泡沫の恋




泡沫の恋






俺は、海軍大佐を父に持つ、男ばかりの3人兄弟の末っ子として生まれた。

母親はすでに他界。

幼少の頃、年が近い男ばかり兄弟での生活は、かなりシビアで、その日も俺は仕舞ってあ

ったおやつを他の兄弟に食べられて、喧嘩して・・・・・

力じゃ敵わなくて、庭の隅っこで悔し涙に暮れていた。








「・・・・・どうしたの?」

「うるさい! あっちいけ!!」

ふと、掛けられた声に、俺は涙を拭い、顔を上げる。

そこには・・・・・・・・・西洋人形がいた。

一度だけ、父親と訪れた洋館で飾ってあるのを見たことがある。

金色の髪に薄い蒼い瞳・・・・。

白い青磁の肌に、キラキラしたドレス。

とても綺麗な人形で、俺は父親に呼ばれるまでじっと見つめていた。







「・・・・どうしたの? お腹痛いの?」

西洋人形が口を利いたと、初め、思った。

しかし、それはすぐに間違いだと気が付いた。

それは、自分の瞳の前にしゃがみこんでその人形がにっこりと笑ったから・・・。

「べ、別に・・・違う・・・。」

泣き顔が見られるのが嫌で、プイッとそっぽを向いた。

「良かったぁ。 痛くないなら良いね。 あ、これ、お兄ちゃまに上げる・・・僕の大好きなおや

つ。 だから、泣かないで・・・」

ふわっとお菓子の甘い香りがした。

手のひらに伝わる小さなぬくもり。

「あ、ありがとう。 じゃあ・・・・・一緒に食べるか・・・?」

「・・・・・・うん!!」

俺の言葉に、その子はにっこりと笑ってそう言った。

それから、俺達は一つのケーキを仲良く分け合って食べた。











++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




「あ、いけね。 今日は、書道の稽古が有ったんだった。 いってきま〜す!」

俺は慌てて、玄関を飛び出す。

っと、ドンと誰かにぶつかった。

「痛って・・・・えっ?! えーーーっ!! ゾ、ゾロ・・・?!」

俺は、ぶつかった人物に驚きの声を上げる。

「・・・・なんで、そこで驚くかな・・・? 久しぶりに逢った婚約者に対して、その反応は・・・。」

ゾロはそう言って、不機嫌な顔をした。




だってさ・・・・・

俺・・・・・また、ゾロを怒らせちゃった?

普通の友達なら、こんなに驚かない。

ゾロだから・・・・・・大好きで好きで好きで・・・・・・

大好きな人だから・・・・・・・

いきなり現れると、心の準備が出来ないんだ。

俺・・・・また・・・・・・怒らせた・・・?




