Cappuccino



 




「テメエ、人に食わせて貰っといて、今、なんつったぁ?! この緑野郎!」

「ァア?! 誰が食わせて貰ってるだぁ?! お前は、ただ作っただけだろがっ! このグル

眉毛!!」

「カァッチーーーン!! もう頭にキタ!! もう作ってやんねえ!! テメエなんかもう知らね

ーっ!!」

バタンッ!!

一際大きな音を立てて、ドアが閉められた。

久しぶりに喧嘩した。

それも、超些細な事で・・・・アホだ、アイツは・・・・・

そして、俺も・・・・・アホだ。

食卓の上には、喧嘩の発端となった目玉焼き。

そして・・・・まだ湯気の立ったままのコーヒーが1つ。

カプチなんとかとか言ったっけか・・・・

サンジがこのところよく好んで作るコーヒーの名前。

泡を立てるのが難しいんだとか、一見、ウィンナーコーヒーに見えるけど、実は、この泡が二層

に分かれていて結構奥深いんだとか、聞いてもいないのにご大層に説明してくれたっけか。

俺は黙って、そのコーヒーを口に運んだ。

ふわっとミルクが口の中で蕩けて、甘い。

けど、それは嫌味のある甘さじゃなくて、スッと身体にしみこむような甘さ。

アイツのように・・・・ごく自然に・・・・溶け込む・・・・甘さ・・・・

そして・・・・・ほろ苦い。

「やっべ! もうこんな時間!」

俺は、慌てて目玉焼きにしょうゆをぶっ掛けて口に流し込むと、ジャケットを羽織って表に飛び

出す。

少し走ると見慣れたバス停に、アイツの姿。

俺らの大学に向かうバスが停まってる。

少し大人気なかったと、謝ろうと声を掛けようとした次の瞬間、サンジはスッとバスの中に一

人乗り込んだ。

「あんにゃろー・・・・俺を見てた癖に無視しやがった!!」

そんな事を呟いて、ちょっと油断してた隙に、バスが発車した。

最後尾の窓から、俺にあかんべーするアイツが見える。

「むっかつく!!」

俺は、心底ムカついた。

せっかく俺の方から、歩み寄ろうとしてたのに、これかよ・・・・

このままでは癪なので、そのバスを追い掛ける。

伊達に身体は鍛えてはいない。

次のバス停で、きっかり追いつき、乗り込む。

バス内になにやら不穏な緊張感が漂っていた。

が、しかし、俺の知った事じゃない。

文句を言うなら、あの最後尾に座って俺を威嚇的に睨みつけてるアイツに言え。

どかどかと最後尾まで歩き、アイツの隣に座る。

「な、なんだよ・・・」

「別に?」

それだけの会話で終わる。

バスは、また俺らを乗せて大学へと走った。

長い沈黙・・・・

前方に座ってるゼミ仲間のウソップが心配そうにこっちをちらちらと見てる。

けど、瞳があったら、スッと縮こまるように座席に消えた。

「あら、満席ね。 ようやく乗れたと思ったのにぃ・・・」

「仕方ないわね。 暫くの辛抱だし、立ちましょう。」

聞き覚えのある声がした。

ナミとロ・・・・

「ナミすゎんvv ロビンちゅわんvv ここにお座りくださ〜いvvv」

俺が反応するより早く、サンジがそう言って席を立った。

「あら、おはよ、サンジ君。 いいの?」

「もっちろんです、ナミすゎんvv」

「けど、これじゃあ・・・・」

俺の横のスペースを見て、そういってナミが困ったような顔をした。

「ああ、コレですねvv すぐにどかしますからvv おい、マリモ。すぐに退け。」

ナミに対する口調とは打って変わった横柄な口ぶり。

しかも、「コレ」扱い。

シカトする事にした。

「オイ!ゾロ! 聞こえてんだろっ! 退けよ! ナミさんたちが座れねえだろ!」

口だけじゃなく、手も出してきやがる。

「痛っ!・・・・なんで、俺まで退けなきゃなんねえんだよっ! 俺だって座っていてえんだ!」

そう言い返して、ジロッと睨み付けた。

