
  それでも・・・
 
 
 
 
 
  立ち上がった・・・
  こんなに泣いたのは・・・
  形見の刀を欲しいと
  誓いを守ると
 
  先生に言った時以来かもしれない
  ミホークに負けた事の悔しさより
  あの時より
  涙が流れた事に驚いた。
 
 
 
  言わなければならない
  伝えなければ始まらない
 
 
  もう一度記憶を取り戻して
  もう一度サンジを取り戻すためには
 
 
  『オレ達は恋人同士なのだと・・・』
  愛しあっていたのだと
 
 
  ゾロは暗くなった甲板に上がった。
  夜空には『弓なり月』
  月までもが勇ましく行けと・・・応援しているようで
  ゾロはキッチンの前で一つ深呼吸する。
 
 
  言わなければ・・・
  失ったままだ・・・
  失ったら・・・もう手に入らない
  側にはいられない
 
 
  親友の顔がちらつく
  もう・・・あんな後悔をしないように
  サンジをこの腕に手に入れる為に
 
 
 
 
  キッチンの扉はすんなりと開いた。
  中は真っ暗で、月明かりが微かに照らしている。
 
  夜目の利くゾロには、シンクに立つサンジの後ろ姿が確認できた。
 
 
  扉の開く音に気がつたのか、サンジが驚いてコチラを見た。
  その瞳にドキリとする。
  月明かりに照らされて・・・瞳から零れ落ちる涙がキラキラと輝いた。
  サンジの異変に驚いて、声をかけようとしたゾロにサンジが駆け寄ってきた。
 
  首筋にふわりと細い腕が絡まって・・・
  サンジの甘い香りが鼻をくすぐった
 
  サンジは必死でゾロのシャツにしがみつきながら・・・
 
 
 
  「ゾロ!ゾロ!ゾロ!」
 
 
 
  必死に呼ばれる名前。
  何度も
  何度も
  忘れていた事
  傷つけた事
 
  全てのごめんなさいを込めて
 
 
 
 
  「サンジ!!!!お前!!サンジ!!!」
 
 
 
 
  必死に呼ぶ名前
  何度も
  何度も
  取り戻した事
  腕の中にいる喜び
 
  全ての『愛しさ』を込めて・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
  その後・・・まだ疲れていたのだろう崩れて眠ったサンジをそっと抱えて
  ゾロはベッドに寝かせた。
  まだ、ゾロのシャツを掴んだままで・・・
  その必死な様子にゾロは微笑んだ。
 
 
 
 
 
  けれど・・・また失くすのではないかと
  怖くて・・・
  また明日の朝には忘れているのではないかと
  怖くて・・・
 
  ゾロは眠るサンジを眺めて・・・一度も目蓋を閉じる事はなかった・・。
 
  次の日、目を開けた恋人の穏やかに微笑む顔をみて
  ゾロはそのまま、深い眠りについた・・・。
 
 
 
 
  無防備にまるで気を失うかの様に眠ったゾロを
  サンジは愛しそうに抱きしめた。
 
 
 
 
  傷つけてゴメン
  不安にさせてゴメン
 
 
  でも・・・愛してる
  でも・・・好きだよ・・・
 
 
 
  ゾロ・・・
 
 
 
 
  深い眠りの中、ゾロは愛しい声を聞いた
  「許してくれるなら・・・どんな事でもするよ・・・ゾロ・・」
  そして、温かな・・・
  唇を額に感じた。



<コメント>

茜色の雷様 第4弾!!
サンジ記憶障害編!! うちは、ゾロがやったけど・・・
サンジも良いなあ。 今度やろうかな・・・
でも、うちのゾロ、サンジが、自分のこと忘れたら、
何しでかすか・・・それもまた、恐い・・・(笑)
ゾロ、メチャ愛し愛されてるよねvvうらやまし〜い。
こんなメチャラブなサイト様には、是非、
こちらから、行くべし!!


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