「・・・・・なにか、御用ですか・・・?」

泣きたくなるのを堪えて、そうゾロに尋ねる。

「久しぶりに非番になったので、食事でもどうかと思って・・・。」

「あ、はい・・・。」

「・・・・・・それから、都合が悪ければ最初から、そうだときちんと断って頂きたい。 私は、

時間の無駄が大嫌いです。 ・・・・・・・・この前のように、すっぽかすのは、止めて下さい。」

ゾロは、そう言って俺に冷ややかな視線を向ける。

「ち、違います!! あれは・・・・あれは、待ち合わせ場所を間違ってしまって・・・・・・気が

付いて行ったら、もういらっしゃらなくて・・・・。 あの後、謝りにお伺いしたら、もう貴方は演

習に発たれた後で・・・・・・」

ゾロに鋭い視線を向けられて、俺はますます泣きそうになった。




そう、この前、演奏会に誘われた時、俺、うっかり場所間違えてて・・・・

俺、誘われたのが嬉しくて、時間過ぎてもずっとずっと待ってたから・・・・

場所違うって気付いたのが遅くて・・・・・




「ごめんなさい・・・・・。」

ギュッと唇をかんで、ゾロに謝る。

「・・・・・そうでしたか。 では、これからは、私が貴方を迎えに来る事にします。 今日はあま

り出歩かないように・・・・・良いですね・・?」

ゾロは深い溜息混じりに、俺にそう言った。

「・・・・・・はい。」

俺はそう返事して、習い事に行くのを止めた。

なんで、ここまで俺が、ゾロの前で殊勝なのかは、理由があるんだ。

ゾロは、海軍大佐の名家の生まれで、全ての事に優秀で凛としてて、格好良くって・・・

時々、近寄りがたく感じるくらい・・・・崇高で・・・・

俺にとっては、ずっと小さい頃から憧れの人。

それに引き換え、俺は何の才能もないし、身体も弱くて・・・・・

婚約が決まったとき、俺、凄く嬉しくて・・・・・

けど・・・・・・・・・

それも、家同士が決めた事に、ゾロは仕方なく従っただけだんだろうなぁって。

じゃなきゃ、こんな俺なんか相手にして貰えない。

だから、少しでも気に入るようにと・・・・・

変なところ見せて嫌われないようにと・・・・・

そしたら余計緊張して、失敗して・・・・・・・

その度に、呆れられて・・・・怒られて・・・・・・

これじゃあいけないって、俺、ますます萎縮しちゃって・・・・

言葉もだんだんと少なくなった。




こんな俺・・・・・・・・嫌だ。

家同士が決めたからと言うんじゃなくて、俺がゾロを好きだからって・・・・

婚約が決まって、俺がどんなに嬉しかったかって・・・・

そう勇気を持って伝えたいのに・・・・・・・

今のままじゃ、伝えられない。




その日の夕刻、ゾロは予告どおり俺を迎えに来てくれた。




よぉし、今日は、絶対に失敗なんかしないぞ・・・。




俺は決意を胸に秘め、ゾロと料亭に入る。

出てきた料理は、どれもこれも皆、美味しそうなものばかり・・・。

だけど・・・・・・ナイフとフォークじゃないんだ。

弱ったなぁ・・・・・・・俺、お箸とか苦手・・・・・。

「・・・・・どうかしましたか? 箸・・・・すすんでないようですが・・・。」

失敗を恐れてあまり食べてない俺に、ゾロは冷ややかな表情でそう言った。

「あ、いえ・・・。 美味しいです、凄く・・・。」

俺は慌てて、蜂蜜梅の天ぷらを箸で掴む。

「あっ!!」

そう叫んだときには遅かった。

蜂蜜梅は想像より遥かに柔らかくジューシーで・・・・・・・・摘んだ衝撃で潰れた。

そして事もあろうか、ゾロの軍服にその赤い汁が飛んだ。

真っ白くて染み一つない、ゾロの軍服に・・・・・。

「・・・・・・・・・・やったな・・・・。」

そう冷たく低い声と共に、ゾロの表情が凍りつく。

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ああ、早く落とさないと・・・!!」

俺は慌てて、お手拭をその染みに当てようと・・・・・・・

バシャッ!!

俺の着物の袖が、テーブルの上の湯飲みを倒す。

「ああっ!! どうしよ・・・・どうしよ・・・」

オタオタ、オロオロする俺に、ゾロは呆れ果ててて。

「・・・・・・もう、良いです。 貴方が動くと余計酷くなりますから・・・。」

そう冷たく言われた。

「ご・・・・・ごめんなさい。」




なにやってんだろ・・・・・俺。

なにをやっても・・・・・・全然ダメダメで・・・・・

こんなんじゃ、嫌われても仕方ないよな。




俺は、自分の不甲斐なさに俯いて泣いた。

その後、ゾロは俺を家まで見送ってくれた。

俺はもう一度謝ったけど、ゾロはにこりともしてくれなくて・・・・落ち込んだ。

 

「あ・・・・・・咲いたんだ。」

庭に見えた野菊の花に、俺は近寄る。

地味だけど、可愛くて・・・・・・強風にも折れそうで折れない・・・・・・・強い・・・・花。




俺も・・・・・・こうありたい。




花を見ていると心が和んだ。

さっきまでの欝な気分が少し、元気になった。




明日・・・・・もう一度、謝りに行こう。













+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




サンジを家まで送った後、ふと、その庭を見てみたら、野菊を見てサンジが微笑んでいた。

「・・・・・・なんだ、ちゃんと笑えるじゃないか。」

俺はそう呟いて、暫くサンジを見ていた。




いつからだろう・・・?