「ふーん・・・・やっぱ、たかが一停留所走っただけで、疲れるんだ。 思ったよか体力ねえな。 

それで運動部の・・・・なぁ・・・・」

俺の鋭い視線にも臆するどころか、挑発するような視線で言葉の語尾をわざと濁すアイツ。

本当に、俺をムカつかせる天才だな、こいつは。

「ァア?! 何が言いてえ?!」

ムカつくままに立ち上がり、アイツの胸倉を掴む。

「飯食って身体鍛えてばかりじゃなくて、少しは人様のお役に立ちやがれっつってんだよっ!」

言葉が終わると同時に鳩尾に激痛。

息が詰まりそうになり、腹を抱え蹲る俺を尻目に、サンジはにこやかな笑みでナミとロビンに

空いたその席に座るように促した。

俺が一体何をした。

謂れの無い理不尽さにキレ掛かっている俺に、ルフィの声。

「ゾローォ! こっち空いてるぞぉー!」

一触即発の俺らに注がれる視線。

バスの運転手も迷惑そうにこちらをミラーで見ている。

俺は、ボコッとサンジの後頭部を一撃し、ルフィに言われるまま、席を移った。

「なぁなぁ・・・・お前ら、今度は何が原因なんだよ。」

バスを降りるなり、ウソップがそう言って俺と並んで歩き出す。

「あ? 何の?」

「何のって・・・・アレだろ、アレ。 お前ら、喧嘩するとすっげーわかるもんよ。 本当は

犬も食わないって言いたいところだが、お前らの喧嘩は、周囲に及ぼす影響が著しいからな。 

一応、俺様が仲裁を買ってでようと・・・・」

「余計な世話だ。」

度重なるサンジの態度を腹に据えかねてた俺は、ウソップにそう吐き捨てると、一人、急ぎ足

で大学に向かった。

「あっちゃあ・・・・すげー怒ってるな、ゾロの奴・・・暫くは近寄らねえようにしとこう・・・」

「んぁ? ウソップ、どうした?」

立ち竦んでいるウソップの肩に触れ、サンジがそう声を掛ける。

「あ、サンジ・・・お前らさ、喧嘩するほど仲が良いって言うけどよ。 今回はちとヤバくねえ

か? 何があったかは知らねえが、お前の朝からの態度は、俺の瞳から見ても、ちとよくねえ

よ。 ちゃんと謝るところは謝っておかねえと、どうなっても知らねえぞ、俺は。」

「・・・・・ああ、忠告ありがとうよ。 わかった、そうしとく・・・」

自分でも少しやり過ぎたかと思っていたのか、サンジはウソップの言葉に素直にそう言って苦

笑した。










あ・・・・いたいた、マリモマン発見。

廊下で、見慣れた緑頭を見止めた俺はすぐさま、駆け寄ってゾロに声を掛ける。

「ゾロ・・・・さっきは、ご・・・」

「あ、ルフィ! お前、これからシャンクス受けんだろ? 俺もそのゼミ取ってるから、一緒に行

こうぜ?」

「おう! んじゃ、行こうぜ。」

まるでその場に居ないかのように、ゾロは俺を無視して、ルフィと共に教室に入っていった。

「う・・・・そ・・・・・」

呆然と立ち竦む俺。

ショックだった。

今まで、どんなに喧嘩しても、こんなにあからさまに無視された事はなかった。

体いい所で、俺が謝って・・・したら、ゾロも謝って、そこで喧嘩はお終い。

今回の喧嘩だって、ほんの些細な事。

本当、あんな事で喧嘩するなんてフツー考えられないほど、ほんの些細な・・・

そう・・・・・目玉焼きに掛けるのなんか、しょうゆでもソースでもなんでも良かったのに・・・

けど、俺は、その前のゾロの何気ない一言にカチンときてて。

『コーヒーなんて、腹に入れば同じだろ。 眠気覚ましに飲むんだし、んな牛乳を撹拌してクリ

ームみてえに飾んなくても、時間の無駄・・・・』

ゾロはきっと朝の忙しい時間にわざわざ込み入ったもんを作らなくても、って意味で言ったんだ

と思うんだ。

伊達に長くは一緒に住んでねえから。

けど・・・・けどな。

俺にだって、ちゃんと言い分が・・・・・

