優しさの想い


  目の前の食材を、オレは睨んでいた。
  最近、サンジが言った言葉が、嫌に気になって。
  迎えたこの状況。
 
 
 
 
  『ゾロの為に作ると思うと、何だか本当に嬉しいだけじゃなく

  幸せな気持ちになるんだ・・・』
 
 
 
  そう幸せそうに笑っていたサンジ。
  サンジはコックで、人に与える仕事を選んだ。
  オレは剣豪を選んだ時から、そんな綺麗な生き方は失くし
てしまったけれど。
 
 
 
 
 
 
  ただ側にいるだけで。
  ただ同じ時間を過ごすだけで
  あんなに幸せそうにしてくれるなんて・・・
  オレにも人に与える事が出来るんだと・・・
  何か人に与えて、喜んでもらえるんだと。
  そう知って、
  そして、サンジの言葉。
 
 
 
  オレが、サンジにメシを作ってやったら?
  ふとそんな考えが頭をよぎって。
  オレは、その日から毎日。
  昔、教えてもらった数少ない料理に頭を悩ました。
  ただ、あのサンジの笑顔をもう一度見たいそれだけの為
に。
  オレは考えた。
 
 
  そして、迎えたこの状況。
  船は、夏島に上陸中。
  オレは船番をかって出て、キッチンに立てこもった。
 
 
 
 
  暑い夏。
  幼い頃に一度だけ味わった夏バテを・・・
  その時、母親が作ってくれた物を。
  サンジに食わせてやりたかった。
  ここの所、夏島の天候のせいか暑い日々が続いていて。
  人一倍働いているサンジは顔色が悪かった。
  何かと気にかけては入るけれど、それが気に入らなかった
らしく。
  サンジはヘソを曲げてしまって、
  昨日から話もしていない。
 
 
 
  買出しを頼まれたサンジの、伺うような目を気にしながら
も。
  オレはサンジの為に作る物の事で頭がいっぱいで、
  視線をそらしてしまった。
 
 
 
  倉庫の奥にあった、米を持ち出して。
  引き戸にしまわれていた、お茶っ葉を取り出す。
  材料はこれだけ。
  簡単で、喉越しの良いソレ。
 
 
 
 
 
  夏。
  せみの声。
  けだるい身体・・・・そして母親の冷たい手。
  懐かしい想いが少しよぎって、この幸福な風景を少しでも
  サンジにわけてやりたい。
  幼い頃から船に乗って。
  そんな母親や、父親の面影もないと笑ったサンジ。
  あの顔が、とても切なくて。
  オレの記憶を少しでも、分けてやれたらと本気で思った。
 
 
 
 
  おっと・・・
  最も大事な材料がない・・。
  気がついて、俺は倉庫の奥に隠した物を取りに甲板に出
た。
 
 
 
  甲板には夏の風が吹いて
  暑いのに・・どこか気持ちが良かった。
  太陽は相変わらず、ギラギラと輝いてはいるけれど・・。
  風があるから、あまり気にはならない。
  ふと、船に近づく影を見つけた。
 
 
 
  獣の姿になったチョッパー。
  背に何か荷物を担いで、嫌にゆっくり歩いてくる。
  「チョッパー!!?」
  声をかけてやっても、チョッパーの速度は変わらない。
  いつもなら、嬉しそうに駆けて来るのに、
  何か割れるような物でも、運んでいるのか?
  だったら、手伝おうと船から飛び降りてチョッパーの元に駆
け出した
 
 
 
  「ゾロ・・・」
 
 
  チョッパーの背に乗っているモノに驚いた。
  グッタリと腕をだらしなくたらして。
  ・・・・・・
  ・・・・・・
  ・・・・サンジが・・・・・
  ・・・・・・横たわっていた・・・・
 
 
  「ゾロ・・・大丈夫だよ・・・夏バテが酷くなっただけだか
ら・・・」
  「・・・オレが運ぶ・・・」
  「うん・・・そうして、オレだと揺らしちゃって余計に苦しいだ
ろうから・・・・」
  チョッパーの背からサンジを抱え上げ、そっと抱き上げる。
 