サンジが俺の前で笑わなくなったのは・・・。

昔は、あんなに引っ付いて・・・・・来るなって言っても・・・

『いや! ゾロ兄しゃまと一緒にいるの!!』

そう言ってべそをかいて、けどすぐにニコニコ笑って・・・・・・・

クルクルと動く表情が愛らしくて・・・・・・




『良かったぁ。 痛くないなら良いね。 ・・・・・これ、お兄ちゃまにあげる・・・・。』




あの日のサンジが・・・・・・・・・・・・・・・・・今は見れない。

俺は、ずっとあの日から忘れられなくて・・・・

サンジの事が好きで・・・・・・・

あの時の仕舞ってあったおやつみたいに、他所の奴に盗られたくなくて・・・・・

父に頼んで、手をまわした。

父の申し出をサンジの家が断れないのを承知で・・・・・縁談を持ち込んだ。

絶対に・・・・・・・・・・盗られたくなかった。

例え、姑息な手段と言われようとも。

けど、婚約が決まって、サンジと堂々と逢えるようになって・・・・。

サンジは、俺の前で笑わないようになってしまった。




俺が嫌いなのだろうか・・・。

俺の姑息さを知ってしまったからか・・・?

それとも・・・・他に想いを寄せる相手がいたのだろうか・・・?

だから・・・・・・・・笑わない・・・・話さない・・・。




だとしたら・・・・・・・

俺は、あいつにとってかなり酷い事を強いてしまっているのかも知れない。

俺の知らないところで、昔のように微笑んでいるサンジに胸が疼いた。

そう言えば、サンジに聞いたことなかった。

俺をどう思っているのかと。

この婚約に、不満はないのかと・・・。

全ては、俺の我侭にサンジを付き合わせているだけで・・・・・・

それは、サンジにとっての幸せではなく・・・・・・

俺の自己満足に過ぎなくて・・・・・

本当に好きなら、愛しているなら・・・・・・・

サンジの幸せを一番に考えるのが本当の愛情ってもので・・・・・

俺は、翌日、サンジを近くの境内に誘った。

「・・・・・・率直に伺います。 貴方は、私のことどう想っていますか? ・・・・・・・・・・嫌いです

か?」

俺の言葉に、サンジはビクッと身体を震わせる。

「あ、あの・・・・・」

真っ赤になってサンジは口篭った。

俺は我慢出来なくなった。

スッと頬に手を伸ばし引き寄せ、サンジの唇に触れる。

「ヤッ! 止めっ!!」

サンジはそう叫んで、俺を突き飛ばした。

青白く驚愕の表情を浮かべて・・・・・・・

わかったような気がした。

サンジが俺をどう思っているか・・・・・

その表情に・・・・・・・・胸が痛い。

「・・・・・・・わかりました。 婚約の件は、なかったことにしましょう。」

俺はそれだけ言って、その場を去る。

なんで拒まれたか、言葉を突きつけられるのが怖くて・・・・・

サンジのあの表情が・・・・・・・・

・・・・・・・・・・見たくなかった。

翌日、南方の演習に加わるよう、辞令が出た。




・・・・・・・・・・・・・・丁度良い。

サンジと距離を置くには、丁度良いか・・・・。












+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




「・・・・・・・・・なんで、俺・・・・・・突き飛ばしたりしたんだろ・・・。 なんで・・・俺・・・・・・ちゃん

と・・・・・・ちゃんと言えなかっただろ・・・・」

ゾロが去っていった境内に一人取り残された俺はそう呟いてしゃがみこむ。

ポロポロと涙が止まらない。




ゾロはきっと勘違いした。

俺が突き飛ばしたから・・・・・。

俺が言わなかったから・・・・・。

俺・・・・・・・・・完全に嫌われた・・・?