だって、ゾロ・・・・・美味いって・・・・スタバで俺が飲んでたやつ、横取りして美味いって・・・・

確かにそう言ったじゃねえか。

一年前の12月・・・・・

それが付き合う切欠だったのに・・・・もう忘れてんのか・・・・・

馬鹿野郎・・・・・

俺だけ覚えてるのが悔しくて・・・・かと言って、何の日だ?なんて彼女じゃあるまいし、言える

かってんだ。

だから、なんとか思い出すようにって今月になってからマメに作って・・・・

今朝も想いを込めて作ったのに・・・・

返ってきた言葉がそれで・・・・カチンときて・・・・・・喧嘩吹っ掛けちまった。

本末転倒もいいところだ。

俺は・・・・・ただ思い出して欲しかっただけなのに。

・・・・・・・喧嘩したかった訳じゃねえ。

なのに・・・・・

「こんなんで、終わるのかな・・・・」

呟いた言葉にハッとした。

口にした途端、怖くなった。

もう二度とゾロが振り向いてくれねえ気がして・・・・・・怖くなった。

慌てて、ゾロの後を追って教室に駆け込む。

そして・・・・・

「ゾロ! あのな、あのな、ごめん! 今日は、俺・・・・・」

「話したくねえ。」

俺の言葉を遮るように、ゾロの一言。

それ以上、言えなくなっちまった。

こみ上げて来る涙を誤魔化すのが、やっと。

「あ・・・・ああ・・・・わかった・・・・」

それから、俺は逃げるように足早にそこから去った。












アイツ・・・・今頃、泣いてるよな・・・・

シャンクスの講義を聞きながらも、俺の頭の中は、サンジの事でいっぱい。

今朝の仕打ちがあまりに腹立たしくて、つい、素っ気無く無視してしまった。

アイツが謝ろうとしてたのに・・・・俺は途中でそれさえ拒絶して

一瞬にして強張った表情を浮かべ・・・・・そして、微笑む。

・・・・・・・・・泣きそうな顔で・・・・・・笑うんだ。

わかってんのに・・・・・わかってんのに、泣かせちまった。

さっきまで確かに腹立っていたのに、心は既に後悔の真っ只中。

講義に集中できない。

「なんだ?ロロノア? 便所か?」

シャンクスの声で教室に笑い声。

「いえ・・・あ、はい。 そうです。 すみません!行ってきます! 悪い、ルフィ。 後、頼む!」

「あ、オイ! ちょっと!荷物全部持ってくのか?! しかも、そっちは便所じゃ・・・」

シャンクスの声も構いなく、俺は駆け足で教室を後にした。

全部の教室を回って、サンジの姿を探す。

けど、何処にも見つからない。

もしかして、家に帰ってるのかも・・・

俺は、バスを待つ時間ももどかしくて、家の方向へと走り出した。

途中、スタバのテラスで金色が瞳の端に映る。

サンジだ。

俺はすぐさま、店内に入り、息を整えながら、サンジに近づいた。

俺の気配にも気付いてないのか、サンジは紫煙を揺らしながら、街並みを眺めていた。

片手には、今、お気に入りのカプチなんとか。

フツーのコーヒーにしとけば、あと20分はベッドで抱きしめてられるのに、このところ、このカプ

チなんとかを作る所為で、サンジは俺の傍からいつもより早く離れてしまう。

そのカプチなんとかなんて放っておけって言ってはみるものの・・・

たかが、コーヒー一つに、やきもちを妬く自分もどうかしてる。

わかってんだけどなぁ・・・・どうにも・・・・難しい。

スッと後ろから手を伸ばして、サンジの手からカプチなんとかを奪い取る。

「えっ?!」

びっくりした表情で振り向いたサンジを尻目に、俺はそのコーヒーを一口含む。

「・・・・・不味い・・・」

「えっ?!」

サンジの口から二度目の『えっ?!』。

そんなに驚く事でもないと思うんだがな・・・・

「ゾロ・・・・美味いって・・・・・美味いって言ってたのに・・・・・・」

そう言いながら、なんでかサンジが泣き出した。