 
  その軽さにドキリと心臓が鳴った。
  「・・・・こいつ・・すげぇ・・・軽いぞ?」
  「だろうね・・・夏風邪が治りかけてた所に、夏バテだか
ら・・・
  あんなに・・・・最後まで治療させてって言ったのに・・」
  チョッパーの言葉に・・・
  オレは呆然となる・・・オレは知らない。
  何も知らない。
  夏風邪ってなんだよ・・・・
  サンジの額に張り付いた、金色の髪をそっと払ってやる。
  まだ、汗を掻くだけましだ。
  本当に酷くなったら汗も出なくなる。
 
 
  「どれくらい前から・・・」
  「ん・・・・と・・・ちょうど夏島の海域に入った頃に夏風邪にな
って・・・それが治りかけたのが三日前位かな?そのまま
夏バテに突入しちゃったんだよ・・・」
  「そうか・・・・」
 
 
  サンジを自室のベッドに寝かせて。
  オレは自分を責めた。
  何故気がつかなかった?
  何故もっと・・・もっと・・・きつく休むように言わなかった?
  着替えさせた時に見た胸板は・・
  涙が出そうなほど、骨が薄っすら浮き出ていて・・・
  儚かった・・・
  額に浮かんだ汗を、何度も何度も冷やしたタオルで拭って
  少し落ち着いた、呼吸を確かめると。
  部屋を出た。
  怒りが溢れてきて、右の拳を・・・・
  壁に力かせに叩き付けた。
 
 
  何故・・・オレはもっと言わなかった?
  アイツが・・サンジが・・・
  人に心配かけないように、
  我慢して、隠して・・・
  いつも通り振舞う事なんて・・・わかりきった事だったのに。
  この海域に入った頃から・・・
  一ヶ月・・・
  一ヶ月の間・・・サンジは一人で我慢して・・
  いつも通りの仕事をこなしていたのに・・・
  なのに・・・
  オレは一ヶ月の間何をして
  サンジの何を見てきたのだろう・・・
  情けなくて・・
  そして、サンジに信頼されていないようで・・
  何故・・オレにすら言わなかった?
  オレ達の仲じゃないか・・・
  何を遠慮する事があるんだよ・・
  サンジ・・・サンジ・・
 
 
  少しの間、そうして。
  オレは今オレにできる事をしようと思った。
  チョッパーに一通りの、対処方法は聞いたし。
  昔・・・そう・・
  まだ幼かった頃に一度、夏バテは経験しているから・・・
  オレはキッチンへと、極力音を立てないように戻った。
 
 
 
 
  ザラザラと・・・米を小さな鍋に入れて、
  昨日、汲んで隠しておいたこの街の沸き水を注ぐ。
  茶巾袋に適量のお茶の葉を入れて、
  鍋に落とし入れるとコンロの火をつけた。
 
 
  ずらして鍋に軽く蓋をして、時計を見る。
  夕方には・・・食べられるだろうと予測をつけると
  りんごをいくつか持って、サンジの所に戻る事にする。
 
 
 
  チョッパーのクスリで、先ほどよりは楽そうに息をしている事

  オレは安堵のため息で確認した。
  起すのは可愛そうだったが、何か腹に入れないと昼の分の
クスリが入れられない。
  「サンジ・・・サンジ・・」
  何度か布団越しに叩いてみる。
  薄っすらと、サンジの瞳が現れた。
  「・・・・ん・・・・」
  「寝てるとこ・・可愛そうだがな・・・何か食って薬入れない
と・・・」
  「・・・・・ゾ・・ゾロ・・・俺・・・」
  「りんご摩り下ろしたのなら食えるだろ?」
  「ん・・・・食べる・・・」
 
 
  弱々しく言ったサンジ。
  オレは言いたい事が沢山あったはずなのに・・。
  その声をを聞いたら・・・
  言えなくなってしまった。
  言葉の影に・・・
  反省の音と後悔の色をみたから・・
  本人が一番・・・わかっているんだろうから・・
  りんごと一緒に持って来たおろし金で荒く、りんごを摩り下
ろし
  そっと、サンジに渡してやると。
  紅い顔をして、受け取った。
 
 
 