俺は、ただ驚いて・・・・・

ゾロがいきなりあんな事言うから・・・・・・・

そして、あんな事・・・・・・・・したから。

嫌じゃなかった。

本当に嫌じゃなかった。

ただ驚いて・・・・・・びっくりして・・・・・気が付いたら、押し退けてた。

「・・・・・・もう遅い? もう遅いかなぁ? ちゃんと言っても・・・・・・もう・・・・遅いのかな・・・。」

その日、俺は泣きながら夜を過ごした。

翌日。

「えっ?! 父さん、それは、本当?!」

「ああ、昨日、辞令があってな。 ロロノア中尉はルフィ大尉の補佐として同行することになっ

た。」

俺は父から聞いた話に愕然とする。

ゾロが、南方へ出立する。

俺の事誤解したまま・・・・・・行ってしまう。

俺は、港に走った。




伝えなくちゃ・・・・・・ちゃんと・・・

今、言わなくちゃ・・・・・・・

このまま、さよならなんて・・・・・・・・

嫌だよ・・・・・・・嫌だ・・・・ゾロ・・・・・・。




港に着いたら、船は出港した後だった。

けど、まだ見える。

俺はそのままの格好で、海に飛び込んだ。

あまり泳ぎは得意じゃないけど・・・・・俺には・・・

俺にはもうこの方法しかなくて・・・・・

懸命に手足を動かして泳いだ。

けど、着物が予想以上に水を含んで重たい。

腕も、足もだんだん言う事を聞かなくなってきた。




俺・・・・・・死んじゃうの?

まだ何も伝えてないのに・・・・・・・死んじゃうの?

嫌だ・・・・・ゾロ・・・・・助けて・・・・・・




ふわっと、急に身体が軽くなった。

「おい!しっかりしろ!! 大丈夫か?!サンジ!!しっかり!!」

ああ、ゾロが俺を呼んでる。




うん、平気だ。

もう、平気・・・・・。




ギュッと抱きしめられた気がして、俺は瞳を開ける。

そこには、俺を抱いて海面に浮かぶゾロの姿。

ホッとして息を吐くゾロの表情に、俺は堪らなくなってギュッとしがみついた。

「・・・・・ゾロが・・・・どう・・・・思っていようと・・・・俺・・・・・俺・・・・・・ゾロが好き。 世界で

一番ゾロが好き・・・・・・だから・・・・」

「サンジ・・・?」

「だから・・・・・・・・婚約を破棄されても、傍にいれなくても、ずっとずっとゾロだけ・・・!!」

やっと、言えた・・・・・・俺の気持ち。

ゾロは、初めキョトンとして・・・・・・それから破顔した。

初めて見た・・・・・・・・・・・・ゾロの笑顔。

あんまり嬉しそうに笑うから、つい、俺も笑いたくなる。

「サンジ!!」

「うわっ!!ぷっ!!」

ゾロは俺の名前を呼んで、俺を抱いたまま海に潜った。

ぷくぷくと海の泡が回りに浮かんで・・・・

そこに見えるゾロの表情は、とっても穏やかで・・・・・

いつものゾロじゃなくて・・・・・凄く格好良くて・・・・・ドキンとした。

スッとゾロの手が頬に触れて・・・・・

ゾロの唇が、俺のに触れた。

二度目のキスは、クラクラした。




ずっとずっと永遠に、この幸せが続きますように・・・・。

この泡沫に願いを込めて・・・・・。

この唇に誓いを込めて・・・・・。




この秋、俺は、ロロノア・サンジになりました。





<END>


 



<コメント>

ぐはっ!! 久々に純情乙女サンジ書いた!
すんごい時間掛かった!!短編なのに!!
軍服モノって戦争とか背景にあるから悲しい結幕が多いんだよね〜。
この二人も、この後どうなったかは・・・・・語りません。
UPする場所が変わっちゃうから・・・。
『きけ、わだつみの声』とかありましたよね。
それらを参考にして書いてみました。
でも、原型は「ハイ●ラさんが通る!」かな?(笑)
あれは、陸軍でしたけどね☆
乙女度120%サンジ、如何でしたか?
暫くは、もう・・・・・描かないと・・・(汗)
いつものサンジじゃないって?!
フフフ・・・書けるのよ!ルナにだって!(笑)
けど・・・・
やっぱいつものやんちゃでタカビーなサンジが良いのよぅ!!(脱兎)
misakiしゃん、こんなもの受け取ってくれた貴方に愛v

では☆

<パラレル>