大の男がポロポロと泣くから・・・・・いやただでさえ人目を惹く容貌で泣いてりゃ、そりゃ注目

の的だな。

ヒソヒソと囁いて窺う周囲。

まるで、俺が極悪人だ。

「ちょ、ちょっと、いいから、こい。」

居たたまれず、好奇の視線から逃れるようにサンジを引っ張り、店の外に連れ出た。

とにかく、人気の無いところへ。

その間も、サンジは無言で泣いている。

「あー・・・だから、なんで泣くんだよ。 んなに、俺が無視したのが堪えたのかよ。 悪かった。 

俺も大人気無かった。」

誰も居ない公園で、ギュッとサンジを抱きしめて、そう謝る。

「んなんじゃねえよっ! もう忘れてんのかよっ! テメエがっ! テメエが去年、美味いって

・・・・美味いって言ったのに・・・・・」

瞳に涙を一杯溜めて、サンジがキッと俺を睨んだ。

去年? 去年ねえ・・・・・あー・・・??

去年と言えば、サンジと話す切欠がどうしても見つからずに、その手に持ってたコーヒーを飲

み干したんだっけか、確か・・・・

その後、喧嘩になったんだったな。

けど、なんでそんな事、今頃・・・?

さっぱり意味がわからなかった。

「やっぱ、俺だけが覚えてたんだな。 初めて口利いたのに・・・それさえ忘れてんだ。 同じカ

プチーノ作ってやれば思い出すかと思ってたのに・・・・馬鹿! 鈍感! マリモ!! 緑!」

そう言って、サンジはバシバシと俺の胸を叩く。

んな些細な事を・・・・・一年経った今でも、コイツは覚えてたんだ。

なんか微妙に、こそばゆくて照れ臭かった。

あのカプチーノに、そんな意味が込められてたなんて

愛しさが溢れてくる。

感情に任せて、強引に口付けた。

ギュッとサンジの腕が俺の首に回る。

暫く互いの唇の感触を堪能してゆっくりと離れた。

それから木漏れ日の中、サンジと共に大学へ向かう。

「・・・・・・なぁ。 なんでさっき・・・・不味いって・・・・」

さっきの店先を歩いてると、不意にサンジがそう聞いた。

「あ? ああ、今朝、お前の作ったカプチーノの方が、美味かったから。」

「そ・・・・そっか・・・・」

俺の言葉に、そう言って照れて、はにかんだサンジの手を掴み駆け出す。

「クク・・・・覚えてないか? 去年も・・・こうして・・・・ここを駆けたんだ。」

「あっ! 思い出した! 喧嘩して店から逃げたんだっけ・・・」

「あれから・・・・もう一年・・・・。 悪かったな?今朝は・・・」

「いや、俺の方こそ、ごめん。 けど、目玉焼きはソースだから! それだけは譲れねえ。」

「はぁ?! 目玉焼きは、しょうゆって決まってんだよっ! ソースなんて邪道だ!邪道!」

「うっせー! 作るのは、俺だ! 俺に従え!」

「んなんたかが目玉焼きだろっ! 俺だって、作れるわっ!!」

「俺の目玉焼きは特別なんだよっ!」

「何処が、だっ!!」

「全部だ!全部!!」

「・・・・・一緒だろ。」

「違ーう!!」

「だから、何処が・・・」

「俺の愛情が、だ。」

「・・・・・言ってろ・・・」

「へへん・・・あ、もしかして、照れてる?」

「うっせーよっ! ちんたらしてっと置いてくぞ。」

「あっ! 酷ェー・・・・ゾロ! 待てよっ!」

去年と同じ景色と行動・・・・・・違うのは、俺とサンジの笑い声。









「ゾロ・・・・もう起きなきゃ・・・・」

「ん・・・・・カプチーノよか、お前がイイ・・・・」

「しょーがねえなぁ・・・・少しだけだぞ。」










<END>


 

 


<コメント>

【Cappuccino】様への心ばかりの差し上げものv
海賊では、カプチーノの御題は無理があったので
パラレルにしてみたんですが・・・・所詮、フッ・・・・(遠い目)
鶫さん、これからも、頑張ってくださいませvv

閉じてお戻りください。