 
  「よかったよ・・・酷くなくて・・本当に良かった・・」
  「・・・ゾロ・・・」
  「食ったら・・・コレ飲んで大人しく寝てろ・・・いいな・・」
  「うん・・・」
  とにかく寝て、食べて・・・体力を付けさせないといけない。
  夏バテも夏風邪も・・・
  拗らせては命に関わる事だってあるのだから。
  「ごめん・・・ゾロ・・ありがとう・・・」
  サンジの声が・・・
  何より嬉しかった。
  声がする・・・生きてる・・・
  「いいんだ・・・一人で頑張るな・・・お前は一人で抱え込む
からな・・心配だよ・・・」
  コツンと額をくっつけて・・・
  幸せをかみ締める。
  この人を、オレの大切な人が・・
  手元にいる事。
  何て幸せな事。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  キッチンに微かに茶の匂いがしてきて、くつくつと小さな気
泡が
  鍋から出ている。
  あまり煮詰めすぎると、意味がない。
  火を消して、自然に熱が冷めていくのを待つ。
  慌ててはダメだと、母親の声が・・・・
  いつしか、サンジの声に聞こえてきた。
 
 
 
 
 
 
  いつもの様に、綺麗に笑って。
  いつもの様に、袖をまくって
  そして
  いつもの優しい声で
  オレの側にサンジがいる
 
 
 
  側でオレの手つきを見て
  「気をつけてな?」
  側でクスクス笑って
  「楽しいだろ・・ゾロ?」
  側で真剣な顔をして
  「これ・・・何ていう料理?」
 
 
 
 
  サンジ
  サンジ・・・
 
 
 
 
  「サンジ・・・包丁・・・どこだ?」
  「サンジ?何笑ってんだよ?」
  「これはな、サンジ・・・故郷で・・・・」
 
 
 
 
  サンジ
  サンジ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  我に帰ると静かな部屋。
  もちろんオレはキッチンに一人で
  街に散っていった仲間達はいなくて
  サンジは・・・
  きっと自室で・・・
 
 
  鍋は常温まで冷めていた。
  どれ位の間・・こうしていたのか。
  まるで、サンジと共にこの場に立って
  サンジと料理をしている
  そんな楽しい夢?
  なんだろう、突然淋しくなって
  鍋のモノを急いで、金属のボールに移していく。
  ボールを冷蔵庫に入れて
  ふと、何気なく。
  キッチンを見渡した。
 
 
 
 
 
 
  清潔で、綺麗なキッチン。
  アイツが愛してやまない
  サンジの相棒達。
  一つ、一つにアイツの歴史がある。
  辛かった時
  悲しかった時
  嬉しかった時
  何もかも・・・・コイツラが側にいて・・・
 
 
 
  できるなら・・・
  これからは・・・
  オレに・・・その場所を明け渡して欲しい
  キッチンのあるもの、目につく物
  全てに触れて・・・
  心で願う。
 
 
 
 
 
 
  何もかも・・・欲しいなんて
  そんな風に想う・・自分が・・
  何だかおかしかった。
 
 
  人間らしい感情も
  ちゃんとあったんだと・・・
  それが・・なんだか・・おかしかった
 
 
  一人で生きていくはずだった
  一人で・・・死んでいくはずだった
 
 
  一人で悲しい最期をむかえてた友を想って
  そうなるはずだった。
  でも・・・
  サンジ・・
  サンジ・・・・
 
 
 
 
 
  オレにはお前がいる。
  光のように・・・綺麗な人
 
 
 
 
 
 
  小窓から・・・紅い夕日が入り込んでくる。
  そろそろかと、冷蔵庫の中身を取り出して。
  冷えたボールの中身を、小さな器に移した。
 
 
 
  おぼんに器と、箸とお茶碗を乗せて
  静かな船室への廊下を
  一人進んで行く。
 
 
 
 
 
 
 
  薄暗くなった、サンジとオレの部屋。
  大きなベッドに、何だか小さくなったサンジが眠っていた。
  フカフカのベッドに沈んでいるせいか、子どものように幼く見
える。
  そっと、ベッドサイドにおぼんを置いて。
  明かりをつける。
  自然光と人口の明かり、異なる二つの明かりの元。
  オレは、ベッドに腰掛けるとサンジの頬に触れた。
  呼吸も楽そうだったし、
  熱もあまり感じない。
  汗も引いているのか、肌は乾いてカサカサしていた。
  何度かサンジの頬を撫でていると、金色の睫が微かに動い
た。
  「・・・サンジ・・・」
  サンジはふんわり笑って、
  「・・・・・・ゾロ・・・・」
  嬉しそうに笑った。
  綺麗な笑顔だった・・・綺麗過ぎる程の・・・
  それは・・・ガラスのような笑顔だった。
  「・・・・メシ・・食えるか・・?」
  「・・・・・ご飯・・・・?」
  「あぁ・・・食ってまた薬飲まないと・・・」
  「うん・・・メシ?・・・・誰が・・・?」
  サンジの疑問をよそに、そっと器から茶碗によそう。
  茶碗に半分。
  少しだけ・・・食えるかどうか・・わからないから・・
  無茶もさせられないから・・・
 
 
 
 
  「ほら・・・『茶粥』っつんだ・・・食えよ・・・」
  「・・・・・・う・・うん・・・」
 
 
 
 
 
 
 
  幼い頃。
  一度だけ、夏バテをした事がある。
 
  暑くて、布団に横になることすら・・・
  うだる様な・・・
  暑い夏だった。
 
 
 
 
  暑さで、体力はなくなって。
  それでも、飯が食えないオレに
  母親が何度も水を汲んで持ってきてくれた。
  脱水症状だけは避けねばならない事態だったから
  母親は・・・優しかった。
  暑くて、
  何も食べ物を受け付けないオレに
  母親が作ってくれた
  『茶粥』
  冷やされた茶粥は、暑くて何も食べられなくなった
  オレの喉を、潤し・・・
  通って行った。
  冷たい・・・・茶粥は・・
  母親の優しさだった・・・。
 
 
 
 
  このオレの想いが・・・
  伝わるかどうか・・わからないにけれど・・
  少しでも・・あの時の
  母親の優しさが・・・サンジに伝わればと・・・
  サンジが
  さじを口に運んでいく様を眺めている。
  「うまい・・・凄く・・・」
  「・・・そうか・・よかった・・・」
  柔らかなサンジの笑顔。
  何度この顔を見たかったか・・・
  幸せそうで・・
  少し恥ずかしそうで・・
  優しげに笑うサンジ・・
 
 
 
 
  「これ・・・ゾロが?」
  頬を桜色に染めて、サンジは聞いてくる。
  穏やかな・・・
  懐かしい時間が・・ここにあった。
  「・・・あぁ・・・小さい頃・・オレも夏バテした事があって
な・・・
  その時・・母親が作ってくれたんだ・・」
  「ふうん・・・凄く・・美味しい・・」
  「よかった・・・」
  サンジは、本当に嬉しそうに。
  オレの作った物を食べていく。
  オレはそれを他愛もない話をしながら、眺めて。
  幸せに浸っていた。
 
 
 
  『ゾロの為に作ると思うと、何だか本当に嬉しいだけじゃなく

  幸せな気持ちになるんだ・・・』
 
 
 
 
  今なら・・わかる・・こんな幸せなことはない
  好きな人が
  愛した人が・・・
  側にいて・・
  この広い世界で
  お互いを好いて
  愛し合って・・・
 
 
  何かを与えて・・
  何かを与えられて・・
  こんなに幸せ・・・
  こんなに・・・
  幸せになれるなんて・・・
 
 
 
 
 
 
  作った茶粥をほとんど平らげて、
  サンジはクスリを飲むと、また眠ってしまった。
  寝息も安らかで・・・
  汗も・・引いている・・
 
 
  こんなオレでも
  誰かに何かを与えることができる
  誰かを幸福にできる
 
 
  明かりを消して
  サンジの隣にそっと潜り込む。
  小さくなってしまった、細い身体を胸に抱きこんで。
  オレは、この幸せを・・・
  かみ締めながら・・・眠る。
 
 
 
  明日には・・・もっと元気なサンジと
  白昼夢のあの夢のように
  二人でキッチンにたって・・・
  アイツの指揮の元・・・
  二人で飯を作るのも悪くはない・・
 
 
 
 
 
 
  そんな・・・
  簡単で
  単純な夢を持って・・・眠りについた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  何も知らないで。
  何も気がつかないで・・・。
  アレだけ・・・
  夏バテは
  夏風邪は
  危ないのだと・・・
  言っていたのに・・・
  何も知らないで・・
  何も気がつかないで
 
 
 
  オレは眠りにつく・・・
  深い・・
  深い・・・
  遠い遠い
 
 
  明日に目覚めるのは・・
  先の話し・・・・。
 
 
 

<コメント>

茜色の雷様の第3弾です。
ああ~、ルナも、茶粥食いてえ~!!
サンジ、愛されてますぜ。ホント、茜様の書くゾロって、
優しいよね・・・うちのゾロなら、襲ってるかも・・・(笑)
いやいや、こんなゾロ、書いてみてえ~!!
次は、いよいよラスト・・・楽しみ~。

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